中山道中膝栗毛@いよいよ最終章
昨年1月、日本橋から歩き始めた中山道の旅も、ついに残り五十数㎞となりました。
9月の連休、等々力での勝利を見届けた翌日、加納宿(岐阜市)へと向かい、そこからとぼとぼ歩いて西進、木曽三川を越え、関ヶ原を通り、ついに美濃国から近江国へと入りました(この溝の部分が国境です)。
現在、愛知川宿(滋賀県愛荘町)まで歩いています。
今週末の連休で、長かった中山道の旅に終止符を打ちます。
終点である京・三条大橋を目指して、残りの道程を一歩一歩踏みしめて参りたいと思います。
途中の道中記がまだ埼玉県内までしかご報告してないのに、旅の終わりを予告することとなり甚だ遺憾ではございますが(笑)、無事に三条大橋に到着いたしましたら、簡単にでもご報告させていただだきます。
全国約十数名のこの道中記の読者の皆さま、どうぞお楽しみに。
松本へ参戦されるサポの皆さま、わが家の分までサポートをお願いいたしますm(_ _)m
必勝を祈願して、歩かせていただきます。
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間もなく、進行方向右手に短い参道が目に入り、その先に大きな寺院が見えました。『三学院』というこのお寺は古くから多くの人々の信仰を集め、徳川家の庇護を受けていました。また真言宗僧侶の教育機関としての機能を果たしていたそうです。訪れた時は山門が工事中でしたが、境内には入れました。本堂をはじめ三重塔もあり、かなり立派なものでした。






ほどなくして行く手に見えてみたのは、浦和最大の難所(?)である『焼米坂』。自転車で登り切るには少々きつい勾配です。当時、この坂には焼米を売る店が多かったのが名の由来だそうですが、正式には『浦和坂』というそうです。歩道橋の下には、坂の名を示す碑がありました。













































































最初に、日本橋が架かる日本橋川のご紹介。上空には、ご存じ首都高が。この景観破壊の代表例は、現在さまざまな改善案が検討されています。その抜本的改善策例として引き合いに出されるのが、








































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