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2009年12月の2件の投稿

2009/12/22

『ら』の季節@浦和2009オフシーズン

2009シーズンも終わり、『ら』の動向も活発化して参りました。
この一週間だけでも、新たに入団する選手の名、契約延長の合意に至った選手の名を数多く聞くいっぽう、あれやこれやと情報が錯綜化している選手もいる状況となっています。
時間の経過によって報道される内容に変化が生じる現象は当然のこととして、新聞社や執筆記者によって論調にも変化が生じます。
入団する選手については記事の内容に大差はないのですが、去っていく選手については、話にあれこれ尾ひれやら枝葉がくっついてくるから面白いものです、しかも各社各様に(^^;。

新たに入団してくれる柏木や宇賀神については、すでに公式発表された確定情報です。
(コンビネーションの成熟度が高い広島の10番が、未だ戦術の定まらない浦和によくぞ来てくれたものです。今オフ最大の驚きと感謝です。)

他球団に移籍(すると思われる)選手については、、、
正直、ワタシにもわからない情報もあります。
最近物忘れが多いので、以下チラシの裏のメモ書き的に、現時点までの情報を書き留めておくことにします。

まずは、阿部の場合。

 『独名門ドルトムント、浦和・阿部獲りへ!』(サンスポ:2009.12.17)

浦和入団の動機が「浦和から世界へ」でしたので、サポとしては残念で寂しい話ではありますが、来るべき時が来た、という思いで受け止めるしかありません。
しかし、これも真偽のほどは、、、これ以降、新たな情報は発信されていない模様です(当社調べ)。

つぎに、ロビー。

 『ポンテ契約延長…浦和』(報知:2009.12.8)→リンク切れたので、こちら
 『浦和ポンテ退団へ、若手台頭で戦力外に』(日刊:2009.12.20)

ど、、、どっち? (゜Д゜)ポカ~ン
正しい情報をご存じの方は、情報をお寄せください。

そして、闘莉王。

浦和を退団したことは皆様周知の事実です。
退団する前後から、カタール、UAE、オランダ、名古屋が移籍先候補として情報が流れていましたが、現時点(間もなく決定か?)で名古屋移籍が確実視されています。
海外への思い断ち切れず、という退団であれば、相馬のように単身欧州でも南米にでも自分を売り込みに行くくらいの気概があっても良さそうでしたが、現実はどうやらそうではなかった模様。

 「浦和レッズを愛しているし、その気持ちはチームを離れても変わることはない。サポーターには心の底から感謝している。でも、自分のサッカー人生も大事にしたい。」(日刊:2009.11.13

時間が経過すると、次のような彼の心境が報じられるようになります。

 「残留してほしいという感じはしなかった。選手を大切にしている感じもしなかった」(スポニチ:2009.12.4

 「レッズに育ててもらって感謝の気持ちでいっぱい。チームを出るのは非常に悔しい。レッズにはサポーターも含めてパワーをもらえた。またいつかレッズでプレーできるように実力を磨いていきたい」(報知:2009.12.14

この間、名古屋との直接交渉が行われています。
W杯イヤーの来季を考慮して名古屋移籍を選択した、とのことのようです。

そして、今日。

 『闘莉王、名古屋入り決定!22日発表』(報知:2009.12.22)

このエントリを書いている時点では、まだ名古屋サイドの公式発表はなされていない模様ですが、どうやら時間の問題となりそうです。
前述のスポニチ:2009.12.4の記事にもありましたが、

 「どんな形でもいいから勝てばいいという自分の考えを伝えた」

この意思表示だけでも、闘莉王がクラブに引き留められなかった理由がわかります。
すなわち、クラブが闘莉王を引き留めなかった理由がわかります。
「自分のサッカー人生も大事にしたい」という本人の言葉に多少のシンパシーも感じつつ仕方のないことと受け止め、てっきり海外挑戦かと思っていたワタシにとっては、ピクシーの「一緒に戦おう」の一言に揺れた闘莉王に、少々心の軽さを覚えてしまった、というのが正直なところですが、、、もうすでに退団してしまった選手のことですので、これ以上の言及は控えたいと思います。

「浦和レッズは、改めて、闘莉王のこれまでの功績に心から感謝すると共に、今後の健闘を祈念しています。」(浦和オヒサル

この言葉を、ワタシからも闘莉王に贈りたいと思います。やや棒読みながら・・・

他選手の移籍情報などについて、思ったこと感じたことなどがありましたら、以下チラシの裏コメント欄に情報をお寄せくだされば幸いです。

 

【12/24追記】
このエントリの日の夜、忘年会でしたのでUPが遅れました・・・(^^;
以下、その後の追加情報。

 『J1浦和の闘莉王、名古屋へ移籍 代理人からGMに連絡』(中日スポーツ:2009.12.22)

 『近藤徹志、ファジアーノ岡山に完全移籍 』(浦和オヒサル:2009.12.22)

闘莉王の移籍合意は、やはり時間の問題だったようですね。
近藤の移籍は、、、残念としか言いようがありません。あのナビスコでのわずかな出場時間で負傷したことが、この結果につながってしまったとは。愛媛在籍時の天皇杯で浦和を完封してくれた力を是非発揮して欲しかったのですが。
岡山での活躍を期待して止みません。
しかし、どうなる来年のCB・・・。

で、一夜明けると、今度はこの話題ですか。

 『高原、浦和とこう着状態宙ぶらりん』(日刊:2009.12.23)

コミュニケーション不足での、つまらない悶着だけは避けて欲しいものです。

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2009/12/09

09【HOME】第34節@鹿島戦

氷雨に打ち据えられ、全身ずぶ濡れになりながら、対戦相手の歓喜の胴上げを見届けた今季の最終節。
しかしこれは、この日だけの結果が招いたことではなく、この一年間の積み重ねの結果であることは、誰もがわかっていること。いや、誰もがわかっていなけれなならない。

091205kashima1 「この一年間の積み重ね。」
今季の浦和が、この一年間で積み重ねてきたもの。
それを見届けるための最終節でもあった。

端的に言えば、昨年の最終節からの変化は感じ取れた。「○○頼みのサッカー」からの脱却は図れていた。全員攻撃・全員守備091205kashima2の意識が高く、昨季に比べれば運動量もあった。特に前半の中盤部のプレスも強く、立ち上がりから動きにやや硬さのある鹿島の選手をよく抑えていた。集中してよく動き、中盤のスペースを絞り、今季最後の試合という気概を満ちあふれさせながら、積極果敢な「浦和のサッカー」を展開していた。
サイドに目を転じれば、ダブル山田と達也のコンビネーションで、鹿島左サイドを炎上化させることに成功、執拗に攻めて得点の機会を窺っていた。

しかし。
091205kashima3評価の基準を、昨季最終節ではなく今季スタート時に設定変更して見てみると、改善は見られるもののその変化は前者の差ほどもなく、その差の少なさを補完するかのように、課題は膨らむほどに表れていた。
前半の途中までは、どちらかといえば浦和のほうが攻勢であった。運動量も豊富で中盤の攻防も良くコントロールしていた。チャンスの数も多かった。
091205kashima5だが、、、チャンスを確実にものにする術がなければ、100のチャンスも相手のたったひとつのゴールに沈むものである(実際、そんな結果となってしまったが)。フィニッシュもさることながら、そこへ繋がるプレーの精度も低い。サイドからのクロスは頻繁に見られたが、どうも攻撃としては一本調子に陥りがち。しかし時折見られるコンビネーションプレーやパス連動は、開幕当091205kashima6初に比べると多少の進歩と安定感を感じることができた。だが、攻撃の型にこだわるあまり、手数を掛けすぎるきらいがある。これは開幕当初と比べて停滞した部分だろう。極端な場合、鹿島の攻撃の数倍の手数がかかっていることも。ポゼッションは高まっても、 なかなかゴールには辿り着けず、肝心のシュートに至る前にボールロストを招いてしまう。形にこだわるうちにパスコースを消され、不用意なバックパスで逃げようとすれば、おのずと窮地が訪れる(平川のバックパスで一瞬背筋が凍り付きそうになったことも・・・)。
何のためのパスサッカーなのか、何のためのコンビネーションなのか・・・パスやコンビネーション自体が目的化する傾向はシーズン途中にも表れていたが、ついにそれを進化させることができなかったようだ。
それを打開するひとつの方策としては、豊富な運動量による前への推進力増加とスペースを突く素早さなのだが、、、ここに09年浦和の弱点はあった。

前半の終わりごろから、鹿島は焦りを見せながらも、浦和のボール保持者に対して猛然とプレスとチャージをかけてきた。浦和の選手1人に対し、最低2人は寄せてくる鹿島。守備時だけでなく、攻撃時にも素早く切り替えて、狭い局面でも数的優位をつくって いた。常に味方を孤立させず、あらゆる形でサポート体制を即座に整えるあたりには、彼らの老獪さを感じさせられた。前半40分から42分までのたった2~3分間の鹿島のシュート数が5本。ゴールマウスも山岸を援護するかのようによく防いでくれたが、前半終了までの数分間に、鹿島の執念を感じさせられた。

091205kashima7少々押し込まれる形で終わった前半の鹿島の勢いが、後半の浦和に多少の影響をもたらしたのかどうか。。。
勇気を持って保ったコンパクトな中盤が、糸がほつれるように少しずつ緩みだした。浦和の選手の足が、時間の経過とともに鈍くなってきた。それでも浦和はよく耐えて、自分たちのスタイルを貫きながら、真っ向から鹿島との勝負に挑んでいた。
091205kashima4けれど、その糸のほつれを見逃す鹿島ではなかった。後半21分、カウンター一発。これが決勝点となる。内田からのクロスを待っていたかのようにスイッチを入れた興梠に突き刺される。カウンター被弾・・・ここにも09年浦和の弱点があった。
また、マルキーニョスもこの得点劇に絡むべくサポートに走り込んでいた。対応していたのは坪井ひとり。闘莉王はどこにいたのだろう。数的優位を常に形成するチームと、数的不利に陥りやすいチームとの差。ここにも09年浦和の弱点が。

先制点を奪われて、戦況は鹿島のゲームプランに沿った筋書きに。巧みに時間を消費することなど、誰もが思いつくことではあっても、それが実に巧妙。タイトな守備網を緩ませることもなく、浦和のチャンスの目を早期に摘む。『老獪』という言葉はこの状況を指すに相応しいものだと思い知らされる。
すっかり筋書きを乗っ取られた浦和は、選手交代で戦況打開を図ろうとした。しかし、直輝を下げたことで浦和の運動量は低下し、元気を下げたことでパスの手数がさらに増えた。形だけは押し込んでいるものの、ダイナミズムを失った浦和からは、得点の気配をついに感じ取ることができなかった。
しかし、私はサポーターである以上、勝利を信じる心は最後まで捨てることはできなかった。磐田戦然り、最後の笛の音を聞くまでは、何が起こるかわからないから。
だからこそ選手には、ゴールが見えた時もっとシュートを撃って欲しかった。撃たなければ何も起こらないのだから。その思いを届けたかった。ひたすら跳ねて、声を出した。最後まで。
0-1のスコアが物語るもの。
かつてCWCでACミランと対戦した時のような途方もなく計り知れない「差」ではないものの、どこかその思いに似た「差」を痛感させられた。ほんのちょっとの大きな「差」を。

2009年の浦和のシーズンは、すべて終了した。
水を打ったような静けさの北ゴール裏。体からも心からも温もりを奪う冷たい雨に全身濡れながら、鹿島の胴上げを見届けた。見たくない者は三々五々にスタンドを去っていった。しかし、見たくないシーンでも、見なければならない時がある。対戦相手が王者となったらなおのこと。それが敗者の義務である。
拳を握りしめ震えながら見つめる鹿島の表彰式。寒さがひとしお身に滲みた。

091205kashima8ホーム最終節恒例の選手・スタッフ周回の前に、社長の挨拶があった。社長がピッチに現れたと同時に、「待ってました」とばかりに罵声とブーイングを浴びせかける者多数。毎度書かせてもらっているが、よくぞそんな元気が残っているものだな、と。普段の生活の不満を吐き出すかのように、いい大人が社長に「死ね」などと叫ぶ。非難されるべきはどちらなのだろう。来季の北ゴール裏が思い遣られる。

その間、ピッチ上の闘莉王は正面を向かず、そんな北ゴール裏をじっと見据えていた。この時の彼の心境をどう察すれば良いのか、私には今もわからない。

091205kashima9やがて選手がピッチを周回し各方面に挨拶。選手への激励の言葉や拍手が起こるものの、何とも形容し難い寂しさがスタジアムを包んでいた。それはシーズンの結果に対する反応としてだけではなく、サポートするわれらを含めた、今季の浦和レッズ全体の一体感の欠如をも醸し出しているかのようだった。

このままで良いはずがないことは、誰もがわかっている。
変革を必要としていることは誰もが気付いている。
ただし、変革と、確固たる『土台』の構築が必要なのは、ピッチの上だけではない。

 

追伸:
試合後の浦和の街で、思いがけなく多くのブロガー様・サポーターの皆様との交流が図れましたこと、嬉しい限りでした。その節はありがとうございました。
実像(=ずぶ濡れ酔っ払いの中年婦人)を観察されて、さらに印象が悪化された方が多数発生されたことと心中お察し申し上げます(^^;
こんな管理人のぼやきサイトではございますが、今後ともお目通しくだされば幸いに存じます。

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