おんせん

2008/01/09

奥の細道と海坂藩を訪ねて(2)

前回のつづきです。

冷たい雨に打たれて街をさまよったの・・・などと、どこかで聴いたことのあるフレーズが頭をよぎるほど、東北の師走の雨は甘くありません。ここより温かな関東からやって来た軟弱者夫婦に容赦なく降り注ぐように襲いかかります。
ああ、冷たい雨・・・と思った時、ようやく気付きました。
今日は12月30日、大晦日前日、年の瀬も大詰め。
こんな日の地方都市の商いときたら、、、そう、そうなんです。

 「閉店」
 「閉館」

こんな看板や貼り紙が目白押しの季節。

071230heishindo 丙申堂(へいしんどう)到着。
見事、門前払い..._| ̄|○
向学のために概説を付記しますが、ここ丙申堂は、庄内藩御用商人・風間家が、明治29年に建てた住居兼店舗で、国指定重要文化財に指定されています。この屋敷は、映画『蝉しぐれ』で、ふくが落髪する前の俗世の名残にと、文四郎と再会し昔日を懐かしむ場面のロケで使用されたそうです。
まるで閉門蟄居の気分になりそうな画ですが、テコでも開かないのであれば仕方がありません。とっととあきらめをつけて、歩を進めます。
しかしながら、、、ひどい雨と風にだんだん雪がまじりだし、観光などと暢気な風情ではいられなくなりました(つ;д`)
そして、訪れようとしたところには、ことごとくフラれまくり・・・城の近くにある物産館もすでに「御用納め」。資料館や博物館などの観光施設はたいてい公共施設ですので、当然同様の状態。確実に開いているのは神社やお寺、、、
協議の上、まだ12時でしたが、次第に駅方面に歩き、早めの時間に鶴岡市内を引き上げることを決断しました。

ただそのまま退散するには悔しいので(笑)。
071230tsuruoka4 歩きながらでも何とかネタを拾おうと試みたところ、ありました。
丙申堂の近く(鶴岡幼稚園脇)を流れる小さな堀に、屋敷につながる舟着場がありました。こういうものは、今日まで城内に堀と屋敷が残されたところでないとお目にかかれません。昔の面影が残された風情は、当時の生活の様子などへと想像を掻き立ててくれます。
急遽短き道中となりましたが、少しでも鶴岡=海坂藩の雰囲気に触れようと、道を選んで歩きます。

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龍覚寺、着。
実際の寺名は龍覚寺ですが、『蝉しぐれ』では龍興寺として登場します。
文四郎の父・助左衞門が、藩の世継ぎ騒動に絡んだ反逆の罪で切腹の沙汰を受けた場所として描かれています。物語のはじまりとなる重要な出来事の舞台です。 

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般若寺、着。
『凶刃 用心棒日月抄』では、実際の寺名を用いています。
TVでは『腕におぼえあり 3』として放送されていました。やむなく脱藩し、国元から送り込まれてくる刺客と対決したり、嫌疑が晴れ帰参が許されたあとも厄介な出来事で密命を受けたり再度脱藩したりと、やたら災難に遭いやすい(笑)主人公・青江又八郎が、江戸を舞台に、用心棒家業に身をやつしながら国元の様子をうかがう日々を描いた作品ですが、この国元の名は桑山藩という名でした。般若寺は、城下で斬られて横死した町人姿の旅の者の亡骸が運ばれた寺として登場します。しかし、その遺体は二日後に忽然と消え---という怪しげな事件から、物語が展開します。

071230chidoukan 商店街に出ると、庄内藩の藩校だった致道館の発祥の地碑がありました(現在の致道館は、鶴岡公園前にあります。東北地方に唯一現存するものとして、国指定史跡を受けています)。
せめてこれなりともカメラに収めようとシャッターを切った瞬間・・・手に持っていた傘が突風で吹き飛ばされ、傘がおシャカとなりました(ノ;д`)
これで事実上、この天候下での鶴岡散策は続けられなくなりました。
嵐のような雨の中、壊れた傘をだましだまし差しながら、ようやく駅まで辿り着きました。

温かく美味しい蕎麦を食べ、列車であつみ温泉まで戻りました。宿に着いたのは、まだ15時半と早い時間でしたが、ここは観念して(笑)宿近くで温泉巡りすることに。こんな日は、こんな過ごし方のほうが良いのでしょう。冷え切った体も充分温まり、疲れも洗い流し、美味しい料理に舌鼓を打ち、良き年の瀬となりました。

鶴岡を訪れたこの日の夜。
宿のTVを見ていたら、某TV局で『武士の一分』が放映されました。海坂藩を訪れた余韻に浸りながら、映画を堪能することができました。
素敵な偶然に、またこの地を訪れたいと思いました。

ということで、、、鶴岡は、リベンジ決定です(笑)

(おわり)

余談:
Uftushin鶴岡の街を歩きながら、ふと『浦和フットボール通信 vol.10(12月号)』の荒井桂先生のコラムを思い出しました。庄内藩士が、敵将だった西郷隆盛の徳を偲んで綴った『南洲翁遺訓』という本が紹介されています。戊辰戦争で降伏謝罪した庄内藩は、中央政府から国替えを命ぜられましたが、嘆願が聞き届けられて国替えは中止となり、その代わり金70万両を納めることに。藩内の人々はこぞって献金につとめ、金30万両を納めたところ、残金は免除という寛大な処置が。その影に西郷隆盛の配慮があったとのこと。
その縁からか、鶴岡と鹿児島は“兄弟都市”なのだそうです。
偶然とは言え、このコラムが掲載された『通信』が発行された月に鶴岡を訪れたことと、自分の故郷の偉人との関係を知り、不思議な縁を感じました。
上記冊子がお手元にありましたら、ご一読くださればと思います。

余談その2:
翌日の大晦日は、、、
まだご記憶に新しいかと存じますが、この暮れは、日本海側は強風で大荒れでした。
土産を買いに再度立ち寄った鶴岡駅で、見事に“足止め”を食らいました。
羽越本線は、一昨年暮れの『いなほ14号』脱線事故のため、荒天時の対応が相当慎重になっています。人の命には替えられませんので致し方なしなのですが、この日は、よりによって大晦日。何が何でも帰宅の途に着かねばならぬと、ダンナが一大決心!071231amarume
鶴岡駅から陸羽西線余目駅まで、タクシーでバキューンと移動。 ((((;゚Д゚)))
鶴岡駅から新潟方面と、鶴岡駅から秋田方面の2箇所、要するに上下線の行く手が運転見合わせとなったため、鶴岡駅は完全に「鉄道の孤島」と化していたのです。ここから脱出するには、もはや羽越本線を回避するしか無く・・・山形行きのバスという選択肢もありましたが、余目駅迂回のほうが時間が早かったため、5800円也と手痛い出費(号泣;)となりましたが、金で時間を買ったと思うことにしました。
ちなみに、余目から新庄に向かう陸羽西線沿線は深い雪で、、、最上川の雪景色が美しゅうございました。
日本海沿岸の強風と言い、内陸部の豪雪と言い、真冬の東北は侮れません。
残りの道中は、新庄から『つばさ』で大宮まで一直線・・・ダンナの“鉄分”の高さが、的確な判断を選択してくれました。感謝です。071231compus

やはり、鉄旅の必携品は『コンパス時刻表』!
これ最強
です。(笑)

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2008/01/08

奥の細道と海坂藩を訪ねて(1)

20071229atsumi1 天皇杯に関係のない年末は、ゆっくりのんびり旅に出ました(棒読み)
冬は冬らしく寒いところで温泉三昧が一番です。仕事も家事もサポート活動も御用納めまでに済ませ、12/29~31日の2泊3日の行程で山形・庄内地方へ旅しました。
少々長いので、2回に分けてご紹介させていただきます。

【あつみ温泉(あつみおんせん) 山形県鶴岡市湯温海 JR羽越本線あつみ温泉駅 徒歩約35分またはタクシー約5分 2007年12月29日 訪】

071229atsumi2このたびは、あつみ温泉をベースキャンプに、庄内藩の城下町・鶴岡を訪ねました。ちなみに、2泊にかけて逗留した宿はこちら。昭和の香りが充満する(笑)古い旅館です が、源泉掛け流しの温泉(硫酸塩泉)は上々。他の浴場も巡りましたが、ここの泉質が一番効能が高いと感じました。料理はカニと鯛メインで、豪華絢爛と言うよりは地味ながら丁寧な仕事ぶりの味。こんなに鯛を食せることも滅多にないと思えるほどいただきました(笑)。
1日目は宿に到着して、周辺の足湯(右写真)などを楽しみながら散策。
2日目、年末のため名物の朝市は今回体験できず残念。
あいにくの荒天でしたが、鶴岡まで足をのばしてみました。

【山形県鶴岡市(やまがたけん つるおかし) JR羽越本線鶴岡駅 2007年12月30日 訪】

071230tsuruoka1 鶴岡と言えば、『海坂(うなさか)藩』------。
ご存じの方も数多いと思います。鶴岡は、時代小説の名手・藤沢周平の故郷であり、彼の作品の舞台として頻繁に描かれている架空の藩=海坂藩のモデルとなっています。弊ブログを平素ご覧いただいている読者の方にはすでにご周知のことと存じますが、私は大の“読書アレルギー”、ダンナは食事をするのを忘れるくらいの“本の虫”。ダンナはほとんどの藤沢作品を読了していることにあわせ、ここ鶴岡には出張で数回訪れており、地域情報にはある程度通じていたので今回はプチガイド役。私は原作は読んでいないものの、最近の藤沢作品ブームの前から、『腕におぼえあり(用心棒日月抄)』『よろずや平四郎活人剣』『蝉しぐれ』などのTVドラマが好きでしたので、鶴岡は、藤沢作品ゆかりの地を辿りながら歩きたい土地のひとつでした。
 #そう言えば、年末までNHKで『風の果て』をやってましたね・・・
  ドラマ化では「池波正太郎のフジテレビ」「藤沢周平のNHK」といったところでしょうか。

071230tsuruoka5駅についてまず目にするものは、この『雪の降る町を』歌碑。作曲家・中山喜直が、鶴岡の雪景色や旅の思い出をメロディーにしたとのこと。毎正時には、あのお馴染みのメロディーが流れます。

 

071230tsuruoka2街では『藩札』が流通しております(笑)。
ところで。
鶴岡の街を歩いていると、いたるところで『庄内』と『荘内』の2つの表現が使い分けられていることに気付きます。
車のナンバーはじめ庄内平野など地域を指す場合は『庄内』、新聞社や銀行、荘内神社など企業や施設・団体等には『荘内』の文字がよく充てられているようです。その使い分けに関する理由や根拠は、ちょっと調べた程度では釈然としないのですが(^^;、古文書に頻繁に登場するのは『庄内』の文字のようです。参考までに、こちらをご覧くださればと思います。

071230basho1 ぶらぶらと駅前通りを歩いていると、『山王日枝神社』に到着。
境内には、松尾芭蕉がかの『奥の細道』紀行の折、出羽三山登拝後にここ鶴岡を訪れた際に詠んだ句碑がありました。

 珍しや 山を出で羽の 初茄子び

「出羽三山の下山」と「出羽国」を絶妙に懸けています。また庄内は小茄子(民田茄子)の名産地ですの071230basho2で、地方色や季節感もわずか17文字に凝縮した、誠に秀逸な一句です。
日枝神社から商店街方面に歩を進めると、『蝉しぐれ』でモチーフとされた内川(小説では“五間川”)に辿り着きます。『秘太刀馬の骨』に登場する大泉橋(小説では“千鳥橋”)のたもとに、芭蕉ゆかりの舟着き場がありました。ここから芭蕉は舟に乗り、内川~赤川~最上川と川を下り、酒田へと向かったそうです。酒田への道中、芭蕉は何を思っただろう・・・そんな想いをかきたててくれます。

071230tsuruoka3大泉橋を渡った先の商店街の歩道には、このような旧町名を表記した石碑がいくつか設置されていました。こういう細かい演出が、城下町そして時代小説のふるさととしての雰囲気づくりに一役買っています。
街並みは、現代的な建物と、懐かしい時代の建物が混在しています。同じ県内だからでしょうか、何かしら米沢を訪れた時の雰囲気に似たものを感じました。

071230tsurusonohashi

 

 

 

 

 

 

鶴ヶ岡城址(現・鶴岡公園と荘内神社)に向かう途中、再び内川を渡ります。
消防署前の鶴園橋の下に、2艘の舟が繋がれていました。『蝉しぐれ』の緊迫するシーンのひとつ、牧文四郎とふくが家老・里村の追手から逃れるために、夜陰に紛れて舟で堀(内川?)づたいに城外へ脱出する場面が自然と連想されました。果たして、この舟はどのような意図でここに係留されていたのか・・・情緒ある風景です。071230miyukibasshi
この鶴園橋を横目に眺めながら、私たちは朱色が目に鮮やかな下流側の『三雪橋』を渡りました。関ヶ原合戦後の1601年、最上義光が鶴ヶ岡城主の代に赤川・内川の河川改修に合わせて架けられた橋で、その後酒井忠勝が庄内藩主となり明治維新までの間、城の大手門に通ずる橋として機能した由緒ある橋だったそうです。現在の恒久橋に架け替えた1963年に、地元の人々が発起して朱塗りの橋になったそうです。

071230church 橋を渡ると、屋敷門の向こうに教会、、、和洋折衷の奇抜な佇まいに目を惹かれました(写真が雨に煙ってしまいました)。
明治の頃に建てられた『鶴岡カトリック教会天主堂』です(国指定重要文化財)。ロマネスク様式教会建築の傑作なのだそうですが、建築はあまり詳しくないので良くわかりません(笑)。堂内に安置されている黒い聖母マリア像は世界的にも珍しく、日本ではここでしか見られないそうです。
中を見学しようとしたのですが、雨足が強くなってきたので、先を急ぐことに。

071230tsurugaoka 鶴ヶ岡城址。現在は荘内神社と鶴岡公園となっています。鶴ヶ岡城は、古くは大宝寺城と呼ばれ、鎌倉から戦国期の長きにわたり、庄内地方を治めていた武藤氏の居城でした。戦国後期から江戸にかけての国替え等により、最上義光→酒井忠勝と当主が変遷し、以降、戊辰戦争の頃まで、庄内の中心地として、譜代の酒井氏が守り継ぎました。解体された本丸跡に荘内神社を建立したそうです。
実はもっと城めぐりと神社めぐりをしたいところだったのですが、師走のみぞれまじりの冷たく激しい風雨が、容赦なく私たちの衣服を濡らしてきたので、散策を断念。荘内神社に年末のご挨拶程度に参拝し、早々に境内を出て、天候の様子をうかがいながら、『蝉しぐれ』の映画ロケ地となった『丙申堂』へと急ぎます。

(つづく)

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2006/11/16

信州の旅(3)別所温泉

上田市内で北国街道と真田太平記館を楽しんだあとは、上田駅から「信州の鎌倉」と呼ばれる別所温泉へと向かいました。

【2006年11月2日(木) 13:30ごろ 上田電鉄 上田駅】

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“鉄”の皆様、お待たせしました(笑)。
別所温泉に行くには、これ。上田電鉄・別所線を利用します。昨年、上田交通から鉄道部門を分社化したのが『上田電鉄』。始発の上田駅は、JR上田駅ターミナルと直結、改札前には、かの“峠の釜めし”で有名な『おぎのや』のうどん・そば売店がありました。061102poster
まだまだ存続の危機にさらされている別所線ですが、今日も元気にお客さんを乗せて走ります。13:49発の電車に乗り、別所温泉に向かいます。
出発の前に・・・駅のホームで、このようなポスターを見かけました。
『そば祭り』と銘打たれたこのポスターを読むと、別所温泉で 翌日(11/3)の11時半から、新そばの無料振る舞いのイベントがあるとか。
早速事前情報として、脳内にインプット。
連れの『そば星人』さんは、超能力で知ってしまったかも知れませんが(笑)。

【同日 14:16分 上田電鉄 別所温泉駅 着】

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30分程度で別所温泉駅に到着、お手軽です(^^)。 061102ueden3
駅舎はなんともレトロな風情、改札の女性駅員さんも袴姿で出迎えてくれます。
駅には、以前この路線で活躍した『丸窓電車』の展示もありました。
“鉄”のお客様、こんな写真でよろしければ、どうぞご自由にお持ち帰りくださって結構です(笑)

 

【同日 15時ごろ 別所温泉界隈】061102asiyu

ぶらぶらと温泉街を散策。するとありました、『足湯ななくり』。“ななくり”とは近くにある『七苦離(ななくり)地蔵尊』に由来。「七つの苦しみから離れる」意は名前そのまま。早速足を浸けました。5分ほど入浴していたしたが、、、ちとぬるい(^^;

足を拭って近くの『北向観音』へ。「善光寺だけでは片参り」と言061102kitamukaiわれ、南向きの善光寺と対を成す『北向観音』として古より信仰を集めています。当然『レッズ優勝』祈願をしました。
ということは?・・・「翌日の予定が決まってしまった」ということですが、何か?(笑)。
また境内には、小説『愛染かつら』で有名な桂の木もあります。ちなみに、作者川口松太郎は北向観音の信者だったそうです。 

061102insen観音堂の参道にあった飲泉場。別所温泉はおおむね単純硫黄泉で、飲泉としても利用されています。観音堂の手水(ちょうず。手を清め洗いする水)も 温泉だったのには驚かされました。これはちょっと珍しいでした。

 

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参道からぶらぶらと谷あいを歩き安楽寺へ。ここには国宝の八角三重塔があります。国内で現存する木造八角塔として唯一のもので、鎌倉時代末期に建立された禅宗様の建築物です。訪れた時間帯の日光の具合があいにくで、良い写真が撮れませんでした、残念。そのかわり境内の紅葉は美しく撮影できました。

【同日 16時ごろ 宿到着】

061102hotel今回の宿は『別所観光ホテル』。北向観音そばの高台にありました。
別所温泉周辺は“松茸”の産地ということを知り、実は「この秋の味覚を逃してなるものか!」との壮大なる野望を持って乗り込んできた、というのが本音だったのでしたヽ(`へ´)ノ。
宿泊プランの『松茸料理コース』を堪能させていただきました。この貧乏人夫婦にとって3年ぶりとなる松茸料理・・・宿代は、リフレッシュ休暇の奨励金が支給されたダンナ持ち(万歳!)。おごちそうさまでした。。。
会社にダンナに感謝 m(_ _)m

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【2006年11月3日(金) 9:30ごろ 石湯】

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宿の温泉には、朝風呂も含め3回入って堪能いたしました。別所温泉は「美人の湯」と言われており、心地よいお肌スベスベ感があります。
2時間前に入浴したのに、宿を出て早速外の温泉に(笑)。
別所温泉には多くの外湯・公衆浴場があり、ここ『石湯』も有名な外湯。真田幸村がよく立ち寄った温泉として『真田太平記』に描かれています。玄関の石碑は、池波正太郎の揮毫。入湯料150円也、激安!
たまたま無人だったので撮影できました。内観はご覧のとおり(女湯)。

【同日 10:30ごろ 常楽寺】

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前日拝観した安楽寺のすぐ近くにあるのですが、明るいうちに訪れたいと翌朝に出直して来ました。ここ常楽寺は、『北向観音』の本坊にあたります。荘重なる茅葺き屋根と質実な建築様式は、鎌倉仏教の影響が表れています。また境内には、国内に2基しかない石造多宝塔(国重要文化財)もあります。
さすが別所温泉は“信州の鎌倉”と言われるだけあり、鄙びたなかにも重厚な歴史の佇まいを残す、落ち着いた大人の温泉地といったところです。
やはりウチら二人は所詮田舎者、こういう田舎らしいところにすんなり馴染めます。

【同日 11時ごろ そば祭り会場】

はいはい、来ました来ました(笑)。
この祭りは、『上田電鉄』と『しなの鉄道』の共同企画で開催(上田市、小諸市、上田観光コンベンション協会ほか協賛)。正式には「信州信濃の蕎麦街道そば祭り」といい、今年が第2回目。今回はこの日が初日(~11/26まで)ということもあり、好天に恵まれ客足も順調な様子。静かな温泉街がにわかに活気づいていました。樽酒の振る舞いや、農産物の直販など、到来客にとってはお得感のあるイベントにウハウハ(笑)。
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われらの目的は、もちろん“そば”v(゜▽゜)v。先着300名の無料振る舞いそば試食の権利を見事ゲットし(笑)、長蛇の列へ参入。
さて、お目当ての“そば”ですが・・・製作側が需要に追いつかず、迅速に大勢の客をさばくために“ざる”で出したり“ぶっかけ”で出したりと、その場の作業効率優先(要は、手元にある器に合わせて)で作ります。なので、客に選択の余地無し、、、タダなので文句は言えましぇん(爆)。私らには“ぶっかけ”がまわってきました。
肝心のお味ですが、打ちたて感たっぷり、ゆで加減もほどよく、新そばの香りほんのり鼻から息吐いて・・・大変美味しゅうございました m(_ _)m

【同日 11時ごろ しなの鉄道 上田駅】

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新そばで締めくくった別所温泉をあとに、別所線にて上田へ。
上田駅の改札を出た向かい側すぐ前に、『しなの鉄道』の改札があります。
『しなの鉄道』と聞くと、ここの前社長は現在SR(埼玉高速鉄道)の社長サンであり、時々美園駅でもお見かけします。そのためか、『しなの鉄道』にはどこか親近感があります。
12:53発の電車にて、一路、長野に向かいます。

 ♪赤い 電車~ 赤い 電車~ 
  前の部分だけ~(笑)

(つづく。次回は「牛に引かれて・・・」です)

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2006/10/25

“足湯”のある空港

061025sendai1ちょいと急用で、先週の平日、鹿児島の実家に帰省しておりました。
空港から家路に向かうリムジンバスの車窓には、黄金色の稲田にコンバインが出動、今まさに刈り取られている風景が映し出されていました。
南国にも確実に秋が訪れていました。

061025sendai2 ちなみに私の故郷の駅です。
新幹線停車駅になってから、この街では「ここだけ」極端にアカ抜けています(笑)

で・・・本題は、帰りの空港での話題です(^^;
フライトまでの時間がありあまっていたところ、空港ビル玄関に和風の“軒”を発見。
「なんだなんだ?」と近づいて見ると・・・天然温泉の“足湯”があるではないですか。
9月、霧島からの帰りには気づかなかったのですが。。。

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その名もズバリ、『鹿児島空港 天然温泉足湯 “おやっとさぁ”』
ちなみに“おやっとさぁ”とは、「おつかれさま」の意です。
旅行者はもとより出迎えの人、出張ビジネスマンもズボンの裾をたくし上げ、心地よさそうに足を浸けています。利用無料。私も早速足を投入。今の季節ならちょうど良い温度ですが、これから寒くなってくると、少々熱く感じるかも知れません。
しかし、さすが温泉。だんだん気持ちよくなってきました。。。

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061025asiyu6泉質は、ナトリウム-炭酸水素塩温泉(重曹泉)とのこと。泉源温度が46.6℃ですので、確かに温まり方が早い・・・。
10分入れば、体中がポカポカになります。

手持ちのタオルがない方は、袋入りでタオルが販売されています。金200円也。
なんとも憎めないキャラです(^^)。

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足湯だけでなく“手湯”もありました。
手前の湯溜まりが手湯なのですが、この風景デザインどこかで見たような?・・・
(つд⊂) ゴシゴシ 
((;゜Д゜) ハッ!
実は霧島連山をイメージしているようです。左奥が韓国岳、右奥が高千穂峰(下写真参照)、手前が9月061025asiyu4に登山した大浪池をモチーフにしています。そして最初の写真、湯船メインの給湯口の山は桜島だとか。
うーん。。。何と申し上げて良いのやら(笑)

おまけに飲泉もありました。
消化器系や肝臓に良いようです。
手持ちのペットボトルにこの温泉を詰め、ダンナへのみやげとしました。061025asiyu5
タダで珍しい良いみやげとなりました。。。
 #「もらいもの」と「タダ」が好きなのは主婦の習性でございます(爆)

空港で“足湯”があるところは、まだまだめずらしいのではないでしょうか。
他にご存じの方は情報をお寄せください。
思いがけなく見つけたので得した気分になれました。時間もたくさんあったので、2回も入浴することができ、心も体もリフレッシュできました。
交通機関で、こういう「もてなし」があるのは、旅人にとって大変ありがたいものです。

鹿児島空港ご利用の際は、ぜひお立ち寄りになられてはいかがでしょう。
 #今年は、鴨池アウェイはなし・・・残念(笑)

追記: 061025abe
時間はものすごく逆行しますが・・・
往路の羽田空港で、こんなものを見つけてしまいました。
ウワサには聞いてましたが、、、「まさか」という感じ。
こんなものは、田舎でバカ受け間違いなしなので、当然買いましたけど、、、何か?(笑)

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2006/09/14

【AWAY紀行@番外編③】大浪池登山~霧島神宮の旅

2日目は、霧島のワインディング・ロードを駆け抜けて、霧島温泉郷に宿泊。
最終日は、発作的に大浪池登山にトライし、霧島神宮にご挨拶をして旅を締めくくります。

【2006年9月2日 6時半ごろ 霧島温泉 旅館 松苑

060902shoen 起床。お天気が良さそう。温泉郷を少し散歩してから、宿の貸し切り露天風呂でひとっ風呂。景色も良く気持ちいい朝風呂でした。この宿で4度目の入浴でしたが、もうダンナはヘロヘロ(笑)。効能バツグンの温泉に完全にやられました。ここは硫黄泉の宿でしたが、他に炭酸水素塩泉(ラムネ温泉)、明礬泉、鉄泉、塩化物泉etc...と霧島はまさに『KING OF 温泉』。美味しい料理、良質の温泉、そして静けさを満喫し鋭気充分、宿を出発しました。
 #今回の旅は、2軒とも宿が大ヒットでした (^o^)/

【同日 9時すぎ 大浪池登山口着】 

060902ohnami1天気が良いので、一念発起!登山に挑戦することに。 
霧島は種々の登山コースがあり、時間や体力によってコースが選べます。上級者向けには、えびの高原~韓国岳~獅子戸岳~新燃岳~中岳~高千穂河原へ抜ける霧島連山縦走コース(所要約6時間)がありますが、登山の「と」の字も知らないわれら(笑)は、片道40分で行ける初級者向け『大浪池コース』のトレッキングを選択。060902ohnami2
高校以来か、はたまた大学以来か・・・いずれにせよ超久しぶりの大浪池登山になります。
国道223号沿いの登山口に車を止め、いざ出陣!のころには、すでに雲行きが怪しくなり・・・山の天気侮る無かれ。

登山道は、石畳が整備されていて、スニーカーで登れるほど快適に整備されて060902ohnami3います・・・というのは途中まで。
そうとは知らず、このあたりはルンルン気分(死語)で登っています。
倒木のあるところはあえて撤去せずに道の部分だけ切り出され、野趣を醸し出しています。

しばらくすると、勾配のある階段が出現。何だかんだ言っても“登山”ですので、傾斜を登らねば登山になりませぬ(^^;060902ohnami4
少しずつ息が上がってきます。
登り始めて10分くらい経ったころでしょうか。。。
私は、ふと思いました。
「登山するって、言わなきゃよかった」と。
早々の敗北宣言。シマッタと心の中で叫ぶほど、ますます足取りが重くなっていくのでした。

060902ohnami5 すでに脳内は“白旗の海”(@∀@;)/~だったのですが、道は容赦なく私を責め立てます。写真の程度の頃は全然いいほうで、岩がゴロゴロ、無造作に積んであるだけの悪路(登山愛好家の方には「この程度で、アホか!」と怒られそう・・・。)が出現し、楽しいはずの登山は、私にとって“拷問モード”と化しました。
当然こういう時、うちのダンナは決して手を貸してくれることはありません(つ;д`)。

【同日 10時過ぎ 大浪池山頂】

「嗚呼、もうダメじゃ・・・」 060902ohnami6
“ここが青山(せいざん)”といよいよ観念したその時、、、行く手に見える光明。そうです、なんとか登山道の頂上(中継点?)に辿り着きました。
人間は私は現金なもので、達成感を得ると、自分がいかにも偉業を成し遂げたような気分に浸れます(笑)。
しかし、右写真彼方と写真後方此方は、さらなる『大浪池周遊ツアー』の延長となっており、私には到底、、、「もう結構です」(爆)。060902ohnami7

案内板の文を見て驚きました。
ここは『九州自然遊歩道』の一部のようです。
読めば、、、総延長二千数百㎞!
誰が歩くんじゃい・・・  ((((;゜Д゜)))

 

060902ohnami9お天気が良ければ、コバルトブルーの大浪池が、そして向こう正面に韓国(からくに)岳が眺望できたのですが、残念。
池の辺りで標高1300mくらいあるらしいので、さすがに天候が急変します。雨に降られなかっただけでも幸いとしましょう。
適当に休憩を取り、下山。そこで面白かったのは、先ほど私を苦しめた「岩ゴロゴロ悪路」の方が、下山の際は楽だった、ということです。却ってなだらかな坂路はヒザに負担を与え、きつかったです。上り40分弱、下り35分で、ヘタレた割には順調な登山でした。
しかし、、、生きて帰れて良かったよぉ (つ;д`)

【同日 11時半ごろ 霧島温泉郷】 

再度、昨夜の宿の近くに戻り、その付近の日帰り温泉にて汗を流しました。
温泉で感じたのは・・・
「鹿児島のオバチャンは、みなラテンだ」(久米明 風)
ということです。シャイで控えめなご婦人も、普通のご婦人も、みなコミュニケーションを取ろうと語りかけてきます。人懐っこいです。「石鹸がない!」と誰かが言うと、見知らぬ同志が気軽に貸し借りし、会話をしてました(笑)
私の体内にも、同じDNAが存在するんだなぁ。。。(゜∀゜)

【同日 13時半ごろ 霧島神宮着】

温泉を出て、途中の道の駅で『豚シャブ定食』で腹ごしらえしたのち、いよいよ霧島神宮へご挨拶に。最後の訪問で気が引けましたが・・・お許しくだされ m(_ _)m

何故か鹿児島という土地は、さまざまな宗教が寄り付いてくるようです。060902jingu1

日本の神々:高天原からご降臨したのが、霧島・高千穂峰。
仏教:鑑真が初めて日本上陸したのが、坊津。
キリスト教:フランシスコ・ザビエルが初来日したのが、鹿児島。

これは一体、なんなんでしょうかね。。。

また、神宮参道前のこの灯籠の文字に、ダンナが驚嘆。
「『日本発祥の地』だって・・・スゴイ!」(笑)

060902jingu2 その言葉を反映するかのような物体が、参道内にありました。
“さざれ石”---そうです、『君が代』の歌詞にある“さざれ石の巌”です。碑文を読むと・・・学名は『石灰質角礫岩』。雨水に溶けた石灰質が長い年月をかけて小石を集結させ岩になったものです。「♪千代に八千代に さざれ石の 巌となりて」は、まさにこれ。『君が代発祥の地』と言われる岐阜県春日村で発見されたものだそうです。この地にこの岩があることは、推して量るべし、といったところでしょうか。

060902jingu3霧島神宮は、高千穂峰の麓にあります。そもそも霧島神宮は高千穂河原にありましたが、1234年(文暦元年)の高千穂峰の噴火で焼失し、移転と再建を繰り返して、1484年(文明16年)この地に移転されたそうです。現社殿は1715年(正徳5年)島津吉貴が寄進。1989年(平成元年)に国の重要文化財指定を受けました。
祭神はご存じ 天孫降臨の主役・ニニギノミコト(変換は無理/笑)。厳かな空気に包まれた、まさに「神域」と呼ぶに相応しい境内。社殿も参拝客に迫り来るような迫力に満ちていました。
しかし、ここで反省。。。
こういうところ(神社仏閣)は、訪れた時、最初に「ご挨拶」に来なきゃいけませんね。
鵜戸神宮といい、ここ霧島神宮といい、立ち去るときに来てしまいました。
今後の旅に活かしたいと思います。
霧島神宮を後にして、一路鹿児島空港へ。
楽しい旅の締めくくりは、初秋の南国の青空の下、空港までの数十分のドライブでした。。。

    ++++++++++++++++++++++ おわり +++++++++++++++++++++++++++

以上、『AWAY紀行@番外編 南九州の旅』編でした。

今回の遠征は、お天気こそあまり恵まれなかったものの、とても充実した旅となりました。
大分の悪夢の夜だけが悔やまれますが、良いことあったり無かったり・・・これが旅ですね。
大分を起点とすると、南九州は時間距離が長く遠方となりますので、将来的に、鴨池遠征の際にでも、この紀行文を参考に、わがふるさと@南九州を旅していただければ、これにまさる幸せはございません。
#天皇杯か、ヴォルカのJ1昇格か、春のキャンプか・・・鴨池遠征の可能性はゼロではないですね(笑)

謝辞:
読者の皆様には、長々とお付き合いくださり、誠にありがとうございました m(_ _)m

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2006/09/09

【AWAY紀行@番外編②】鵜戸神宮~霧島の旅

1日目は飫肥・油津から宮崎・青島のホテルにもどり宿泊。
2日目は、青島近くの鵜戸(うど)神宮から三股町を経由して霧島までの旅です。

【2006年9月1日 6時半ごろ 青島サンクマール

060901aoshima1060901aoshima2宿は青島ではなくその南側、ビーチをはさんだ小さな岬にありました。今回はあえて観光地・青島の喧噪から離れたところを選んでみました。
温泉の泉質も良く、料理も美味しく、客室も眺望抜群で快適。そして関東の熱帯夜がウソのような宮崎の夜の心地よさ・・・波の音を子守歌に、久々によく眠りました。060901aoshima3
旅先では、普段できない早起きができるものです(笑)。宿の周り を散策してみました。

青島でなくとも、日南海岸一帯で『鬼の洗濯岩』は見物できます。ホテルからすぐ降りてアプローチ。岩の上は意外に歩きにくいものでした。
そうしたら案の定、ダンナがすってんころりん!
060901aoshima4 しかしさすがダンナ、自分はしりもちをついてもカメラバッグを反射神経で持ち上げる瞬間芸を披露。カメラ&レンズのためなら短パン犠牲はなんのその・・・とカメラ小僧魂を発揮。そのかわり、帰宅後の私が洗濯で苦労するんですがねぇ(^^; 雨に降られなかったことを良しとして、宿に戻りひとっ風呂。朝食を済ませて9時過ぎに出発、鵜戸神宮へ向かいました。

【同日 10時ごろ 鵜戸神宮着】 

060901udo1 宿を出るまでは青島に行くつもりだったのに、車を発進させた直後、ダンナが、
「やっぱ鵜戸神宮に行こう!」
と、急に方針転換 (゜∀゜;)
行く先々の神社仏閣に挨拶しないと気が済まないのが、うちのダンナです。私もそうですが(笑)。
日差しが出てお天気も回復。ここから海辺の崖沿いの参道を下っていきます。

060901udo3 鵜戸神宮は右の写真のよ うなところに立地していて、左写真の奥に本殿があります。
ここの神様(漢字変換が出ないので省略します。詳しくはこちら)は縁結 び、夫婦円満、安産、家内安全、開運など、家庭の繁栄に霊験あらたかです。
大分での紛争を思い出し、早速、夫婦円満の永久祈願をしてまいりました(御札も先日届きました)。

060901kameishi_1 さて。私は今回の旅で、最初からダンナをここに連れてきたかったのです。それはある目的がありました。
『運玉投げ』をしたかったのです。崖下の“亀石”の背穴(写真左)に、素焼きの玉(運玉。5個100円)を、願い事を念じながら男性は左手、女性は右手で投げ入れます。見事ホールインワンで願いが叶うという、昔ながらのアトラクションです。
で、投げてみました。
私はここに数回参拝経験がありますが、今回初めて玉の砕けた“かけら”が入りました!(ノ^◇^)ノ ヤター 
しかも無心で投げて・・・それも(が)(けた“かけら”)(笑)。
ダンナは、惜しいことに穴に命中しなかったものの、横にのっかりました(写真右拡大図参照)。
神頼みも効果無く、早々に前途多難な夫婦でございます _| ̄|○
鵜戸神宮をあとにして、日南市街から北郷町を経由し、一路三股町(都城市のとなり町)へ向かいました。

【同日 12時すぎ 三股町着】 

ところで、「ナゼ三股町?」  (゜Д゜) ポカ~ン
実は会社の後輩というか、元ご近所さんというか、ダンナの大学の後輩というか・・・要するに親しい知人の実家(店)があるので寄りたかったのです。親御さんと無事に対面は果たせました。060901gyoza1
それともうひとつ、その知人が勧めてくれた、ぎょうざ屋さんに寄りたかったのです。
通販と口コミで全国的に有名になったという評判に違わず、宅配窓口にはひっきりなしに車を乗り付けて買い求める人が後を絶ちません。地方の町でこのような光景を目にするのは本当に驚かされました。
われらは隣の食事処で実食。焼きぎょうざ定食500円はリーズナブル(^-^)。060901gyoza2
向こう側の皿の“揚げぎょうざは”単品注文で、薬味に“ゆずこしょう”が付いてきます・・・さすが九州クオリティ。
味の方は、文句なく「◎」。自慢じゃないですが、私自身が作るぎょうさの質感そっくりなのです。キャベツたっぷりホワホワぎょうざ、、、店売りのぎょうざで、こんなに自分の嗜好に近いものに初めて出会えました。感激です (つ;д`)
食べ終えて、ここから霧島~旅の終点・鹿児島空港までは土地勘のある私が責任持ってハンドルを握ります。
 #実は予定より早く鵜戸神宮から運転してましたが(笑)

【同日 15時 生駒高原着】

060901ikoma ここもまた、ダンナを連れてきたかった場所です。学生時代、バイクを転がして、必ず秋なると訪れた場所です。100万本のコスモスが咲き誇ります。美瑛にも負けない開放的な景観、眼下には小林市の市街地・・・ゆく秋を惜しみ、年月の移ろいにひとり涙した風景ですが、さすがに9/1では咲いていませんでした(笑)。

【同日 16時ごろ えびの高原】

060901ebino なんともお天気の急変が恨めしい・・・やはり標高1000m越えると山の天気は激しく変わります。
写真左は、えびの高原全景、写真中は、韓国(からくに)岳登山口付近、写真右は、晴天ならコバルトブルーの水面を湛える不動池・・・のはずです。あ゛ー!残念!

【同日 16時半ごろ 霧島丸尾着】

060901kirishimaお天気にフラれて仕方なく、鹿児島県側の道を下山することに。すると急転直下、ざんざん降りの大雨に。フロントガラスの視界もままならないかと思いきや、しかしそこは昔の勘を活かして難なく下山できました。
20分程度で、霧島温泉中心部の丸尾に到着、、、で、びっくり。
全然雨が降ってない!!! 下界は別世界でした。
山の天気恐るべし  ((((;゜Д゜)))
すぐ近くにある今宵の宿に車を止め、しばらく周辺を散策。道端の足湯に浸かったり、宿の温泉に入ったりと、この日の疲れをゆっくりとほぐして体を労いました。。。

(次回は9/2最終日、大浪池登山~霧島神宮編です)

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