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2008年11月の3件の投稿

2008/11/28

今一度、浦和をせんたく致したく申候

さて、明日はガンバ戦@万博です。
優勝の確率は低くなりましたが、でも決して「ゼロ」ではありません。2005年の最終節が記憶に新しいところですが、サッカーは最後までわからない、ということは肝に銘じておかねばなりません。

今こそ、皆が心と力を合わせてがんばらねばならない時期なのですが、、、
毎年11月下旬は契約更改の季節とも重なり、何とも複雑な思いと、要らぬ雑音飛び交う季節でもあります。
浦和もその例に漏れず・・・というか、この大事な時期に、今年は群を抜いての騒々しさを展開しています。

岡野の内舘の戦力外通告が、オヒサルで発表されました。
今季の出場機会の少なさから、ある程度の覚悟はしておりましたが、、、こうやって現実に直面すると、何とも寂しいものです。浦和のひとつの歴史の終焉。この2選手と歩んできた者としては、ひとつの時代に別れを告げることの寂しさをかみしめるとともに、新しい時代を受け入れる心の準備もしておかなくてはなりません。
しかし、まだ2試合残されています。
だから、まだ惜別もねぎらいの言葉も書きません。すべてが終わってから、あらためて。

かたや。

『エンゲルス監督解任!浦和が電撃通告』(スポニチ)

記事の内容自体は、何も驚くことはないのですが、問題は「タイミング」と「情報開示」。
「タイミング」については、遅きに失したと感じる方も多いかと思います。何故最後の2戦を残した時点で・・・と思いますが、やはりフロントが更改期限を狙ったとしか考えようがありません。つい最近、今季はゲルト続投の方針を声高らかに表明しておきながら、舌の根も乾かぬうちの都合の良いタイミングで、、、と言ったところでしょう。
(確かに、「今季最後まで続投」とはなりましたが)
「情報開示」については、またもクラブの情報管理の脆さを露呈する醜態ぶり。さらには、『ゲルトさん、浦和に残って…闘莉王がお願い』(スポニチ)と、闘莉王の言葉まで拾われている始末。
先の2選手に対しては、オヒサルで公式に契約満了を発表したことに少なからず温情を感じましたが、「今季は続投」と宣言した一方で、次期監督物色の情報をマスコミ経由で伝播させ、解任の報に至っては、本人には直接伝えたものの(サポを含めた)外部にはまたもマスコミ経由で伝播させ・・・という、外堀を既成事実で埋めていくやり方には、誠意を感じろと言うほうが難しいかと考えます。

さらには、

『信藤氏、浦和初仕事はフィンケ氏との交渉』(スポニチ)

という情報まで飛び交う状況にまで至った浦和。まだ身内の人間でもない方の記事まで「ひとり歩き」しています。広報部は一体何をしているのでしょう。
まぁ、善意に解釈すれば、来季に向けて早速手を打っている、という宣伝にはなるのでしょうが・・・

明日の大事な試合に向け、雑音が多すぎた今週。
しかしその混沌とした状況で、私が確かにわかったことは、「フロントの覚悟の無さ」です。
衝突や直接的な表現を回避して、遠回しに意志を伝えるやり方で穏便に物事を運んでいるように見えてはいましたが、結果は陰湿さに満ちた印象を与えてしまいました。覚悟の無さは厳しさの欠如を露呈し、リーダーシップを発揮できずに求心力を失ったチームは空中分解寸前まで追い込まれてしまいました。

浦和は、この惨状を契機に、今こそ変わらなければなりません。

『今一度、日本をせんたく致したく申候』とは、坂本龍馬の言葉です。
幕末、幕府が諸藩に通達した攘夷を実行すべく長州藩が外国船を打ち払いましたが、逆に米・仏艦隊に壊滅的打撃を与えられた馬関戦争がありました。その際、被弾した外国船の修理を幕府が請け負い、再び戦地に送っていたことを知った龍馬が怒り心頭。外国を打ち払えと言った当の幕府が、外国と内通して自国の長州を滅ぼさんとしていたことを受け、幕府の腐敗政治と不正な役人を一掃すべきだ、との思いが込められています。

『今一度、浦和をせんたく致したく申候』

敗戦や屈辱や退廃の中には、進歩と発展の道があると思います。
かつての弱かった浦和が、そうであったように。昨季までの輝かしい記憶がその努力の賜であったように。

進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。
日本は進歩ということを軽んじ過ぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか。俺達はその先駆けとなるのだ。
(吉田満『戦艦大和の最期』~臼淵大尉の言葉より)

どんな結果が最後に待っているかはわかりません。
しかし、私は選手たちを、浦和レッズを見捨てることはできません。
何があっても恐れず前進するのが、「浦和者の心意気」と心得ているつもりです。
今季の苦い思いを無駄にしないためにも、明日は万博に行ってきます。
真の進歩のために。
がんばりましょう。

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2008/11/27

08【HOME】第32節@清水戦

私は、“ボランチ4番”と心中するつもりはない。
そして、指揮官の奇策にも付き合うつもりもない。
開始直後のフォーメーションがひと目に理解できないばかりか、判明した時点でさらに驚かされて・・・この一年、この繰り返し。
仮に勝ち続けていたとしても、これを座興と楽しめただろうか。

勝っても、嬉しさ半減。
負けても、悔しさ半減。
こんな奇妙な心地で過ごすシーズンは、かつてない。


081123shimizu1 夜明けの薄暗闇の中、埼スタへと向かう。そんな時間でも多くの人は私と同じ方向に歩いていた。(前抽は別として)ナビスコや天皇杯決勝で国立に向かった頃以来の時間。確かに、“決戦”という意味では似たような状況ではあった。試合が終わるまでは。
初冬の冷たい空気をはねのけるように、急ぎ足で向かう。

081123shimizu3 抽選を済ませ、曇り空のもと待機列にて時を過ごしていたところ、舗装の冷たさが体温をどんどん奪っていく。札幌は例外として、今季初めて冬の到来を感じさせた待機列。しかし寂しいかな、今季残された試合数は、「3」。例年より早いオフシーズンの到来で、ベンチコート を着ることもなく今シーズンを終えるのだろうと思っていたところ、陽射しが降り注ぎ冷えた空気を暖め081123shimizu2だした。ああ、やはり今年はコートの出番はなさそうだと思った次第。
入場し、小春日和なスタンドでキックオフを待つ。しかし11月も下旬となると冬至も近く、お天道様の動きが速い。試合開始を待たずに、席は冷たい影に覆われた。

スタメン発表では、それほどの驚きは感じなかったが、いざ試合が始まった途端、私の頭は急速に混乱した。
081123shimizu8まずは、細貝の位置に驚愕。慌てて中央部に目を遣ると、闘莉王と啓太がいた。左サイドが妙に気になり、その視線を左に向けたところ・・・相馬の後方に平川!
予想だにしなかった配役に、さらに驚きに拍車をかけたのが、フォーメーション。3バックとも4バックとも覚束ない陣形に、十数分 ほど悩まされた。4バックの割にはSBの後方を狙われすぎなうえに細貝のタテへの動きが少なく、3バックの割には細貝や平川が自陣深く081123shimizu7守りにくる(結局は、平川-阿部-坪井-細貝の4バック)。達也との2トップの一角と目されたセルに至っては右サイドに「積極的に」流れていく、、、要するに、事例に囚われていた私の感性がついてゆけなかっただけのようで、柔軟な思考を持つ指揮官は慣例に縛られることなく、聞けば練習でも試さなかった形で本番に臨んだという。何という英断だろうか。。。

立ち上がりの10分程度こそ積極性を見せた浦和だったが、その後は見るも耐えかねるほどの惨状。素人の私が観てもわかるくらいに、

ボールが、つながらない。
いや、つながっていた、、、バックパスでは。

081123shimizu4 激しい相手のプレスやマークを一旦引きのばすためのバックパスなら私も理解できるが、ボール保持者はどう見てもパスの出しどころを探していた。受けてくれる味方を探していた。ボールを保持してからの次のアクションへ移る速度が、清水と比べて圧倒的に遅い。前線では、ボールを引き出そうと後方まで達也が下がって貰いに来るのだが、1トップが頻繁にそのような動きをしていては点が入る気配がしない(というか、達也の1トップが不思議なのだけど)。
その達也後進の原因を作り出していたのは、言わずもがなセントラル・ミッドフィールドの選手たち。攻撃時の組み立てができない。相馬-ロビー-セルと並べた2列目は、SBの進出における“フタ”となり、サイド攻撃は機能不全。守勢に至っては、前に3人並べた影響で、浦和の中盤は相手のパスが簡単に飛び交う“空き地”と化していた。もはや「骨抜き」な状態。加えて、ケガ持ちのうえ中東遠征の疲れのある闘莉王を、最も運動量を必要とするポジションに配した時点で、浦和の中央部は「死に体」となるのは当然。失点シーンにおいて、最後に枝村の至近距離にいた彼が身を挺することなく(できず、と言うべきか)シュートを許した。この選手配置に加え、動けないうえにパスミス続出で明らかにコンディション不良の闘莉王を最後まで起用した論理は、まさに謎と言わざるを得ない。
そのしわ寄せで場違いな配置を強いられた細貝に至っては、SBらしく右サイドを駆け上がるのではなく、一旦キープしながらパスの出しどころを探す姿が散見された。本職のボランチが行う動きそのものである。彼自身、与えられた仕事をこなしながら、何を思っただろう・・・
悶々とした、観る者にとって半ば拷問のような前半は、ようやく終わった。

081123shimizu6 後半は立ち上がりから、達也と件の2列目において、程良い距離感が掴めた模様。
清水陣内でボールがテンポ良く回り、パスを引き出す連動的な動きが増え、久々に心地よい感触が伝わってきた。波状攻撃が展開され、得点の匂いも漂った。清水右サイド深い位置まで繰り返し侵入した相馬からのクロスがファーの闘莉王にわたり、角度のない位置からのシュートが決まって同点。これでイケイケ状態になった浦和は、さらに畳み込もうと攻勢を仕掛ける。さまざまな選手の動きが活路を開き、達也がGKと1対1となったシーンが、この試合のクライマックスだった。しかし、そんな浦和逆転劇の夢想を砕いたのは、清水DF陣の「執念」だった。素早く帰陣した清水の選手は、ざっと数えて4人はいただろう。ゴールを死守せんと信じがたい反応で達也のシュートをはじき返してくれた。
事実上、この時点で浦和逆転の気配は霧散した。

ビッグチャンスを逃した浦和の攻撃には、焦りの色が垣間見えた。前掛かりになった浦和の背後を清水が突き、立て続けに数本のカウンターを食らう。負けじと浦和もボールを奪い双方“殴り合い”の様相になりかけた時、その「焦り」からなのだろうか、不用意な細貝のパスを掻っ攫われ、一気に清水陣内にボールが運ばれた。その時、左SB相馬が相手カウンターを追えず歩いていたのが見て取れた。攻撃で疲労困憊した彼にボールを追う体力は残されていなかった。無惨にも矢島に決勝点を叩き込まれたシーンをピッチ上で見届けた直後、相馬OUT→暢久IN。何とも皮肉なタイミングでの交代劇。
さらに、浦和の悲劇はこれにとどまらなかった。
唯一の光明であった達也OUT→エジミウソンIN。
その後、「誰がどこに?」とピッチの様子に目を凝らしていたら・・・
細貝がボランチに戻るのは、凡人でも理解可能な範疇なのだが、細貝のいた右SBには、何と左SBを務めていた平川をコンバート。トコロテン式な思考のままに平川の持ち場を誰が?と思って視線を遣れば、そこに暢久!新潟戦であれだけ「味噌の付いた」配置にも関わらず、なおも採用する指揮官の思考や如何に。
“とどめ”は、細貝にボランチの場を預けた闘莉王が、私の視界間近に接近。2トップの一角に変身していた。終了直前、闘莉王はハイボールを競れないほど、跳べなかった。

081123shimizu5どうしようもない寂寥感と無力感が、スタンドに押し寄せてきた。

ホイッスルが鳴り、歓喜する清水の選手たち。当然の結果を受け止めざるを得ない浦和の選手とサポーター。アウェイスタンドに『王国清水』の横断幕が掲げられた屈辱を、耐えて忍ぶしか術はなかった。

081123shimizu9 与えられたポジションに囚われるあまり、本来の動きを発揮することができない選手たちへの同情を禁じ得ない。
「闘ってはいても、サッカーにならなければしょうがない」
というロビーの言葉は、端的に今のチーム状態を表している。
浦和には、もう081123shimizu10『戦術』というものは存在しない。
選手にファイトがあっても、それだけでは勝利を得られないことを、現実は教えてくれた。
さて。
これを『悲劇』と片付けるか、それとも『契機』と捉えるか。それこそ「気持ちひとつ」である。残り2試合を消化試合としてやり過ごすことなく意義あるものにするのは、自分たちの「気持ちひとつ」にかかっている。

札幌ドームで、久々に再開した応援。あの時もそう思った。「自分たちの気持ちひとつ」だと。
ゴール裏は、あの時から腹を括っていると思う。ある決意を持って。
何だかんだあっても、結局現場に立たされた選手とサポーターが闘わねばならないことを。司令官と指令系統を無くした戦場では、最前線の兵が団結して闘い抜くしかないことを。

あと2試合、人事は尽くそう。
まだ、すべてが終わったわけではない。
より良い結果は、力を尽くした者にこそもたらされるものであるから。

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2008/11/05

08【天皇杯】4回戦@愛媛戦

081103ehime1 『鬼門』。
天皇杯緒戦会場の駒場。
何年も苦戦を強いられ、ホームとは言えもはや『鬼門』。客観的に考えれば、苦戦は駒場という場所に因るものではなく、あくまで天皇杯特有の“対戦相手”に因るところが大なのだが。しかしどうも、不思議と駒場という場所のほうに「苦戦のインパクト」がつきまとう。これも因果な赤サポの習性なのか。
しかし、勝てば上位進出の確率も高いこの『鬼門』・・・前向きに081103ehime2解釈すれば『試金石』とも言えるかも知れない。
毎年、天皇杯緒戦は、その年の大会の今後の闘いぶりを占う意味が大きいが、今年の場合は来季全体の闘いぶりまで占われる、多くの課題を抱えた試合の意味合いも持っていた。
クラブは、監督は、選手は、、、どんなパフォーマンスをわれらに披露してくれるのだろうか。

081103ehime9 業務繁忙期に入り、ダンナが帰省できなかったこの連休、単騎参戦の私は東側クルヴァの階段に陣取った。
新潟戦同様、リーダーからの応援主旨に関する説明があった。前回同様、応援はするが自粛する方針に理解を求め、東側のサポは拍手で賛同。不本意な手段ででもクラブに意思表示すべきと腹を括った反面、決して応援を放棄していないところに、選手を081103ehime3この「板挟み状態」から守りたい気持ちも表れていた。重苦しい空気が東側クルヴァを包んでいた。

多くの人々の期待と不安が渦巻く中、試合は始まった。
開始から十数分ほどは、まずまずだった。久々先発の達也が、ピッチになんとも懐かしい活力を与えてくれていた。沈滞感漂う浦和に新鮮さを与えてくれる達也の躍081103ehime8動だったが、、、根本的にチームが改善されていない限り、達也の起用はただの小手先の手段にしかならなかった。
次第に愛媛のリズムに吸収されていく浦和。相手ボールになると簡単にボールを自陣まで持ち込まれてしまう。いざ マイボールになっても連動して動く選手の動きが少ない。そればかりか個々人のプレーの精度が低く、詰め寄られると当たり負け。組織力が欠如しているだけでなく、個の力も欠如。まさに「お粗末」。啓太のパフォーマンスに関しては長らく各方面で懸念されているが、こ081103ehime5の日のプレーぶりも目を覆いたくなるほどの出来。最終ラインに吸収されすぎるためバイタルエリアが空くばかりか、ボール奪取のポイントが低く、マイボールにしても全体に引き気味の陣形では攻撃に時間がかかるのも当然で、それを補おうと細貝がひとり中盤の底で前後左右に奮迅し、負担が増加(これによる精神的ストレスが、後半退場劇の引き金になったのか)。かたや、新潟戦での奇策よりはより真っ当な配置となった左サイドの平川だったが、味方のプレーを「感じた」動き081103ehime6が少ない。飛んできたクロスに反応が遅れるばかりか、ボールを保持しては複数でサイドに追い込みを図る愛媛DFに掻っ攫われ、競っては掻っ攫われ・・・相手にお付き合いしている闘いぶりではなく、むしろ浦和自らがパワーダウンしているようにさえ思えた。

この試合の行方はどうなるのかと思案に暮れようとしていた矢先、、、何かを思い出したように、浦和の攻撃が活気づいてきた。前半の終わ081103ehime7りごろから後半途中までの間はポゼッションが改善し、シュートの機会も増えた。
が。
数だけ見たら「機会は増えた」が、その内容は、ほぼ枠内に飛んでいない状況。
さらに見る者を落胆させたのは、「味方が飛び込んで来るものと信じて」託して出した相手ゴール前へのラストパスに、反応するのは愛媛のDF。赤いユニを纏った選手の姿はそこに在らず、というシーンを連続されては、得点の匂いも漂うはずもない。しか081103ehime4もサイドからのクロス一辺倒という単調な攻撃には、正直、遠い目になった。
それでも得点の機会はあったわけで、不細工なシュートでもゴールインしていれば、少しは自信と希望を持てたのかも知れないが・・・自陣ゴール前で人数を割き中央を固める愛媛の魂のディフェンスは奏功し、パスの出しどころを失った浦和の攻撃は、次第にパス回しに専念。前を向きシュートを撃つ回数が激減。
その事態を誘引したのは、わずかな希望の星であった達也を交代で退かせた采配。90分は持たないだろうとの予測はわれらにも折り込み済みではあったが、スコアレスの展開が続いている中、あと10分でもいいから可能性のある達也のプレーをもう少し引っ張れなかったものだろうか。セルとの交代アナウンスが場内に流れた時、今まで聞いたことのないほどの大きなどよめきと唖然とした声がスタジアム中から沸き起こった。セルが悪いわけではない。チャンスを引き出す動きもあったのだが、動きの質が達也よりも良いとは言えず。「攻撃しているような」時間帯は長かったが、ボール保持者がパスの出しどころを探しているうちに愛媛守備陣に包囲され、横方向にパスやドリブルが行き交うことしきり。時間の経過とともに運動量も低下し、棒立ちの選手たちがピッチに佇んでいた。相手守備網を崩す力は今の浦和にないことを表現していた。
とにかく、ロビーのプレー精度の低さが痛かった。昨年の今頃の彼を思えば、彼のプレーでチャンスがことごとく潰えてしまう現在の光景を、誰が想像できたであろう。
後半も終盤戦になると、ヒヤリとする逆襲を受けつつも、お互い延長戦の支度に入るかのように無理をしなくなり、淡々と時を過ごしタイムアップ。

両者、点の入る気配のないまま、延長戦突入。
ここまで時間を存(ながら)えさせたのは、互いの技術の稚拙さだろう。延長戦に入り、ようやく試合が動いたが、結局PK獲得による1点のみ。あとは語るに内容乏しき試合展開。細貝の報復行為による一発退場で、浦和は守勢を余儀なくされた。フォーメーションが混乱し(あとで知りましたが、延長に入ってから4バックに変更したようで)、そこを愛媛に突かれてあわや総攻撃を浴びそうになったものの、自陣を固め、徹底的に跳ね返し、前線にロングボールを蹴り込んでは相手陣内でボールキープの時間稼ぎ・・・と虎の子の1点を守りきり、ようやく120分終了。

カップ戦は、確かに「勝てばいい」世界ではある。負けたら終わりなのだから。
だが、この「その場凌ぎ」の勝利が持つ意味は、複雑だ。
ホイッスルの鳴った瞬間、「これでいいのか?」と思ったサポは多かったと思う。「今の全力」を尽くして選手は闘ってくれたとは思えても、お世辞にも胸を熱くしてくれるプレーを見せてくれたとは言えない闘いぶり。その反論の意思表示としてのブーイングであったと私は解釈しているが、私にはそんな気も起こらず、ただ呆然とピッチの選手たちを眺めていた。
081103ehime10さらに、目を疑う光景が。
東側に挨拶に来た選手たちが、クルヴァを避けるように通過してゴールの真裏へ行こうとしたのである。「違う、違う」との仕草をしながら闘莉王が中心部に詰め寄り、それを制止しようと阿部が取り入った。それを眺めていた暢久が、ようやく選手全員を促して中心部に歩を進めさせて、軽く挨拶。しかし、その一連の顛末081103ehime11が裏目となり、さらに大音量のブーイングが選手に降り注ぐ羽目に。ただひとり、スタンドにしっかり目を向けて挨拶した阿部だけにねぎらいのコールがかけられた。メインスタンドに挨拶に向かう選手たちの背中を眺めながら、私は言葉にし難い淋しさを覚えた。

遠のくサポーターと選手の距離。
つい本音で不甲斐ない闘いぶりを叱咤しようとしたら、選手に背を向けられてしまった。クラブとサポーターの板挟みに苦しむ選手たちを守ろうとしていたのに。
お互いを責め合う現実に、心の余裕などありはしない。本音さえぶつけ合えないほど、心が通わなくなってしまったのか・・・

081103ehime12いつからか選手は監督やクラブより地位が高くなり、膨張拡大するサポーターは『一勝』の難しさを忘れて客気取りとなり、クラブは興行主義を重んずるあまり苦悶する選手やサポーターを置き去りにし・・・この三すくみの構造は、ついに互いをそれぞれ追い詰めてしまった。

ここまできたら、「歩み寄る」しか手だてはないはず。
時間はもう無いのだから。
たとえ今は反目し合う同士であっても、同じ危機に立たされた同士でもあるはず。
今は私情を捨て、互いに知恵を絞ってこの窮地を脱することに専念すべきではないだろうか。
すべてが終わりお互い命存えたなら、思う存分激論を交わせばいい。

そう思いながら、試合後、時間が経っても動こうとしないクルヴァを私は後にした。

 

追記その1:
ゴール裏を避けるように歩く選手を見て、97年最終節の駒場での挨拶で、ケッペル監督が同じようにゴール裏中心部を避けるように遠巻きに歩いたことを思い出しました。
あの頃は、サポーターがケッペルの先進性に気付いていなかったと思いますが(次の原政権は、ケッペルの遺産で98年は好成績を残しましたが、遺産を使い果たした99年の惨状は・・・言わずもがなです)。

追記その2:
「目を疑う光景」は、東側スタンドにも見られました。
試合中に菓子やカップラーメンを食べ、口を突いて出てくるのは選手をなじる野次ばかり。
他方では、担架で運ばれる味方に対して「そんなヤツ、担架から落とせ!」などと、野次の度を超えた怒号。
ゴール裏とは、選手をサポートすることに徹する場所だと私は思っていたのですが・・・私が時代遅れなのか、それとも周囲が変わってしまったのか。
応援をせず文句の多い人ほど、選手の役には立たないのだということだけは、わかったような気がします。

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