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2008/04/25

AWAYの旅 豆知識@京都・白峯神宮

さて、明日は京都戦です。
春の連休をからめ、西京極に遠征されるサポーターの方々も多いと思います。
そう、『サッカー』と『京都』と言えば・・・サッカーをはじめ球技の神様として知られている白峯神宮が有名です。
このたびの遠征でも、多くの皆様が白峯神宮へ参詣なされるのではないでしょうか。

すでにご存じの方も多いとは思いますが、遠征に先立ち、僭越ながら私が知り得た範囲での白峯神宮についての豆知識を、少しご紹介いたしましょう。

白峯神宮の御祭神は、崇徳天皇(上皇)と淳仁天皇ですが、この両柱の祭神様が『球技の神様』ではありません。
白峯神宮が『球技の神様』として祀られている由縁は、境内がもともと蹴鞠と和歌の宗家であった飛鳥井氏の屋敷だったということと、その氏神であった“精大明神”が、現在も境内の中にある『地主社』に祀られているためです。

では、なぜ、崇徳天皇と淳仁天皇が祀られているのでしょう。
詳細な解説は、専門かつ詳細に取り扱われているサイトが多々ありますので、そちらをググってご参照いただくこととして、弊サイトでは、井沢元彦『逆説の日本史2 古代怨霊編』(小学館文庫)を参考に、ごく簡単にまとめてみました。

白峯神宮の由来は意外に浅く、明治天皇が明治の御代になるのとほぼ同時に創建されたものです。
ここでまた疑問が・・・なぜ崇徳天皇と淳仁天皇を、何百年も後世の明治天皇が祀ることになったのでしょう。

まずは、崇徳天皇のお話を(詳細は、Wikipedia『崇徳天皇』の項をご参照ください)
崇徳天皇は、明治以前の日本で最も恐れられた『大魔王』だったのです。それは中世~近世の日本人の常識だったとまで言われていたほどだそうです。崇徳天皇は、その不幸な出自から、父である鳥羽天皇に疎まれ、のちの勢力争いの渦に巻き込まれ、ついに政権奪回のクーデーター・保元の乱(1156年)を起こし、失敗。讃岐国(香川県)に流されました。
流罪地で反省した崇徳天皇は写経の日々を送り、その意を伝えようとできあがった写経文を都の寺に納めたいと朝廷に申し入れたところ、朝廷側は「呪詛が込められているのでは」と疑い拒否したのです。
これに大変激怒した崇徳天皇は、「かの科(とが)を救わんとおもう莫大の行業を、しかしながら三悪逆(地獄道・餓鬼道・畜生道)に投げ込み、その力をもって、日本国の大魔縁となり、皇をもって民となし、民を皇となさん」と、自分の舌先を食いちぎり、その血で写経文の奥に呪詛の誓文を書き付け、海底に沈めた、と伝えられています。怒りのあまり相貌は夜叉とも天狗とも思えるような姿となり、讃岐国にて無念の死を遂げたそうです。
「皇をもって民となし、民を皇となさん」の思いはのちに、いわゆる言霊(ことだま)となり、その後の日本の歴史に不思議に符号するものとなります。武家である平家の台頭、源氏の鎌倉幕府開闢による武家の世の到来、幕府に反抗した後鳥羽・順徳上皇らの配流(承久の乱)、後醍醐天皇の度重なる政権奪還の失敗(元弘の変、建武の新政、南北朝など)・・・と、明治に至るまで、天皇家は家臣であるはずの武家の勢力下に甘んじることとなりました。

怨念の大魔王として恐れられた崇徳天皇ですが、讃岐国の陵墓(香川県坂出市)でその霊を慰めたところ大変な御加護を授かったそうで、室町時代に四国守護の任に就いた細川氏は、手厚くその菩提を弔ったところ四国平定に成功、以降細川氏代々の守護神として崇められたそうです。

明治天皇の父・孝明天皇は、当時の国情を鑑み、早くから崇徳天皇を畏怖し、その霊を慰め京に迎えることを常々考えていたそうなのですが、天然痘にて急死。古来疫病は怨霊の“たたり”として恐れられていたため、明治天皇は父の死を崇徳天皇の“たたり”ととらえたようです。
さらに、その当時は戊辰戦争の最中、東国は戦乱状態にあり、崇徳天皇の霊力を頼って勝利したいとの願いも強かったと考えられています。

崇徳天皇を畏れにおそれた明治天皇は、江戸を東京と改めた直後、国家の重要事態の真っ最中に、勅使を讃岐国の崇徳天皇陵に派遣したのです。勅使は、陵墓の前で、明治天皇の言葉(宣命)を読み上げたそうです。宣命の主旨は「憂憤のうちに讃岐・白峰の地で亡くなられた崇徳天皇のお悲しみはいかばかりかとお察しいたします。陛下には京にお帰りいただき、霊をお慰めすべく都の近くに清らかな新宮を建立しましたので、長年のお怒りをお鎮めいただき、どうぞ京にお帰りください。そして官軍に刃向かう者を鎮定し、天下安穏になりますようお助けください」という内容だったそうです。
このように重々に崇徳天皇の御機嫌をうかがい、その“翌日”に即位の礼を執り行い、12日後に『明治』に改元するほどの念の入れように、明治天皇の慎重さと畏敬の念が表れています。その御加護からでしょうか、途中危急存亡の国難に見舞われましたこの国でしたが、天皇家の系譜は今も受け継がれています。

つぎに淳仁天皇のお話(Wikipedia『淳仁天皇』の項をご参照ください)
崇徳天皇からさらに遡ること数百年の天平の頃、淳仁天皇は“後ろ盾”として結びつきの強かった藤原仲麻呂と孝謙上皇(女帝、のちに称徳天皇として再び天皇に)の対立の渦中に巻き込まれました。『恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱(764年)』のあと、再び復権した称徳天皇に廃帝(はいたい)され、失意のうちに配流地の淡路島にて崩御。明治になるまでの長い間、歴代天皇のひとりとして認められず、亡き後にも千年以上の不遇の時代を過ごした天皇です。
崇徳天皇と同様、無念の生涯を送った淳仁天皇を偲び、そして畏れた明治天皇は、明治6年(1873年)、淳仁天皇を白峯神宮に合祀されました。

白峯神宮の縁起にも、「当神宮は、かような歴史上御非運に会われた御二方の天皇の御神霊をお祀り申し上げております。」との記述があります。縁起には上記のような生々しい表現は努めて回避してありますが、事情としては「そういうこと」のようです。

長々と書き綴りました・・・
まとめです。
『蹴鞠の神様』として、白峯神宮をご参詣される皆様におかれましては、是非とも浦和レッズの必勝祈願をお願い申し上げます。
あわせて、崇徳・淳仁両天皇を偲んでご参詣くださり、御霊を慰め、浦和レッズの現状を鑑み、かかる不運(怪我、事故、試合内容の悪さもろもろ・・・)の事態を何卒お救いくださるよう、ご祈願のほどお願い申し上げたく、、、と思った次第です。

以上、ダンナからの情報提供を受けお送りした、今回のエントリでございました(笑)。

 

京都に向かわれる皆様、道中くれぐれもお気を付けて。
「勝ち点3」を手土産に、浦和に戻って参りましょう。
それでは、西京極で。
長文お読みいただき、誠にありがとうございました。

 

余談その1:
祇園の街の真ん中、花見小路甲部歌舞錬場の裏手に、遺髪を祀った『崇徳天皇御廟』があるそうです。近くにお越しの方は、お立ち寄りになってみてはいかがでしょう。

余談その2:
今回多くの内容を引用させていただいた、井沢元彦『逆説の日本史』によると、聖徳太子以降、“徳”の名の付いた天皇は不運な生涯を送った天皇が多い、との説があります。
つまり、現代の私たちが知る天皇の名は、いわゆる諡(おくりな。戒名)であり、鎮魂のために“徳”の字を贈られたケースが多い、と説いています。崇徳天皇、壇ノ浦で落命した安徳天皇、承久の乱(1221年)で敗れ流罪地の佐渡で崩御した順徳天皇・・・その順徳天皇以降はそのような傾向はなくなったとのことですが、その詳細についてご興味のある方は、著書をご覧くだされば、と思います。

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2008.5.1追記:
ということで、行って参りました。

霊験あらたかな、ありがたいものを発見。

080427shiramine5

さらに、お約束ですが、、、(笑)

080427shiramine6

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コメント

井沢氏の著書を読んでいる方がここにもおいででしたか。
「徳」の文字や「崇」の文字についての解釈はなかなかユニークですよね。

私は、この人の小説も結構好きで(「猿丸幻視行」など)読んでいます。

投稿: sat | 2008/04/25 22:13

たまのり夫婦も、明日朝の新幹線で京都遠征です。
今年の京都戦、3戦目にして初勝利なるか?楽しみです。(因みに、前回の京都遠征時は、2年前のリーグ戦で、平川の豪快な一発などが出て大変楽しい試合でした。)
nigoeさんの本ブログも参考に、試合翌日からの京都散策も満喫して来たいと思います。
何にしても、是非勝ち点3と山田コンビのダブルボランチなんぞが見れたら最高ですけどね!

投稿: たまのり | 2008/04/25 23:58

@satさま
す、スミマセン・・・(汗;
かねてここに書いているように、ワタシは読書が苦手でして・・・ただ、「ヤギ並みに本をむさぼる」ダンナの話の聞きかじりや受け売りをやりながら、だいぶ知識は構築されている模様(爆)
そんなワタシでも、井沢元彦さんはTVで拝見していて、リアリティのある語り口で好感を持っていますよ。ちなみにダンナはこの『逆説の・・・』シリーズは数冊持っているようです。

@たまのりさま
ワタシも午前の新幹線です。明日の道中、お互いに気をつけて参りましょう。
そうそう、2年前は平川もそうだし、相馬の「誰からも祝福されなかった」ゴール(笑)もありましたっけ。
明日も「浦和だけの」ゴールショーと行きたいですね。

投稿: nigoe | 2008/04/26 01:12

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