実は、前回ぶらり旅の前日に、こちらを訪れていました。
時間が前後してしまいましたが、まあそこはご愛敬ということで(^^ゞ
今回の遠征のオプショナルツアーで、仁川空港からツアーバスで護送される『うぃあー御一行様』。
このバスに乗り、ガイドさんの説明を聞くまでは、どこに連れて行かれるのかもわからない、タモリ倶楽部的“ミステリー・ツアー”状態でしたが(笑)、行き先は至ってまとも、朝鮮王朝を代表する王宮・景福宮と国立民族博物館を見学し、その後は、ちょっと怪しい魅力の南大門市場を観光しました。
【2007年9月25日 15時半ごろ 景福宮(キョンボックン) 訪】
韓流時代劇ファンの皆さま、お待たせいたしました。(゚∀゚)凸
ソウルと言えば「ここ」、ですね。
朝鮮王朝を建国した李成桂(イ・ソンギェ)によって1395年に造営された最初の王宮です。
北方背後に北岳山、正門の光化門(復元中)から南に六曹通(現在の世宗路)が伸びており、京都や奈良と同様、王宮の北に山を背負い、地形が開けた南に大通りを配して都市計画の中心に据えています。風水思想に基づく都市建設手法は東アジアの共通項であるのだなあと、改めて感じさせてくれます。(※地図クリックで拡大します)
創建当初は12万6千坪という広大な敷地に200棟を超える殿閣があり栄華を極めたそうです。しかしそれらも、われら日本人には少々耳の痛い話ですが、『文禄・慶長の役(1592-1598年)により焼失。その後、朝鮮時代末期の高宗時代(1868年)に再建され、330棟もの殿閣が建てられたそうですが、日本統治時代の総督府の建設時に、勤政殿などごく一部の建物だけを残して、景福宮の数多くの建築物が取り壊されたそうです。
戦後久しい1990年から本格的な復元事業が推進され、総督府の建物を撤去し、徐々に景福宮の本来の姿を取り戻しつつあるそうです。(※図クリックで拡大します)
<光化門-興礼門-勤政門-勤政殿-思政殿-康寧殿-交泰殿>
などの門・殿閣が一直線に配置されていて、宮殿の軸空間を形成しています。
■興礼門(フンレムン)
光化門が復元中のため、現在、景福宮の最南端にあるのがこの門。
秋夕(韓国の旧盆)の真っ最中のため、市内は休業店舗が多いのですが、ここのような観光地は大盛況。休みを利用して訪れた国内客のみならず外国人の姿も相当多く見かけました。
ここをくぐって、勤政門-勤政殿へ向かいます。
■勤政門-勤政殿(クンジョンムン-クンジョンジョン)


興礼門をくぐると、勤政門があり、その間が広場になっています。
お盆のお祭りで、色鮮やかな伝統的衣装を身にまとった子どもたちが踊っていました。多くの見物客に囲まれて賑わっています。晴れた秋空に、衣装の色もよく映えていました。
この勤政門の色遣い・・・最近どこかで見たような・・・と思い出していたら、腑に落ちました。日高市・高麗神社となりの聖天院にあった朝鮮半島出身者墓園にあった四阿(あずまや)です。
この地の文化を、身近に感じた瞬間でした。
勤政門をくぐり、勤政殿へ向かいます。
勤政殿。国家的行事を執り行っていたところです。その前広場は『朝廷』と呼ばれていたとか。そこかしこに小さな石塔が置かれているのが目に付きます(お墓じゃありません/笑)。
ここで。
私は、韓流ドラマにほどんど興味はないのですが、唯一、全編観たものがあります。
それは、
『宮廷女官 チャングムの誓い』
でした。
主人公である宮廷女官・チャングムの波瀾万丈の人生と、彼女に関わる宮廷内での人間ドラマを描いた作品でしたが、重要なシーンのひとつに、チャングムに“官位”が与えられる場面があります。これらの石塔には官位名が刻まれていて、身分階級制度の厳しい朝鮮王朝時代、臣下が集合して王に拝謁する際に、自分の官位が示された石塔の位置に控えます。当然ながら、殿閣に近い位置が最も位が高く、低くなるにつれて後ろへ配されます。
ドラマは、チャングムが医女の身分でありながらも王の主治医となり、ほぼ最前に列する栄誉を与えられたところで、クライマックスを迎えます。
やはりここでそのシーンのロケが行われたと、ガイドさんから解説がありました。

勤政殿の天井には、巨大な龍をメインとした彫刻が施されていました。この国特有の鮮やかな極彩色が随所に用いられ、日本の伝統建築とは異なる朝鮮古来の文化を表現しています。
また、内部には王の玉座がありました(右写真)。
次に、思政殿へと向かいます。
■思政殿(サジョンジョン)中庭
思政殿は、王の執務空間といったところ。ここを取り囲む回廊のような建物は、かつての書庫だったそうで、公文書が保管されていました。幾たびかの戦禍により、それらの貴重な文書は、日本をはじめとするアジア諸国に限らず、欧米等の国外にも持ち去られたそうで、韓国国内で現存するものは僅少とか。そのため、歴史的な研究を国内で行うのは現在でも困難な状況だということです。またも耳の痛いお話ではあります。。。
お盆のためでしょうか、美しいチマチョゴリを着た女性の姿をよく見かけました。
■慶会楼・交泰殿(キョンフェル・キョテジョン)
慶会楼(左写真)は王が主宰する宴会を行う高床建物で、現代風に言えば“ピロティ”構造となっています。交泰殿(右写真)は宮殿の中心にあり、中宮殿とも呼ばれていました。王妃の寝殿です。
おそらく魔除けか守護神かのどちらかと思われますが、屋根瓦には、右写真のような動物様のものを模した造形物が随所に装飾されています。
時間もなくなってきたので、後宮エリアにある他の施設を駆け足で周り、国立民族博物館へと向かいます。
【同日 16時すぎ 国立民族博物館 】
時間も相当おしてきたので、急いで館内を巡ります。
内部展示は、主に『韓民族生活史』『生業・工芸・衣食住』『韓国人の一生』という3部構成になっています。
館内は博物館ですので、撮影禁止となっています。
が。
昔の韓民族文化を学ぶというより、ここでは、思いがけなく現代韓国人の気質に触れることになりました(笑)。
日本人が大人しいのか遵法精神があるのかどうか、その議論は置いといて・・・。
- 館内で、写真はバシバシ撮りまくっています。
- 屋外での感覚と同様に、館内では携帯電話で話します。
- 子どもたちが、元気よく走り回っては、見学順路を逆走しています。
私は、カルチャー・ショックを受けてしまいました。 ((((;゚Д゚)))
確かに、王宮を見学している時にも感じましたが、写真撮影している人の前をためらい無く横切りますし、並びの見学列にも積極的に割り込んできました。地下鉄に乗車中でも携帯電話は普通に使っていると、他のうぃあーさんからも聞きました。
ここは儒教の国だということから、かなりマナーに対しては厳しい見識を持っているかと思っていたところ、それは私の「先入観」だと気付きました。
日本人が考えるマナーと、この国の人々のマナーの尺度が違うのでしょう、きっと。
私の勝手な感想ですが、「まず、自分ありき」というか、「自己の力」が行動規範になっているような印象を受けました。どこか積極性の高さを感じます。
確かに、サッカーを観ていても、
日本人FW:チャンスを譲り合い、結局好機を逃す(例:○ナギ)
韓国人FW:まずは自分で機をうかがう
なんてシーンを何回か見たことありますし(爆)。
面食らっているうちに、だんだんと陽が傾いてきました。
急ぎ博物館を出てバスに向かっていたところ、これも高麗神社で見かけた『将軍標(しょうぐんひょう:チャンスン)』がありました。ってか、こっちが本場ですね(^^;
日没になる前に、ソウルの古い下町街と呼ばれる『南大門市場』にバスで向かいます。
【同日 17:30ごろ 南大門市場 】
大通りの交差点、今ではロータリーとなってそびえ立っているのが有名な崇礼門(スンネムン:かつて南大門と言われていましたが、改称したそうです)。国宝第1号指定を受けているのですが、立地状態に驚いてしまいます。都の城門の一つとして建てられた、現存する朝鮮王朝の代表的な建物で、はじめは城壁がこの門につながっていたそうなのですが、1908年に門を残して撤去されたそうです。
この交差点すぐの脇道から、市場に入ります。
ここをひとことで表現するならば、“ソウルのアメ横”でしょうか。
否、アメ横に比べれば、何とも怪しいパワーとエネルギーが炸裂しています(笑)。
朝鮮王朝時代から約600年の歴史を誇る一方で、1日に数十万人が訪れて、日々人々の熱気で賑わっているそうです。この日はたまたまお盆の時期で客足こそ普段より少ないようでしたが、「何でもアリ」と言わんばかりに立ち並ぶ店の構えと、この混沌とした雰囲気が、まさに大陸的。道を歩けば、ルイ・ヴィトンのバッグが山積みされたワゴン(爆爆)や、怪しい日本語で“客引き”が積極的に攻めてきます。
ご覧ください、、、右上写真の店の、堂々たる「パチぶり」を (爆×10)。
そして、やはり人目に付くところには、右写真のようなアピールが。
#上野のアメ横に『北方領土返還』の段幕があるようなもんですね・・・(^^;
何度か客引きに連行されそうになりつつも、「今日は、市場は見るだけヨ!」とのガイドさんの先導(笑)で、駆け抜けるように、無事市場観光を終えました。
いやはや、、、たった15分程度の見学でしたが、充分に異国情緒を味わえました。
訪れた土地の『お国柄』というものを感じることは、何とも楽しいものです。これぞ旅の醍醐味でしょうか。
それほど遠くない隣の国。海を隔てて、此方は島国、彼方は大陸。
欧米ではみな似た者同士に捉えられがちな極東の国々ですが、これほど文化の多様性がちりばめられているものだと、大変勉強になりました。
次は、どの国を訪れてみましょうか。
叶うことなら、レッズと共に。
(おわり)
おまけ:
次の日、清渓川を散歩していた時に、私の発想を遙かに超えた、こんなものを見つけてしまいました。。。
もちろん、ナンバープレートのようなものは見当たりません。
大都会・ソウルの街のど真ん中にて。
すごい、すごすぎる ((((;゚Д゚)))
#ホンダVTっぽいんですが・・・
そう言えば、南大門市場には、寒い冬場の露天仕事で使う、座面を電気で温めてくれる椅子がありました。椅子に電気コードと温度調節ツマミが付いていて・・・
それって『電気椅子』???(恐;;
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