サッカー

2010/07/13

「日常」に戻ろう・・・J再開に向けて

2010W杯南アフリカ大会は、スペインの初優勝で幕を閉じました。
今大会も、さまざまな話題の豊富な大会でした。前回優勝・準優勝国のイタリア・フランスの一次リーグ敗退、日本の決勝トーナメント進出、一次リーグの好調さとは裏腹にひとたびボタンを掛け違えると一気に崩れるメンタル面の脆さを露呈した南米勢、伝統の「無骨さ」から脱皮しかつてのオランダを彷彿とさせるようなドイツの戦いぶり、逆にかつてのドイツにも似た「ガチ戦術」のオランダ、流麗なパスワークでポゼッションを優位に保ちながらも「最後が決まらないところにどこか親近感のある」(笑)スペイン・・・予想に順当な結果あり、望外の結果あり、とさまざまでしたが、その中でも今大会一番のサプライズは、

全勝したのは、タコ。

優勝したスペインさえ為し得なかった偉業でした(笑)。

さて、その決勝戦。
7/12(月)未明キックオフの試合だったわけですが、、、
あろうことか1日勘違いしてしまい(7/12(火)と思いこんだドジをやらかす始末)、リアルタイムで観戦できませんでした ((((;゚Д゚)))
12日朝、目覚めてTVを点けた瞬間、ワタシの勘違いに付き合わされたダンナとふたり、ボーゼンと凹んでしまいましたorz...
(夜、再放送を観て少し気を取り直しました、とほほ)

「サッカー好き」ならば、あり得ないほどのマヌケなお話。
翌日の予定に支障が出ないよう録画して就寝していたのならまだしも、ハナから日時を間違うとは・・・(つд`)
寝不足してまで数々の試合を観戦していたのに、ファイナルを見逃すなんて、これまでの努力が一発で吹き飛ばされたかのような気分でした・・・
が、しかし。
そんな自分のマヌケ具合に、どこか妙に納得している気持ちが心の片隅にありました。

ひょっとして、ワタシは『サッカー』が好きと言うよりも、『浦和レッズ』そのもののほうが好きで、その影響からサッカー、そしてサッカーを取り巻く世界が好きなのではないか、と。
その証拠に、レッズの試合日を忘れたり、間違えたことは一度もありません。
これからも、そうありたいと希望していますが(笑)。

『浦和レッズ』が生活の一部であること、そして自身が戦う「当事者」であること。
これが、代表戦や海外サッカーを観戦する場合のスタンスと決定的に違います。もちろん代表戦や海外サッカーへの傾倒率が高い方もいらっしゃいますしその価値観を否定するつもりもありませんが、ワタシの場合は、贔屓のクラブチームと現実を共有・追求することに大いなる喜びを感じています。

W杯を「夢の舞台」と喩えるなら、各国リーグ戦は、「日常の現実」。
夢は見続けると夢ではなくなります。
日々の現実を地道に過ごしてこそ、「夢」の世界は広がります。
地に足つけて、日常に戻りたいと思います。
今週、2010年Jリーグは再開します。
それでは、スタジアムでお会いいたしましょう。

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2010/07/01

2010岡田ジャパンに関する一妄想

ずいぶんと放置してしまい、失礼いたしました(^^;
7月になりJ再開も近づいたということで、軽いウォームアップのつもりでエントリいたします。

2010W杯南ア大会の、日本代表の戦いは終わりました。
戦前、勝てないだの形が見えないだの信念が無いだのと、さんざん酷評されてきた岡田ジャパンではありましたが、パスワークとボールポゼッションを目指したこれまでの攻撃的スタイルを本番直前でぶん投げて、現実と実利を見据えた「守備重視」スタイルへと方針を大転換。これが奏功して、このたびのベスト16進出とパラグアイ戦での惜敗という結果をもたらしました。
正直なところ、これは岡田監督の「大いなる賭け」だったかと思いますが、腹を括った指揮官の並々ならぬ覚悟のほどと、その決断に対し、選手たちは充分すぎるほど監督の期待に応え、また選手たちは自身のプライドを賭け全身全霊を傾けて戦ったことがこの結果へとつながったことは、皆さまご周知のとおりです。
ひたむきに戦う選手たちの姿には本当に胸を打たれました。結果はPK敗戦という悔しい結果となりましたが、選手たちの健闘は盛大な拍手をもって讃えたいと思っています。
また、「批判してくれた人達も大切な存在」とコメントした本田。この若者の真摯な言葉に心の底から敬意を表します。

正直、ここまで躍進するとは思ってもいなかったワタシとしても、「岡ちゃん、すまんかった!」と詫びのひとつも入れねばならぬところですが(苦笑)、このような大変遷を本番直前でやり遂げなければならなかったことについては未だに釈然とせず、、、あの土壇場で戦術転換を図ったことは、それまでの長い間の強化期間をいわゆる「ちゃぶ台返し」的に捨てた行為であり、責任ある立場の人間としては客観的に正しいとは思えませんが、この「ちゃぶ台返し」が無ければ、この結果を導くことは難しかったとも言えるわけで、、、
この顛末には、積み上げてきたものを台無しにしてでも(実際には、蓄積された技術はだいぶ活かされてましたが)変えたかった「信念」の存在を感じます。あのタイミングが限界ギリギリであったこと、そしてこの事態を迎えるにあたり、岡田監督の内心沸々たる想いが長い間くすぶり続けていたことが想像できるわけです。

この“大転換”の分岐点はいったい何だったのか。しかもあのタイミングで。
「負けが続いたから」とか「批判が多かったから」「最後まで迷っていたから」「流れを変えたかった」などという単純な理由からでは無いような気がしたのです。

この理由について、自分なりに「妄想」してみました。

あくまでもお断りいたしますが、以下は「個人的妄想」です。
ワタシは一介の主婦であり、マスコミ諸氏のような特定の情報源も持たないし取材もできない立場であることをご理解のうえ、自分への備忘録的にチラシの裏書きをさせてただきます。

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■阿部の代表選出

この人選に、守備的戦術への転換への「伏線」を感じられます。
浦和で今季本職のボランチに復帰したことからそのパフォーマンスが劇的に向上した阿部。当然それを見逃す代表スタッフではないわけですが、代表に呼んでも呼んでもほとんど起用されることはなく、浦和サポからは毎度岡田非難が噴出する始末(笑)。
しかしそれでも阿部を手放さなかったところに、守備的戦術を選択する可能性を匂わせていたことがうかがえます。あれだけ決定力不足を嘆かれている状態で、日本人として最も実践で得点を挙げている渡邉千真や前田遼一をチョイスしなかったことからも、単に自分の戦術に合わないという理由だけでなく、監督の脳内における「守備的」なスタイルへのシフトの比重が高かったことの表れではないかと推測できそうです。
結果論ですが、日本の守備が破綻することはほとんどありませんでした。前述FW2名の不選出の是非はともかく、阿部の選出&起用は成功したと言えます。

■韓国戦後の「進退伺い」もどき発言

 「このまま、私が続けてもいいんですか?」
おそらく、この時の協会会長の「やれ」の返答で、岡田監督の心的スイッチが入ったように思えます。
「『やれ』ということは、私(=岡田監督)の思い通りにして良いということであり、かつ会長はその責を負う覚悟がある」という額面どおりの意味として受け取って不思議はないと思います。
さてここで、、、「私の思い通り」が何だったのか?
「何者の干渉も受けない」「現実的で結果を残せる戦術」を執りたい、ということだったのでは?と、私は妄想します。
前者については、協会、スポンサー、マスコミ、利害のある各種団体等、様々な要素が思いつくわけですが、要するに、自分の戦術とは関係ないいわゆる「外圧」の排除を指し、少なからずこれらの影響を受けながら進めてきたチーム運営を一旦白紙にしたいとの思いがあったと推察します。
「W杯後はサッカーから離れて農業でもやりたい」とまるで世捨て人のように語ったその言葉の裏には、これらの“外圧”との軋轢に心底辟易した、という心情があったのではないでしょうか。
後者については、端的に、岡田武史という人物の、監督としての信念と誇りと意地からかと。

■スイスキャンプでの「方針転換」

本田を1トップとし、松井と大久保を2列目配置。中村俊を先発から外し阿部をアンカー起用。攻撃の枚数を減らし、前線から中盤底まで守備意識を高めた布陣。世界と渡り合うために、日本人の体格的ハンディをカバーすべく、「走力」を要求したメンバー構成。華麗な個人技ではなく現実に即した組織力を全面に打ち出した戦術-----。
 
スイスという国、外圧からの雑音を排除したシチュエーションは、98年の「外れるのは○○」発言を想起させますが(苦笑)、今回は代表選出を終えた条件下での決断でしたので、現有戦力でどう戦術転換を図るか、監督の肚の内で悶々と練られていたのでしょう。
そこで活きてきたのが、「阿部」という選択肢。対人守備に強い阿部は、守備的戦術の要となることは必定。さらに正確なキックと反応の良い川島をGK起用し、CBは空中戦に強い中沢&闘莉王を配することで、中央部に強固な「軸」を形成。SBの駒野&長友は言うに及ばず、松井&大久保と走力がある攻撃的選手にも前線からの守備を担わせ(実際には1トップの本田も相当守備に貢献していました)、守備をベースに攻守の切り替えをスピーディにした選手構成に組み替えました。
こうなると、足下でパスを欲しがりつなぐスタイルの選手の居場所は、必然的に無くなるわけで・・・。
イングランド戦における戦術が、決して机上のものではないことが証明され、これが監督と選手の自信を深めたような気がします(その対戦相手であったイングランドは、この影響からか本番ではorz...)。

これまで順当と思われていた概念や実績に囚われず自分の思い通りにしたい、という岡田監督の覚悟を持った“本気”が実践された印象のある、スイス・ザースフェーでの一幕だったと思います。

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今となっては何もかもが結果論ですが・・・

監督の苦悩を理解し、自身の名誉に賭けて戦った選手たち。
戦術としては実際苦しかった本田の1トップを周囲がサポートして4得点を演出し、背が低いと揶揄した国もあった日本SBの2人は相手のエースを封じ、川島のスーパーセーブは4試合でわずか2失点(うち1点はPKこぼれ球)に抑え・・・とにもかくにも選手たちが適材適所で最大限の力を発揮し、加えて仲間同士助け合う団結力で困難な状況を乗り切り、それが好成績に結びついたことは間違いありません。フランス代表の崩壊ぶりが、その真逆の事例として証明してくれています。

過去のW杯(特に前回2006年大会)では、誰彼と「戦犯捜し」があった記憶がありますが、今大会においては、その雰囲気を感じることはありません。
ひたむきに、チーム一丸全力で戦った選手たちには、その健闘を讃えることこそ相応しいでしょう。

時折、“表向き”には感情的(ヒステリック?)な応対を見せるものの(笑)、最後まで選手の心が離れることがなかった岡田監督の手腕と強烈なリーダーシップにはあらためて敬服します。

日本代表は、今夜帰国します。
彼らの健闘を、心から讃えたいと思います。

おまけ:
こんなことを書くとお叱りを受けそうですが・・・
いまだに、長谷部がキャプテンマークを巻いていたことが意外でなりません(笑)
しかし、パラグアイ戦後に「Jリーグにたくさん足を運んでください」と言ったときには、キャプテンらしい優等生発言をするようになったなぁ、と関心してしまいました。
さすが、浦和で鍛えられただけのことはあります(´∀`)

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2010/03/04

「エコ計画」は、当店にご用命を

 『サポーターの躍動を電力に ヴィッセル神戸ホームに床発電を導入』
 (IT media News)

ほほぅ、、、神戸ですか。

全世界の「うぃあー」さんたちは、この記事を読んですかさず反応したに違いありません。

 「設置場所が違うだろう」と。

どなたか関係者の方、上田埼玉県知事への提案をお願いいたします。
埼スタに設置したら、メーター振り切れそうですけど(笑)

しかし何故、JR東日本の関連会社の技術が神戸に・・・大人の事情でしょうか(謎)

   ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

サポーターの応援を電力に。ヴィッセル神戸のホームスタジアムに床発電システムが導入される。

 J1サッカーチーム・ヴィッセル神戸を運営するクリムゾンフットボールクラブ(神戸市)と楽天は3月3日、床発電システムを利用し、サポーターの応援を電気に変えて試合中に使う「楽天×ヴィッセル神戸 エコプロジェクト」を始めると発表した。

 3月7日のJ1開幕戦からスタート。ホームズスタジアム神戸のサポーターズシートの一部に床発電システムを導入し、サポーターの振動を電気エネルギーに変換し、試合時の電力として活用する。「サッカーの応援で特徴的なジャンプの振動により発電を行う、サッカー観戦ならではの試み」としている。発電量はスタジアム内のパネルでも表示する。

 床発電システムはジェイアール東日本コンサルティングが開発したもの。スポーツ観戦での導入は初という。

 神戸市と連携してごみの分別回収や地域の清掃活動なども実施する。プロジェクトは東北楽天ゴールデンイーグルスのエコ活動をモデルに、楽天が提案したという。ヴィッセル神戸は楽天社長の三木谷浩史氏が個人としてオーナーになっている。

(IT media News 2010年03月03日 21時06分 更新)

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2009/04/23

シーチケ(紙チケ)ユーザーの、観戦記録の方法は?

今季、シーズンチケットを購入された皆様におかれましては、チケットの形態について、全員『ICカード化』か『紙チケット』かの選択をしましたが、しかしこの『ICカード』については、『電子マネーEdy』機能が付加しているということで、チケットの形態に拘わらず、全員に配布されました。
しかしこのカード、、、
チケットを『ICカード化』された方は、必然的にカードを使用しますので特段悩みもないのですが、私の周囲(紙チケットユーザー多し)において、その使い方で諸説流れているのが、

 「紙チケットユーザーの観戦記録は、どのように登録されるのか?」

ということです。

原則、観戦記録は、ICカードに搭載されている『ワンタッチパス』機能により登録されるシステムとなっています。
ですので、紙チケットユーザーの場合は、ICカードがチケット化されていませんので、紙チケットのQRコードをタッチして入場しその後改めてICカードをタッチして記録するとか、紙チケットを選択した時点で観戦記録は登録されないとか、、、等々の話をこれまで耳にいたしました。

結論から言えば、そのどちらでもありません。

真偽を糺したいと思い、前節の京都戦の折、北ゴール裏入場ゲートで配置に就いていた(Jリーグからの派遣員と思しき)スーツ姿の担当者の方2名に、観戦記録の登録方法について直接インタビューを敢行いたしました。
すでにこちら でも議論になってご存じの方も多いかとは思いましたが、ご存じない方や誤解されている方もまだ数多くいらっしゃるようなので、以下ご紹介させていただきます。

 【観戦記録登録の方法】

■ホームゲームにおける観戦記録の登録(紙チケットユーザー)

  • 紙チケットの『QRコード』に個人属性が記載されているので、読み取り機にタッチした時点で登録は完了しています。
  • 改めて、ICカードによる登録は必要ありません。

■アウェイゲームにおける観戦記録の登録(ICカード&紙チケットユーザー共通)

  • 観戦記録を登録したい方は、ICカードを持参します。
  • (アウェイゲームの)紙チケットを従来どおりもぎってもらい、入場します。
  • 『ワンタッチパス』の表示のあるゲート(のぼり旗等を最近見かけますが、あれです)に行き、ICカードを読み取り機にタッチし、登録完了。

要するに、「アウェイゲームにはICカードを持参しないと、観戦記録は登録されません」というのが、現況の『ワンタッチパス』のシステムのようです。
 #京都戦の際も、アウェイ(京都)側入場ゲートに、読み取り機を設置していたとのこと
シーチケをICカード化されている方は、アウェイの地での紛失等に厳重に注意する必要があります。

こういうお話は、Jリーグ本部やクラブ広報から正確な情報を周知すべきところではありますが、現在告知されているのはサービス遅延・不備のお詫び ばかりでは、やれやれと先が思いやられます。
本当に近い将来、全スタジアムのチケットがICカード化(ワンタッチパス化)できるのかどうか・・・

ところで、この観戦記録を閲覧できるサイト(マイページ )の整備や、チケット譲渡の際のシステム整備もどうなっているんでしょうね?
トンと話が聞こえてきませんが(笑)

 

余談:
今季のICカードには、『電子マネーEdy』機能の付加をひとつの“売り”にしているようですが、スタジアム内でのチャージができないうえに(対照例:イオンの『WAON』の場合は、店内でチャージできるため、利用者が拡大)、利用不可な店舗もまだ一部あるため、クラブ側の普及拡大の目論見は早々に潰えそうな気がします。
それでなくても、Edy自体の経営が非常に危ない状態 になっており、それについては多くの『うぃあー』も報道を通じて認識しているのが実態なんですが。。。

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2009/01/27

サカーダジャレ@浦和編

不肖ワタクシも勇気を出して、サカーダジャレ に「浦和編」として参戦してみます。
他ならぬにゃんた師匠のご発案ということですし、どこまで続くか、誰が続けてくれるのかわかりませぬがとりあえず、Yes we can!(笑)

 

①今年の活躍を願う意味を込めて・・・ 

 「ポンテがポン!って蹴った」

などと書くと、早速“はやや乙”ですね。

 

090127pon_de_ring※ミスドHPより

「ポンテりん、グー!」

 

②そうそう、今年活躍を願う選手がまだまだ、、、
ボールがあるところには、必ずいて欲しい選手。

 「すぐ来てぇなぁ~」 (鈴木啓太)

く、空気が薄い、、、息苦しい、、、_| ̄|○ハアハア...

 

③試合中、口論は謹みましょう。

 「おめー、さっき、つーかさぁー!」(都合により回答略)

だんだん意識が遠のいてきた、、、師匠、自分はもうダメです(映画『八甲田山』風に)。

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2008/08/21

08【五輪】女子:日本 0-2 ドイツ

日本選手団のなかで一番長く競技した、なでしこジャパン。

本当にお疲れ様でした。
そして、私たちに夢と希望を与えてくれて、ありがとうございました。
残念ながらメダルには手が届きませんでしたが、最後まで存分にオリンピックを堪能してくれたことと思います。

銅メダルを賭けた闘いの相手は、ドイツ。
気持ちを前面に出したアクションサッカーを展開する日本に対し、ポゼッションを基調としたリアクションサッカーのドイツ。
実況席の野地アナ&人間力氏が、日本の試合内容の良さと展開の優位性を盛んに説いていましたが、、、試合を通して、私はそこまで楽観的な印象は感じませんでした。
前半の半分までは、確かに日本が自分たちのサッカーを存分に披露してくれていました。体格に勝る相手に活路を見出すためには、運動量で勝負するしかありません。これは間違いではないと思います。しかし、時間の経過とともに日本は「パス回し」が目的化したような、端的に言えば、ドイツは日本にパスを「回させて」いたのではないでしょうか。くさびで受けたパスを戻したり、中央の選手にパスを預けるあるいは中央突破を計るといった、パターン化したボールの動きを狙われ始めたのを見て(澤が結構狙われていたような・・・)、おそらくドイツはペース配分を考えており、後半勝負を賭けているような気配をちらつかせているように、私には見えました。

後半、それは現実となりました。
実況席がたびたび「ドイツは後半、必ず足が止まる」と言っていましたが、ドイツは単に足が遅いだけなのか、それとも省エネタイプなのか、、、日本の選手に比べれば活動量は劣りますが、局面のアクションの早さやストライドの長さを活かした早さはありました。すばしっこく動くか大きい動作で動くか、のプレースタイルの違いは、目の錯覚を与えていたのかも知れません。得点を取った時の動きも早く、試合終盤では精神的優位性もあってか、焦りに消耗する日本とは対照的に余力を残しているようにさえ見えました。男子同様、伝統の堅守を発揮した、まさに強豪ドイツ。試合巧者というほかありません。
かたや、優勢な時間帯に得点をものにできなかった、、、初戦のデジャブのような光景でしたが、これがなでしこジャパンを象徴する現実の姿となってしまいました。

多少、大本営的な気合い表現はあったにせよ、今日の実況席を責めるつもりは毛頭ありません。
日本の選手たちの、ひたむきさに心打たれて、「何とか勝たせてあげたい」という願いと愛情が感じられました。
もう、こういうときは、これでいいのです。試合を観ている者すべてがサポーターですから。

アメリカには何とも埋めがたい“差”を感じましたが、ドイツには微かながらも世界と互すことができる可能性を感じました。
体格で勝ることは不可能ですが、技術で勝ることは不可能ではありません。
決定力-----男女共通の、この慢性的な課題の解決が、日本サッカー発展のカギとなりそうです。

しかし、持てる力を尽くして、なでしこたちは闘いました。
最後まであきらめずに闘い抜きました。
メダルは取れませんでしたが、日本女子サッカーの新たな歴史を創ってくれました。
彼女たちの、笑顔の帰国を楽しみにしています。

追記:
ハーフタイムにNHK教育で流れていたプレイバック映像には、ちょっと涙腺が緩みました。。。
みな、「サッカーが恋人」と言わんばかりに、愛情に満ちた表情をしていました。

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2008/08/07

08【五輪】男子:日本 0-1アメリカ

この試合の総論については、TV中継のアナ&人間力氏の実況コメントが伝えてくれたとおりでしょう。
象徴的だったのは、前半終了間際のCKの場面で、何故かセットをもたついたシーン。
「急がないといけません!」と実況席からたしなめた解説・人間力氏の言葉は正しかったと思います。
日本の選手たちは、多くのチャンスを自ら手放しているようでした。
前日の『なでしこ』たちの、チャンスを掴むための飽くなきひたむきさと闘志を思えば、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気分です。。。

アメリカの選手は、前半早々から、現場の暑さに相当やられているのが見て取れました。アメリカのチームが普段どういうサッカーをしているのか私は知りませんでしたが、明らかに“省エネサッカー”で持ち堪えようとの魂胆は画面を通しても伝わりました。
対照的に日本の選手たちは前半から活発に動き、柔らかく凸凹としたピッチに苦労しながらも、「つなぐ」意識の高い、攻守に有機的で連動性あるプレーを展開していました。海外やJ2など異なるカテゴリでプレーする選手もいますが、西川をはじめ、谷口、梶山、内田、森重、水本など、Jでスタメンを張る選手たちが揃っていることが幸いして、連携や共通意識や戦術をスムーズに習熟可能にする環境にあったのだろうと、試合を観ながら考えていました。
が、そんな「うまくいっている」という意識が、のちのち危機感を薄めてしまったような気がしました。

男子も昨日の女子同様、特に右サイドの内田が攻撃のハイライトを何度も演出してくれました。鳥肌ものの突破ののち、相手DFやGKの足元を縫うような絶品のセンタリング・・・が、決まらず。中央からゴールをこじ開けようと絶妙にボールを流し込む・・・も、決まらず。別に決めきれなかった森重や谷口を個人的に責めるつもりはありません。ただ「惜しい、惜しい」が続きだすと、その状況に慣れてしまい、危機感が薄れてしまったのでは・・・と、私は妄想してしまいます。
前半をほぼ圧倒して支配していたにも関わらず、その圧倒した状況に慣れてしまった日本。
その気の緩みが、前半終了間際のCKをオンプレーにできなかったのでは、と。
(何か止むにやまれぬ理由があったのならば、どなたか何卒お教え下さい)

そしてそれは、前半だけでは済まされなかったのでした。
後半開始2分。日本の左サイド深く侵入された状況に釣られたDFラインが一直線に下がり、その前に空いたスペースを使われ、シュートを撃たれてしまいました。まさにサイド崩しの基本。ほぼこのワンチャンスしかなかったアメリカが、先制点を決めました。そして、これが決勝点になりました。この試合を端的に物語るスコアではないでしょうか。

先制され、遮二無二ボールを追う日本の選手でしたが、時間の経過とともに足が止まり出す選手が散見されました。彼らは前半プレー時から、暑さによる自分たちの体力の消耗を頭に入れていたのでしょうか。相手の動きが鈍いうえに自分たちが動けている前半のうちに「何とかしよう」という意志があったなら、前半からもっと厳しい表情が漲っていたはず。「まだ前半、時間あるから」との妙な余裕でペース配分していたつもりだったのでしょうけれど、現実は違いました。前半の余裕の表情とは対照的な後半の焦りの表情から、そういうふうに思えてしまいました。ボールを追いたくても足がついて行けず、アメリカの選手たちはキープで時間を稼ぎ、ままならない状況が試合を支配し・・・。
まるで真綿で自分の首を絞めるように、前半の気分の良さに自ら錯覚したというか、自分たちで自分たちを少しずつ危機に陥れてしまった、、、そんなふうに私の目には写りました。

何となく感じたのですが、本田圭のポジションはあの位置(トップ下の下、中央寄り?)で良かったのでしょうか?私には前半、彼が窮屈そうにプレーしているように見えました。後半、ある程度のリスクを負ってのプレーが求められるようになった段階で、ようやく本来の動き(ダイレクトプレーを導く動き)で機能できたのでは、と思えましたが・・・。

アメリカは、前後半通して、「質的に見るべきもののない」(人間力氏、談)試合運びでした。しかし、それでも勝負には勝てるのです。だからサッカーは恐ろしい。
勝つためにはどうしたらいいか、を、アメリカの選手は知っていたのです。彼らは大人でした。

日本の選手たちはどうだったでしょうか?
サッカーが上手いだけでは勝てないことを、今日は思い知ったことでしょう。
この敗戦は、非常な痛手を伴って日本選手に大切なことを教えてくれた、と思うことにいたします。

次戦・ナイジェリア戦、悔しさを糧にかえ、奮起を期待します。

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2008/08/06

08【五輪】女子:日本 2-2 ニュージーランド

8日の開会式に2日先立ち、北京オリンピック・女子サッカー競技が開幕いたしました。
何かと盛り上がりに欠けるこのたびの大会ではありますが、スポーツ好きとしては何だかんだあってもちゃんと観てしまいます。自分の脳内的にも、自己ナショナリズムが最高に発動されるスポーツの祭典が始まりました。

開幕戦は、日本vsニュージーランド。
浦和の3人娘(柳田、安藤、矢野)も、晴れて初戦先発を果たしました。

立ち上がり15分くらいは、日本選手の動きのあまりの硬さに「どうなることやらww」と気を揉みましたが、大野の突破→シュートから我に返って、のびのびとしたプレーを展開。芝の深さが気になっていたのでしょうか、開始から浮き球クロスを多発していた日本でしたが、その頃を境にグラウンダーのパスを勇気を持って回し始めるように。多少は勝手が違っても、「自分たちのやり方」を貫く方が活路は開けます。見違えるように日本のパスは廻りだしました。

いつの間にか、私は日本の選手たちの動きに魅入っていました。
攻撃時の選手たちが、前に向かう姿勢を求め続けています。
そして、「くさび→もどし→後方の選手が受ける」あるいは「パス&ゴー」といった、連係プレーの多用が随所に見受けられました。システマティックな基本動作に忠実であることが、どれだけプレーに安定感を与えるか、久々に感じ入りながら彼女たちを観ていました。
是非、どこかの某クラブチーム(男子)も見習って欲しいものです。
右サイドでは、早々から(上記同クラブの)安藤が大車輪の活躍。日本攻撃の起点として機能しました。再三の突破に業を煮やした相手守備選手が、婦女子には相応しからぬラフプレーで安藤を止めるたびに、浦和サポとしては心配が募るとともに怒りが湧いてきて、、、(゚Д゚)ゴルァ!

さて、話を戻して。
時間の経過とともに、得点の匂いも充分漂ったのですが、いかんせん今日はFW大野が大ブレーキ。動き自体には全く問題がなく、むしろ一番得点の予感を感じさせてくれていた彼女だったのですが、フィニッシュが素直すぎてorz... 後半のビッグチャンスを外したことで佐々木監督は交代を決断してしまいましたが、技術も高く、男子の大久保(神戸)と安田(G大阪)を足して割ったような小気味よいプレーヤーですので、次戦はぜひ「落ち着いて」(笑)、奮起して欲しいと思います。
そんなこんなで得点機を逸してもたつく日本の隙を突くように、わずかなチャンスをものにしたニュージーランドが先制。この失点劇の前から近賀の攻守にわたる不確実なプレーがちょっと気になっていたのですが、不安は的中してしまいました。近賀とGK福元の連携ミスでの失点。押せ押せだった日本側のムードが一気にトーンダウンして前半終了。

わずかなミスが致命傷になりかねないのが、国際試合の恐いところ。
「佐々木監督就任以来、先制点を挙げて勝利に結びつけた」ことを説明する実況アナウンサーの理論を踏襲したかのように、後半は始まりました。

さらに、この試合を微妙に「匙加減」したのは、レフェリーのジャッジ。
リプレイでも不可解な石清水のファウルが、PKを与えてしまい、2失点目(当時のプレーを確認していない現時点では、彼女が不運に思えてなりません)。
2点ビハインドで色を失いかけた日本の選手たちでしたが、、、ニュージーランドの余裕の選手交代で試合の流れに微妙な変化が生じたのを機に、少しずつ冷静さを取り戻した日本の選手たちは、「前」への意識を再び強くしてきました。
すると、その一念が奏功したのか、今度は日本がPKを獲得します。少々、帳尻を合わせたかのようなジャッジにも見受けられましたが(^^;、宮間が相手GKにコースを読まれながらもきっちり1点返しました。

オリンピックの舞台で、PKでもいいから1点獲得できたことが、日本の選手たちへのカンフル剤になったようでした。
そこから日本が、パスに、球際に、ルーズボールへの対応に、積極的なプレーを回復し、試合を支配しました。

そうです。
日本には、澤がいます。
浦和の3人娘がいます。
ボンバー・荒川がいます。
女岡野(勝手に命名)・丸山がいます。

荒川の全くもって惜しいオフサイドを皮切りに、反撃に出た日本。安藤に替えて投入された丸山のサイドでの執拗な掻き回しも効果的に作用し、それら一連の動きの成果として得られたFKの絶好機を今度は逃さず、澤がニアの角度のない難しい位置でボールを受け、ボレーでゴールネットにズドンと一発、同点弾!
何と頼れるお姉様なのでしょう、、、彼女の意志の強さとリーダーシップ無くして、今の『なでしこジャパン』はありません。負傷してピッチ外に出されてもなお速攻で戦場に戻る彼女の飽くなき闘争心には、ただただ敬服の至りです。

押せ押せムードをこのまま続けたかった展開でしたが、時すでに遅し。無情の笛の音がピッチに響き渡りました。
お互いに「痛み分け」のドローでしたが、特に日本にとってはFIFAランク上での格下相手とはいえ、この一戦で勝ち点2を失ったことは痛恨でした。
しかし、今回のニュージーランドがそうであったように、サッカーとは、どこが相手でも「決して勝てない相手ではない」という理論が成り立つ競技です。
この初戦で見せてくれた、試合を捨てない情熱と冷静さを忘れなければ、相手がアメリカだろうがノルウェーだろうが、試合終了のホイッスルを聞くまでは勝負の行方はわからない、ということです。
だから、サッカーは面白いのです。

彼女たちの北京での健闘を、心から祈ります。

追記:
同点弾に喜ぶ日本の選手たちに「戻れ!戻れ!」と叫んでいた佐々木監督を見て、アトランタの光景が重なって見えました。。。

追記その2:
ニュージーランドの監督の叫び声が、かの『大声コーチ』を彷彿とさせました(笑)
 #顔はオーウェンに似ていたのに・・・残念だなぁ(`・ω・´)

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2008/04/25

AWAYの旅 豆知識@京都・白峯神宮

さて、明日は京都戦です。
春の連休をからめ、西京極に遠征されるサポーターの方々も多いと思います。
そう、『サッカー』と『京都』と言えば・・・サッカーをはじめ球技の神様として知られている白峯神宮が有名です。
このたびの遠征でも、多くの皆様が白峯神宮へ参詣なされるのではないでしょうか。

すでにご存じの方も多いとは思いますが、遠征に先立ち、僭越ながら私が知り得た範囲での白峯神宮についての豆知識を、少しご紹介いたしましょう。

白峯神宮の御祭神は、崇徳天皇(上皇)と淳仁天皇ですが、この両柱の祭神様が『球技の神様』ではありません。
白峯神宮が『球技の神様』として祀られている由縁は、境内がもともと蹴鞠と和歌の宗家であった飛鳥井氏の屋敷だったということと、その氏神であった“精大明神”が、現在も境内の中にある『地主社』に祀られているためです。

では、なぜ、崇徳天皇と淳仁天皇が祀られているのでしょう。
詳細な解説は、専門かつ詳細に取り扱われているサイトが多々ありますので、そちらをググってご参照いただくこととして、弊サイトでは、井沢元彦『逆説の日本史2 古代怨霊編』(小学館文庫)を参考に、ごく簡単にまとめてみました。

白峯神宮の由来は意外に浅く、明治天皇が明治の御代になるのとほぼ同時に創建されたものです。
ここでまた疑問が・・・なぜ崇徳天皇と淳仁天皇を、何百年も後世の明治天皇が祀ることになったのでしょう。

まずは、崇徳天皇のお話を(詳細は、Wikipedia『崇徳天皇』の項をご参照ください)
崇徳天皇は、明治以前の日本で最も恐れられた『大魔王』だったのです。それは中世~近世の日本人の常識だったとまで言われていたほどだそうです。崇徳天皇は、その不幸な出自から、父である鳥羽天皇に疎まれ、のちの勢力争いの渦に巻き込まれ、ついに政権奪回のクーデーター・保元の乱(1156年)を起こし、失敗。讃岐国(香川県)に流されました。
流罪地で反省した崇徳天皇は写経の日々を送り、その意を伝えようとできあがった写経文を都の寺に納めたいと朝廷に申し入れたところ、朝廷側は「呪詛が込められているのでは」と疑い拒否したのです。
これに大変激怒した崇徳天皇は、「かの科(とが)を救わんとおもう莫大の行業を、しかしながら三悪逆(地獄道・餓鬼道・畜生道)に投げ込み、その力をもって、日本国の大魔縁となり、皇をもって民となし、民を皇となさん」と、自分の舌先を食いちぎり、その血で写経文の奥に呪詛の誓文を書き付け、海底に沈めた、と伝えられています。怒りのあまり相貌は夜叉とも天狗とも思えるような姿となり、讃岐国にて無念の死を遂げたそうです。
「皇をもって民となし、民を皇となさん」の思いはのちに、いわゆる言霊(ことだま)となり、その後の日本の歴史に不思議に符号するものとなります。武家である平家の台頭、源氏の鎌倉幕府開闢による武家の世の到来、幕府に反抗した後鳥羽・順徳上皇らの配流(承久の乱)、後醍醐天皇の度重なる政権奪還の失敗(元弘の変、建武の新政、南北朝など)・・・と、明治に至るまで、天皇家は家臣であるはずの武家の勢力下に甘んじることとなりました。

怨念の大魔王として恐れられた崇徳天皇ですが、讃岐国の陵墓(香川県坂出市)でその霊を慰めたところ大変な御加護を授かったそうで、室町時代に四国守護の任に就いた細川氏は、手厚くその菩提を弔ったところ四国平定に成功、以降細川氏代々の守護神として崇められたそうです。

明治天皇の父・孝明天皇は、当時の国情を鑑み、早くから崇徳天皇を畏怖し、その霊を慰め京に迎えることを常々考えていたそうなのですが、天然痘にて急死。古来疫病は怨霊の“たたり”として恐れられていたため、明治天皇は父の死を崇徳天皇の“たたり”ととらえたようです。
さらに、その当時は戊辰戦争の最中、東国は戦乱状態にあり、崇徳天皇の霊力を頼って勝利したいとの願いも強かったと考えられています。

崇徳天皇を畏れにおそれた明治天皇は、江戸を東京と改めた直後、国家の重要事態の真っ最中に、勅使を讃岐国の崇徳天皇陵に派遣したのです。勅使は、陵墓の前で、明治天皇の言葉(宣命)を読み上げたそうです。宣命の主旨は「憂憤のうちに讃岐・白峰の地で亡くなられた崇徳天皇のお悲しみはいかばかりかとお察しいたします。陛下には京にお帰りいただき、霊をお慰めすべく都の近くに清らかな新宮を建立しましたので、長年のお怒りをお鎮めいただき、どうぞ京にお帰りください。そして官軍に刃向かう者を鎮定し、天下安穏になりますようお助けください」という内容だったそうです。
このように重々に崇徳天皇の御機嫌をうかがい、その“翌日”に即位の礼を執り行い、12日後に『明治』に改元するほどの念の入れように、明治天皇の慎重さと畏敬の念が表れています。その御加護からでしょうか、途中危急存亡の国難に見舞われましたこの国でしたが、天皇家の系譜は今も受け継がれています。

つぎに淳仁天皇のお話(Wikipedia『淳仁天皇』の項をご参照ください)
崇徳天皇からさらに遡ること数百年の天平の頃、淳仁天皇は“後ろ盾”として結びつきの強かった藤原仲麻呂と孝謙上皇(女帝、のちに称徳天皇として再び天皇に)の対立の渦中に巻き込まれました。『恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱(764年)』のあと、再び復権した称徳天皇に廃帝(はいたい)され、失意のうちに配流地の淡路島にて崩御。明治になるまでの長い間、歴代天皇のひとりとして認められず、亡き後にも千年以上の不遇の時代を過ごした天皇です。
崇徳天皇と同様、無念の生涯を送った淳仁天皇を偲び、そして畏れた明治天皇は、明治6年(1873年)、淳仁天皇を白峯神宮に合祀されました。

白峯神宮の縁起にも、「当神宮は、かような歴史上御非運に会われた御二方の天皇の御神霊をお祀り申し上げております。」との記述があります。縁起には上記のような生々しい表現は努めて回避してありますが、事情としては「そういうこと」のようです。

長々と書き綴りました・・・
まとめです。
『蹴鞠の神様』として、白峯神宮をご参詣される皆様におかれましては、是非とも浦和レッズの必勝祈願をお願い申し上げます。
あわせて、崇徳・淳仁両天皇を偲んでご参詣くださり、御霊を慰め、浦和レッズの現状を鑑み、かかる不運(怪我、事故、試合内容の悪さもろもろ・・・)の事態を何卒お救いくださるよう、ご祈願のほどお願い申し上げたく、、、と思った次第です。

以上、ダンナからの情報提供を受けお送りした、今回のエントリでございました(笑)。

 

京都に向かわれる皆様、道中くれぐれもお気を付けて。
「勝ち点3」を手土産に、浦和に戻って参りましょう。
それでは、西京極で。
長文お読みいただき、誠にありがとうございました。

 

余談その1:
祇園の街の真ん中、花見小路甲部歌舞錬場の裏手に、遺髪を祀った『崇徳天皇御廟』があるそうです。近くにお越しの方は、お立ち寄りになってみてはいかがでしょう。

余談その2:
今回多くの内容を引用させていただいた、井沢元彦『逆説の日本史』によると、聖徳太子以降、“徳”の名の付いた天皇は不運な生涯を送った天皇が多い、との説があります。
つまり、現代の私たちが知る天皇の名は、いわゆる諡(おくりな。戒名)であり、鎮魂のために“徳”の字を贈られたケースが多い、と説いています。崇徳天皇、壇ノ浦で落命した安徳天皇、承久の乱(1221年)で敗れ流罪地の佐渡で崩御した順徳天皇・・・その順徳天皇以降はそのような傾向はなくなったとのことですが、その詳細についてご興味のある方は、著書をご覧くだされば、と思います。

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2008.5.1追記:
ということで、行って参りました。

霊験あらたかな、ありがたいものを発見。

080427shiramine5

さらに、お約束ですが、、、(笑)

080427shiramine6

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2008/04/24

一攫千金の夢@第330回

今シーズンは、まだ序盤にもかかわらず、totoBIGのキャリーオーバーが52億2500万円、と大変なことになっています。

「一攫千金」、いや「一攫億金」の大チャンス。

当 た れ ば で す が 。

スキッと勝って、バッチリ当てて笑いたいとの願いから、
試しに、前回(329回)購入してみたところ、、、

第329回 totoBIG結果
試合№  1  2  3  4  5  6  7  8  9 10 11 12 13 14
1等  1  0  1  1  0  1  0  0  0  0  2  0  1  1
予想  2  2  0  0  2  0  1  0  0  0  2  1  0  1

080424toto329

これだけ外れまくった予想の中で、どーして試合№8が当たってしまったのかorz...

気を取り直して。
「今度こそは」と、第330回も購入してみました。。。

続きを読む "一攫千金の夢@第330回"

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