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2009/01/28

中山道中膝栗毛@上尾宿~熊谷宿

この宿間を歩いてからもう1年が過ぎようとしています。
同じ季節が来て、「あっ!」と昨年を思い出した次第です(大汗;
せっかく歩いたのですから、亀の歩みの筆の遅さでも記録を残しておきたいと思います。
1年が経過して古いネタとなりましたが、前回(『与野~大宮宿~上尾宿』編)のつづきを書き記したいと思います。
このたびは行程30㎞近く、初めての長道中です。

【5宿目:上尾宿(あげおじゅく) 埼玉県上尾市 2008年2月2日 AM8:50ごろ 出発】
■天気(熊谷):薄曇
 最高気温:6.8℃ 平均風速:1.9m/s080202ageo1

前回の道中の終点だった、JR上尾駅前の県道164号線、まるひろ百貨店前の交差点からスタート。駅から桶川方面には、かつての宿場風情らしきものはほとんど残されておらず、時折思い出したように現れる“中山道”の道標と案内板だけが、かろうじてこの道の意味を示してくれていました。駅前の商店街のはずれにさしかかったところでは、延享年間 (1740年代)に建立された庚申塔に遭遇。郵便ポストと並立されている様子に隔世の感が漂います。
080202ageo2変化のない道をぶらぶらと上尾駅から小一時間も歩かないうちに桶川市の市境を通過。距離にして4㎞足らずですから、まぁそんなもんです。昔で言えば34丁(3.67㎞)だったそうですが、これは中山道では塩名田宿~八幡宿(27丁:2.91㎞)、板鼻宿~安中宿(30丁:3.24㎞)、洗馬宿~本山宿(30丁:3.24㎞)、八幡宿~望月宿(32丁:3.45㎞)につづき、5番目に短い宿間距離なのだとか。

【6宿目:桶川宿(おけがわじゅく) 埼玉県桶川市 2008年2月2日 PM9:45ごろ 訪】
■本陣1、脇本陣2、旅籠36軒(天保14年記録より)

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『立花町』バス停の木戸跡を過ぎてほどなく、往時を彷彿とさせる『武村旅館』に出会いました。日本橋からの道中で初めて出会った宿場関係の保存建物です。案内板を読むと、幕末の和宮降嫁の時代には、紙屋半次郎という人物が旅籠を営んでいたとのことで、当時のままの間取りが今も残されている貴重な建物です。
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080202okegawa4 JR桶川駅を過ぎたところにも、古い建物がいくつか残されており、本陣跡(右写真)の門構えなどにも雰囲気が守られていました。ここは和宮の宿泊所にもなったところですが、現在敷地には明治天皇の行在所跡の石碑が建てられ、奥には以前の建物はなく一般住宅となっていました。
あまり知られていませんが、桶川宿には穀物問屋が多くあったそうで、さらには『桶川臙脂(えんじ)』と呼ばれる紅花栽培も盛んであったことから、上尾宿に近いながらも賑わいのある宿場だったそうです。その縁で、現在紅花は桶川市の花に制定されており、かつて宿場に繁栄をもたらしてくれた花の歴史を現代に伝えてくれています。
なお、中山道をはさんで本陣の向かい側には、休憩所を兼ねた観光案内所がありますので、お時間のある方は立ち寄られてみてはいかがでしょう。

080202kitamoto1 桶川宿を過ぎるとすぐに北本に入ります。
このあたり、宅地の区画の広大さに驚かされます。田舎と言って片付けるには広すぎて、そしてお屋敷のような立派な家構えが目を引きます。長年の風雪に耐えた巨大な防風林も多くみかけられ、この土地の裕福さが伝わってくるようです。
県道164号線を北本駅方面に進むと、『本宿』交差点に、“北本の 080202kitamoto2歴史”という案内板がありました。江戸時代初期はこの地が『本鴻巣村』という宿場であったこと、中山道の整備が進むと現在の鴻巣の地に宿場が移され、ここは“立場”(人馬の中継・休憩地点)のみとなったこと、その後この地が『本宿』と呼ばれるようになったことが『北本』の名の由来となったこと、などが書かれており、その傍らには“中山道北本宿”の碑が建っていました。現在の鴻巣宿への移転説は定かではありませんが、家康公の鷹狩り御殿が現在の鴻巣にあったためではないかとの説が有力視されています。080202kounosu1

30分ほど歩くと、鴻巣市に入ります。
ほどなく、『人形町』の地名が目に入り、街道沿いには多くの人形店が軒を連ねています。
鴻巣は、岩槻とならび人形工芸でその名を全国に知られています。その由来は、京都伏見の人形師が住み着いたという説と、日光東照宮修繕の折に人形師が多く住み着いたという説があるようです。

【7宿目:鴻巣宿(こうのすじゅく) 埼玉県鴻巣市 2008年2月2日 PM0:00ごろ 訪】
■本陣1、脇本陣1、旅籠58軒(天保14年記録より)

080202kounosu3記録にある旅籠の数の多さに驚かされますが、鴻巣と熊谷の宿間が四里六丁(約16㎞)と長かったため宿泊する旅人が多く、旅籠が栄えたようです。県道164号線沿いには、その名残か古い建物が点在していました。
『鴻巣駅入口』交差点の近くに本陣跡(右写真)があり、碑が建っています。この交差点付近が、鴻巣宿で一番賑わっていたとのこと。

『駅入口』交差点を渡ってほどなく、老舗の漬物屋『つけしん』 さんの店の前を通ったところ、驚きました。店内には、確かに漬物が並べられているのですが、とても漬物には似つかわしくないショーケースが一緒にあったので、思わず足を止めたのです。

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その正体は・・・
以前、こちらのエントリ で話題になった『こうのすコロッケ』が、ここで製造・販売されていたのです。こんな巡り合わせを逃す手はないと、迷わず店内に。ショーケース内のコロッケはほぼ売り尽くされていたため、「こうのすコロッケ」と「すまいるメンチ」を各1個ずつ注文し、揚げあがるのを待ってアツアツを買い込み、近所の鴻神社に滑り込むように行き、いざ実食。
もうこれは・・・何とも滋味深く・・・説明できないので食べてみてください(ノ;д`)
また買いに行こうかと途中まで後戻りしたほどの美味しさでした。道中旅をしていなければ、きっと追加を買いに行ったことでしょう。
以前、このコロッケを扱っていた肉屋さんが都合により閉店したのですが、その味を惜しむ声が多かったため、『つけしん』さんがレシピと製法を引き継いだとのこと。すべて地元で仕入れた食材を使用した自信作だけのことはありました。後日、買い求めに行ったことは、言うまでもありません。

080202kounosu5 さて、コロッケ&メンチに後ろ髪を引かれる思いで(ノ;д`)、歩を進めます。
宿はずれの木戸があったという『加美』交差点で、長く付き合ってきた県道164号線に別れを告げ、Y字の分岐を左手方向に、県道365号線を吹上方面へと向かいます。
実は、ここから熊谷堤を抜け熊谷宿へと至る十数㎞の行程が、今回の難関だったのです。

080202kounosu6 多くの庚申塔などの石仏が、かつての街道筋の面影を見せてくれますが、途中、箕田(みだ)源氏(武蔵武士の元祖)のルーツとされる源宛(みなもとのあつる)や、その子孫で羅生門の鬼退治伝説のある渡辺綱(わたなべのつな)が祀られた氷川八幡神社があった他はこれと言った見所もなく、黙々と歩く修行が続きます。

080202kounosu7 箕田追分。右手は行田と忍(おし)方面、左は日光・館林方面への分岐点として往時は賑わっていたそうです。案内板には箕田源氏ゆかりの地であることや、かつての様子を表現した絵図などが掲示してありました。

粛々と吹上方面に歩むと、県道365号線は『前砂』交差点を右手に進みます。ほどなくJR吹上駅手前で高崎線を横断、中山道は踏切を渡ってすぐ、線路とNTTの間の細道を抜けていきます。その先で 久々に国道17号線に出会いました。しかしその再会も束の間、吹上駅前を通り、ほんの数百メートル進んだのちに、『吹上本町』交差点で左折、再び国道17号線に別れを告げます。
・・・・・・と、ここまでのわずか1㎞くらいの道程で、面白い道標を見かけました。

Annai_fukiage1

すべて手書き。テープやシールを貼った上から書き込まれているものはまだいいのですが、電柱に直書きしているものは、何と申し上げて良いのやら(笑)。方法論はともかく、丁寧に道案内をしてあげたいとの地元の人々の温かさが伝わってくるような、微笑ましい風景です(^^;。
080202fukiage1 道標に従って吹上市街を旧道沿いに進むと、『中山道 間(あい)の宿』の碑と案内板がありました。鴻巣宿と熊谷宿の宿間が長かったため、間の宿や立場が吹上にあったのもうなずけます。名物は足袋だったそうで、その足袋は、一大生産地であった隣の行田から運ばれて商われていたとのこと。荒川のウナギも名物だったとか。英泉が描いた『鴻巣宿』は、ここ吹上からの富士を描いたものだそうです(『岐岨街道 鴻巣 吹上冨士遠望』)
中山道は、案内板の後方にある跨線橋を渡って続いていきます。

黙々と、ひたすらに荒川方面を目指して歩く道中が続きます。
何の変哲もない道中、心を和ませてくれたのは、ここでも個性的だった“道標”たちでした。

Annai_fukiage

このあたり住宅地ということもあって、「車に注意」との注意書きから「トイレ」のご丁寧な案内まで、手作り感たっぷり(笑)。堤までの道程も説明付で図解。堤の上の標識裏まで活用する徹底ぶりに頭が下がる思いがしました。正直この道案内には助けられましたので、鴻巣市には、ぜひ道標整備予算を確保して欲しいものです。

080202fukiage2 『権八のものいひ地蔵』から堤防を登ると、荒川の水面すら見えないほど広大な河川敷が眼前に拡がります。ここ熊谷堤は殺風景で単調な景色が延々と展開しているのみなのですが、「ああ、昔はこんな風景が多かったんだ」と、不思議とこの荒涼感に往時が偲ばれる思いがしました。途中、昭和22年のカスリーン台風で堤防が決壊したことを記す碑も建立されていました。
彼岸遠くに傾く陽を眺めながら、日没が近づいてきたことを感じました。すでに時刻は午後4:30。こんなところで真っ暗になられてはたまりません。昔も今も、この堤を通るのは日中に限ります。急ぎ歩を進めます。

080202kuge1 3㎞ほど堤を歩いたところで、街道は堤防を降りて久下(くげ)の集落に。重厚な蔵造りの家並みがいくつか残っており、ここが荒川の堤から続く街道筋だったことが見て取れます。旧道は右写真の奥にある地蔵尊の脇を通っていたそうですが、今は消失しているので、道を直進し、再び堤の上に登っていきます。

堤を少し歩いて、ほどなくして堤を降りると再び集落が見えてきま080202kumagaya1 す。集落の入口には『みかりや』という茶屋の跡(右写真の角地)がありました。当時、「しがらきごぼうに久下ゆべし」ともてはやされるほど、ここの茶屋では柚餅子(ゆべし)が名物で賑わっていたそうです。また、忍藩の殿様が鷹狩りに訪れるとこの茶屋で休息したため、“御狩屋(みかりや)”の名がついたとのこと。
案内看板を読んでいる間に、夜の帳が加速して降りて来ました。歩を進めるごとに暗くなっていきます。写真を撮るのも厳しい状態に。

熊谷堤を歩く頃から、大腿部の裏側にピリピリと痛みが襲ってきていたのですが、すっかり陽が落ちた頃には、まるで肉離れでも起こしたような激しい痛みとなりました。先を急ぎたいのに大幅にペースダウン。慣れない徒歩旅に今度は足裏や足指まで痛み出す始末。薄暗闇の中、痛みに落ち込みながらうつむき加減に歩いていると、そんな私を励ますかのような看板が目に飛び込んできました。
080202kumagaya2 『元荒川 ムサシトミヨ 生息地』
トゲウオ科トミヨ属の魚で、世界でもここ元荒川にしか生息していない絶滅危惧種の生息地。いつか訪れたいと思っていたのですが、この街道筋にあったとは望外の喜びでした。案内板を読むと、埼玉県の魚に制定されたのと、県の天然記念物に指定されたのが平成3年(1991年)と遅かったのが悔やまれますが、このわずかな生息エリアが今後も末永く守られることを願って止みません。080202kumagaya3

八丁の一里塚を過ぎて、熊谷の街の灯が少しずつ近づいて来ました。JR熊谷駅構内に間近な『第六中山道踏切』を渡り、国道17号線方面へ。今回の旅のゴール、熊谷宿はまもなくです。

【8宿目:熊谷宿(くまがやじゅく) 埼玉県熊谷市 2008年2月2日 PM6:00ごろ 着】
■本陣2、脇本陣1、旅籠19軒(天保10年記録より)

080202kumagaya4 国道17号線に入ると、一気に交通量、人通り、街の灯りが増え、今までの江戸の空間からタイムスリップして現世に戻ってきた気分に(笑)。いやはや、熊谷の街は都会です。
駅前の交差点からJR熊谷駅に辿り着いたのが、ちょうど午後6:00。休憩を除いて約8時間、約30㎞の道中でした。
これだけ歩けば、いろんなものに出逢えました。特に『こうのすコロッケ』と『ムサシトミヨ』の生息地に出逢えたことは大きな収穫でした。

初めての長距離行脚に頭も体も疲れ果て、高崎線のベンチシートに埋もれるように座り込んでしまいました。あんなに苦労して歩いた距離も、電車に乗ってしまえばほんの30分程度とはまさに隔世の感、茫然。しかしそんな呆気にとられた心地も、電車の揺れがゆりかご代わりとなって遠のいて、、、いつの間にかウトウトと、でした。

■2008年2月2日(土) 上尾宿~熊谷宿全行程
 ・距離:28.0㎞ 所要時間:8時間10分(うち、1時間程度休憩)
 ・全行程ルートマップは、
こちら
  全行程マップ右の『ルート再生』ボタンを押すと、ルートを「小僧」さんが一生懸命走ってくれます。
  ご自分の体重・年齢を入力すると、同行程の消費カロリーを計算してくれます。
  お試しください。

(次回:『熊谷宿~本庄宿』編につづく)

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