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2010年7月の3件の投稿

2010/07/13

「日常」に戻ろう・・・J再開に向けて

2010W杯南アフリカ大会は、スペインの初優勝で幕を閉じました。
今大会も、さまざまな話題の豊富な大会でした。前回優勝・準優勝国のイタリア・フランスの一次リーグ敗退、日本の決勝トーナメント進出、一次リーグの好調さとは裏腹にひとたびボタンを掛け違えると一気に崩れるメンタル面の脆さを露呈した南米勢、伝統の「無骨さ」から脱皮しかつてのオランダを彷彿とさせるようなドイツの戦いぶり、逆にかつてのドイツにも似た「ガチ戦術」のオランダ、流麗なパスワークでポゼッションを優位に保ちながらも「最後が決まらないところにどこか親近感のある」(笑)スペイン・・・予想に順当な結果あり、望外の結果あり、とさまざまでしたが、その中でも今大会一番のサプライズは、

全勝したのは、タコ。

優勝したスペインさえ為し得なかった偉業でした(笑)。

さて、その決勝戦。
7/12(月)未明キックオフの試合だったわけですが、、、
あろうことか1日勘違いしてしまい(7/12(火)と思いこんだドジをやらかす始末)、リアルタイムで観戦できませんでした ((((;゚Д゚)))
12日朝、目覚めてTVを点けた瞬間、ワタシの勘違いに付き合わされたダンナとふたり、ボーゼンと凹んでしまいましたorz...
(夜、再放送を観て少し気を取り直しました、とほほ)

「サッカー好き」ならば、あり得ないほどのマヌケなお話。
翌日の予定に支障が出ないよう録画して就寝していたのならまだしも、ハナから日時を間違うとは・・・(つд`)
寝不足してまで数々の試合を観戦していたのに、ファイナルを見逃すなんて、これまでの努力が一発で吹き飛ばされたかのような気分でした・・・
が、しかし。
そんな自分のマヌケ具合に、どこか妙に納得している気持ちが心の片隅にありました。

ひょっとして、ワタシは『サッカー』が好きと言うよりも、『浦和レッズ』そのもののほうが好きで、その影響からサッカー、そしてサッカーを取り巻く世界が好きなのではないか、と。
その証拠に、レッズの試合日を忘れたり、間違えたことは一度もありません。
これからも、そうありたいと希望していますが(笑)。

『浦和レッズ』が生活の一部であること、そして自身が戦う「当事者」であること。
これが、代表戦や海外サッカーを観戦する場合のスタンスと決定的に違います。もちろん代表戦や海外サッカーへの傾倒率が高い方もいらっしゃいますしその価値観を否定するつもりもありませんが、ワタシの場合は、贔屓のクラブチームと現実を共有・追求することに大いなる喜びを感じています。

W杯を「夢の舞台」と喩えるなら、各国リーグ戦は、「日常の現実」。
夢は見続けると夢ではなくなります。
日々の現実を地道に過ごしてこそ、「夢」の世界は広がります。
地に足つけて、日常に戻りたいと思います。
今週、2010年Jリーグは再開します。
それでは、スタジアムでお会いいたしましょう。

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2010/07/06

東海道とぼとぼ旅@まずは口上

昨年10月に完全踏破した、中山道の旅。
あれから、早9ヶ月が経ちました・・・

これと言って、満を持してはおりませんが(笑)、ついに、、、ついに新たなる旅を始めることにしました。

20100703tokaido1

2年半ぶりに拝む、日本道路元標(複製)。

20100703tokaido2

次の目的地まで、503㎞。
どうやら前回と同じ目的地のようですが、距離が若干短い模様。。。

20100703tokaido3

日本道路交通の起点・東京日本橋を、今回は南へと旅します。

20100703tokaido4

日本を代表する銀座の街並みを、買い物もせずひたすらとぼとぼ歩き・・・

20100703tokaido5

2010年7月3日。またも、長い、、、長い旅が、始まりました。

全国十数名の弊サイト道中記読者の皆さま、お待たせいたしました!
中山道の道中記もろくにUPしないうちに、東海道の旅を始めてしまいました(笑)
前回の旅よろしく、またまた気が向いた時の速報程度のご報告エントリになるかとは存じますが、何卒生温かい目で見守っていただければ幸甚に存じます。

なんと偶然にも(嘘)、これからは西国アウェイが続きます。
少しでも目的のスタジアムに自力で近づけるよう、黙々と歩き通したいと思います。
さてさて、何日かかることやら、、、(^^;

それでは皆さま、乞うご期待!

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2010/07/01

2010岡田ジャパンに関する一妄想

ずいぶんと放置してしまい、失礼いたしました(^^;
7月になりJ再開も近づいたということで、軽いウォームアップのつもりでエントリいたします。

2010W杯南ア大会の、日本代表の戦いは終わりました。
戦前、勝てないだの形が見えないだの信念が無いだのと、さんざん酷評されてきた岡田ジャパンではありましたが、パスワークとボールポゼッションを目指したこれまでの攻撃的スタイルを本番直前でぶん投げて、現実と実利を見据えた「守備重視」スタイルへと方針を大転換。これが奏功して、このたびのベスト16進出とパラグアイ戦での惜敗という結果をもたらしました。
正直なところ、これは岡田監督の「大いなる賭け」だったかと思いますが、腹を括った指揮官の並々ならぬ覚悟のほどと、その決断に対し、選手たちは充分すぎるほど監督の期待に応え、また選手たちは自身のプライドを賭け全身全霊を傾けて戦ったことがこの結果へとつながったことは、皆さまご周知のとおりです。
ひたむきに戦う選手たちの姿には本当に胸を打たれました。結果はPK敗戦という悔しい結果となりましたが、選手たちの健闘は盛大な拍手をもって讃えたいと思っています。
また、「批判してくれた人達も大切な存在」とコメントした本田。この若者の真摯な言葉に心の底から敬意を表します。

正直、ここまで躍進するとは思ってもいなかったワタシとしても、「岡ちゃん、すまんかった!」と詫びのひとつも入れねばならぬところですが(苦笑)、このような大変遷を本番直前でやり遂げなければならなかったことについては未だに釈然とせず、、、あの土壇場で戦術転換を図ったことは、それまでの長い間の強化期間をいわゆる「ちゃぶ台返し」的に捨てた行為であり、責任ある立場の人間としては客観的に正しいとは思えませんが、この「ちゃぶ台返し」が無ければ、この結果を導くことは難しかったとも言えるわけで、、、
この顛末には、積み上げてきたものを台無しにしてでも(実際には、蓄積された技術はだいぶ活かされてましたが)変えたかった「信念」の存在を感じます。あのタイミングが限界ギリギリであったこと、そしてこの事態を迎えるにあたり、岡田監督の内心沸々たる想いが長い間くすぶり続けていたことが想像できるわけです。

この“大転換”の分岐点はいったい何だったのか。しかもあのタイミングで。
「負けが続いたから」とか「批判が多かったから」「最後まで迷っていたから」「流れを変えたかった」などという単純な理由からでは無いような気がしたのです。

この理由について、自分なりに「妄想」してみました。

あくまでもお断りいたしますが、以下は「個人的妄想」です。
ワタシは一介の主婦であり、マスコミ諸氏のような特定の情報源も持たないし取材もできない立場であることをご理解のうえ、自分への備忘録的にチラシの裏書きをさせてただきます。

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■阿部の代表選出

この人選に、守備的戦術への転換への「伏線」を感じられます。
浦和で今季本職のボランチに復帰したことからそのパフォーマンスが劇的に向上した阿部。当然それを見逃す代表スタッフではないわけですが、代表に呼んでも呼んでもほとんど起用されることはなく、浦和サポからは毎度岡田非難が噴出する始末(笑)。
しかしそれでも阿部を手放さなかったところに、守備的戦術を選択する可能性を匂わせていたことがうかがえます。あれだけ決定力不足を嘆かれている状態で、日本人として最も実践で得点を挙げている渡邉千真や前田遼一をチョイスしなかったことからも、単に自分の戦術に合わないという理由だけでなく、監督の脳内における「守備的」なスタイルへのシフトの比重が高かったことの表れではないかと推測できそうです。
結果論ですが、日本の守備が破綻することはほとんどありませんでした。前述FW2名の不選出の是非はともかく、阿部の選出&起用は成功したと言えます。

■韓国戦後の「進退伺い」もどき発言

 「このまま、私が続けてもいいんですか?」
おそらく、この時の協会会長の「やれ」の返答で、岡田監督の心的スイッチが入ったように思えます。
「『やれ』ということは、私(=岡田監督)の思い通りにして良いということであり、かつ会長はその責を負う覚悟がある」という額面どおりの意味として受け取って不思議はないと思います。
さてここで、、、「私の思い通り」が何だったのか?
「何者の干渉も受けない」「現実的で結果を残せる戦術」を執りたい、ということだったのでは?と、私は妄想します。
前者については、協会、スポンサー、マスコミ、利害のある各種団体等、様々な要素が思いつくわけですが、要するに、自分の戦術とは関係ないいわゆる「外圧」の排除を指し、少なからずこれらの影響を受けながら進めてきたチーム運営を一旦白紙にしたいとの思いがあったと推察します。
「W杯後はサッカーから離れて農業でもやりたい」とまるで世捨て人のように語ったその言葉の裏には、これらの“外圧”との軋轢に心底辟易した、という心情があったのではないでしょうか。
後者については、端的に、岡田武史という人物の、監督としての信念と誇りと意地からかと。

■スイスキャンプでの「方針転換」

本田を1トップとし、松井と大久保を2列目配置。中村俊を先発から外し阿部をアンカー起用。攻撃の枚数を減らし、前線から中盤底まで守備意識を高めた布陣。世界と渡り合うために、日本人の体格的ハンディをカバーすべく、「走力」を要求したメンバー構成。華麗な個人技ではなく現実に即した組織力を全面に打ち出した戦術-----。
 
スイスという国、外圧からの雑音を排除したシチュエーションは、98年の「外れるのは○○」発言を想起させますが(苦笑)、今回は代表選出を終えた条件下での決断でしたので、現有戦力でどう戦術転換を図るか、監督の肚の内で悶々と練られていたのでしょう。
そこで活きてきたのが、「阿部」という選択肢。対人守備に強い阿部は、守備的戦術の要となることは必定。さらに正確なキックと反応の良い川島をGK起用し、CBは空中戦に強い中沢&闘莉王を配することで、中央部に強固な「軸」を形成。SBの駒野&長友は言うに及ばず、松井&大久保と走力がある攻撃的選手にも前線からの守備を担わせ(実際には1トップの本田も相当守備に貢献していました)、守備をベースに攻守の切り替えをスピーディにした選手構成に組み替えました。
こうなると、足下でパスを欲しがりつなぐスタイルの選手の居場所は、必然的に無くなるわけで・・・。
イングランド戦における戦術が、決して机上のものではないことが証明され、これが監督と選手の自信を深めたような気がします(その対戦相手であったイングランドは、この影響からか本番ではorz...)。

これまで順当と思われていた概念や実績に囚われず自分の思い通りにしたい、という岡田監督の覚悟を持った“本気”が実践された印象のある、スイス・ザースフェーでの一幕だったと思います。

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今となっては何もかもが結果論ですが・・・

監督の苦悩を理解し、自身の名誉に賭けて戦った選手たち。
戦術としては実際苦しかった本田の1トップを周囲がサポートして4得点を演出し、背が低いと揶揄した国もあった日本SBの2人は相手のエースを封じ、川島のスーパーセーブは4試合でわずか2失点(うち1点はPKこぼれ球)に抑え・・・とにもかくにも選手たちが適材適所で最大限の力を発揮し、加えて仲間同士助け合う団結力で困難な状況を乗り切り、それが好成績に結びついたことは間違いありません。フランス代表の崩壊ぶりが、その真逆の事例として証明してくれています。

過去のW杯(特に前回2006年大会)では、誰彼と「戦犯捜し」があった記憶がありますが、今大会においては、その雰囲気を感じることはありません。
ひたむきに、チーム一丸全力で戦った選手たちには、その健闘を讃えることこそ相応しいでしょう。

時折、“表向き”には感情的(ヒステリック?)な応対を見せるものの(笑)、最後まで選手の心が離れることがなかった岡田監督の手腕と強烈なリーダーシップにはあらためて敬服します。

日本代表は、今夜帰国します。
彼らの健闘を、心から讃えたいと思います。

おまけ:
こんなことを書くとお叱りを受けそうですが・・・
いまだに、長谷部がキャプテンマークを巻いていたことが意外でなりません(笑)
しかし、パラグアイ戦後に「Jリーグにたくさん足を運んでください」と言ったときには、キャプテンらしい優等生発言をするようになったなぁ、と関心してしまいました。
さすが、浦和で鍛えられただけのことはあります(´∀`)

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