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2008/02/05

中山道中膝栗毛@神田明神~板橋宿

前回(日本橋~神田明神編)のつづきです。

【2008年1月26日 AM11:00ごろ 神田明神 発】

11時すぎに慌てて神田明神を発ち、中山道(本郷通り)をすたこら歩くこと数分・・・

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右手に、こんなものが見えてきました(笑)。
ちょうどこの日(1月26日)は、岡田ジャパンの初陣・チリ戦の日。この頃、ビルの中は準備と対応で大忙しだったのではないでしょうか。

そんな協会を横目に、本郷通りを北上します。

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本郷3丁目あたりから、赤煉瓦の塀が延々と続きます。ご存じ・東京大学本郷キャンパスの敷地と建物が見えてきます。何故か身の引き締まる思いで(笑)歩いていると、東大のシンボル・赤門が。

【AM11:20ごろ 東京大学 赤門前】

080126tokyou1ここは、加賀藩・前田家の上屋敷がありました。11代将軍・家斉の娘・溶(やす)姫が前田家に嫁した時にこの赤門が建てられたとのこと。国指定重要文化財。教育学部、学士会館、三四郎池、薬学部等の最寄りの出入り口になります。
さすがは観光地、赤門をバックに記念撮影する人の姿も。特に受験シーズンとあって、地方から上京してきた風の女子高生グループが、湯島天神参拝の帰りに寄ったのでしょうか、「合格祈願」のお守り代わりに携帯で写真を撮りまくっていました。東大を目指しているかどうかは不明ですが(^^;、ガンバレ受験生!

080126tokyou2東大の前から『さいたま』の文字を見ると、元気づけられました。しかし、旅はまだはじまったばかり。さいたまは遙かなり。
赤門を過ぎ、言問通り(『本郷弥生』交差点:右写真)を渡ると、弥生キャンパスの農学部正門があります。その前がT字路交差点となっていますので、中山道(国道17号)はこの交差点の酒屋の角を左曲がりに進路を取ります。当時、ここにはかつて『追分一里塚』があり、中山道最初の一里塚だったそうです。直進すれば岩槻街道(日光御成道)、左に曲がれば中山道の道標となっていたとのこと。

080126tokyou3 右写真は、農学部前の交差点を渡った中山道の入口から、農学部方面を撮ったもの(左手が岩槻方面、正面が東大農学部、右手が日本橋方面、手前方面が中山道、となります)。
なお、この写真左手角にある酒屋さんは、宝暦の頃からの創業で、当時から酒屋と両替商を営まれていたそうです。

080126komagome2ほんの少し中山道を進んだ、本郷税務署界隈。本郷通りの喧騒とはがらりと変わり、住宅と小さな商店が混在した静かな佇まいとなっています。

 

 

080126komagome1現在向丘1丁目のあるこのあたり、旧町名は『駒込東片町』と呼ばれていたそうです。前文の内容を含めた解説が、この案内板にありました(右写真。クリックで拡大します)。その最後の一文にあった川柳に、思わずうなづくワタシ。

 くたびれた 奴が見つける 一里塚

080126sengoku『八百屋お七』の墓のある円乗寺、東洋大学の前を通ると、中山道は、白山通りと合流し、巣鴨まで広々とした道路を進みます。また道路の下には都営三田線が走っており、このあたりは、ちょうど『千石』駅付近です。
ここまで歩いている間に、会社の上司やら同期やら後輩やら数人の知人宅があるのですが、今日は先を急ぐ旅、木枯らし紋次郎じゃござんせんが(笑)、孤独な旅人は、どこにも寄らずにひたすら歩きます。ご無礼容赦のほどを、、、m(_ _)m

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久々にキロポストに遭遇。まだ6㎞・・・ww。
白山通りの表情は、いわゆる都心の一般国道そのもの。幹線道路として当然交通量が多く、車優先の道路整備がなされています。街道筋の面影は微塵もありません。

【PM0:05ごろ JR巣鴨駅 通過】

神田明神からちょうど1時間で、JR巣鴨駅前通過。電車だとわからない距離感が、歩くと違う尺度で実感できます。(神田から)「意外に近い」ものだなぁ、と驚きました。
真性寺前から白山通り(国道17号)を離れ、地蔵通りに入ります。

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また来てしまった、、、_| ̄|○ orz...
デジャヴかいな。

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高岩寺(とげぬき地蔵尊)の狭い境内は、例によって参詣の人々で埋め尽くされていました。境内横の公衆トイレで休憩していると、すぐ近くにある、カレーうどんの有名店『古奈屋』本店には、ちょうど昼時とあって行列がずらり。まぁ、私的には、ここで並ばずともアトレ上野や大宮そごうの支店ですぐに食べられるし・・・といった考えですがいけませんか?(^^;

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相も変わらぬ賑わいを見せる、地蔵通り商店街。善光寺などでもそう思いましたが、ご先祖様が築いてくれた門前町の店々は、時代を超え子々孫々の代に至ってもなお“老舗”として栄える偉大な財産なのだなと感心させられます。それもひとえに、日本人の信心深さの賜物であり、この文化が日本の平和を象徴しているのでしょう。

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商店街の北端、都電荒川線・庚申塚駅近くにある『猿田彦大神』(庚申塔)。庚申塔では一般的に、神道では猿田彦神、仏教では青面金剛像を祀っています。新しい時代のものは「庚申塔」の文字のみが彫られている傾向にあるようです。庚申塔および庚申信仰について詳しくはこちら(Wikipedia)。
庚申塔は全国的に分布しているはずなのですが、割に関東には多く残されているように080126sugamo6感じられます。街道筋の道標(塔の脇に道案内が彫られていることが多い)としての機能も有していたからかも知れません。

先へ進みましょう。都電荒川線・庚申塚駅の踏切を渡ります。東京で見る路面電車の駅の風景に新鮮さを覚えます。

 

080126sugamo7と、、、ここで奇跡が!!!
踏切を渡り、地蔵通りにつづく庚申塚通りに入ったばかりの場所。向こうからチャリに乗った中学生くらいの男子数名(右写真中央)が近づいてきたのですが、何やら唄っていました。そしてすれ違いざまに、その唄の歌詞をハッキリと耳にとらえたのです。

 ♪世界に 魅せつけろ 俺たちの誇り~

 (゜∀゜)flair

ダンナと私は、驚いて思わず少年たちの方向に顔を向けました。
チャリで走り去った彼らの後ろ姿を見送りながら、ダンナと「おー!おー!」と、言葉を忘れて感動してしまいました(笑)。まさに「東京の中心で、うぃあーが唄う」。

【PM0:45ごろ JR板橋駅 通過】

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この付近に、新撰組局長・近藤勇の供養塔 がありましたが、寄らずに先を急ぎます(局長スマソ!)。
都内、特に板橋区内は、『中山道』の表記が多く、割に迷わずに歩くことができます。こうして歩いていると、自治体ごとの『中山道』の位置づけや、地域振興の要素としての力の入れ具合が目に見えてわかります。

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板橋宿の入口まで、距離を稼ぐために歩きます。
そんな道中に、“浦和”の文字が見えると、つい嬉しくなります。
細い車道が通った商店街なのですが、板橋区内では、随所に『中山道』の表記をしてくれています。

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080126itabashi4首都高・中央環状線(C2)が、行く手の上空を斜めに横切っています(すぐ近くに板橋JCTあり)。これに沿った下道は再び国道17号。しかしここで国道17号には戻らずに、来た道の延長上にある、上写真中央に延びる細い道を目指します。つまり、旧中山道は、幅広な現中山道(国道17号)に斜めに分断されている格好に。
この大きな交差点(『板橋3丁目』交差点)を渡ると、板橋宿の入口となります。

(次回、『板橋宿~蕨宿』編につづく)

■中山道:神田明神~板橋宿ルートのおさらい
(再生ボタンを押すと、ルートを辿ります。)

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コメント

庚申塔、小学3年生で郷土(埼玉県某市)の歴史を学んだときに、テキストの一番最初に載っていたように記憶しています。
宅地化が進んでいてなかなか現物を見る機会はありませんでしたが。

投稿: sat | 2008/02/05 19:14

板橋の清水町で 生まれました。
(今は なき東映の裏の長屋)
志村坂上で 育ち
(今は なき志村オリンピアの裏の長屋)
高校は庚申塚でした
(学校は あまり行きませんでしたが・・・最低限)
一里塚で 初恋の人と 交換日記
(亡くなりましたが)

次が 楽しみです。

ご夫婦 怪我なきよう 頑張れ

投稿: 酔いどれ | 2008/02/05 20:46

nigoeさま

加納宿あたりでお出迎えいたしまする m(_ _)m
ご到着のご予定などをば… (x_x) ☆\( ̄ ̄*)バシッ

投稿: なごやのじーじ | 2008/02/05 23:59

いやー、まだちょっとは知ってる場所ですが、これからは未知の世界。
続きを楽しみにしてます!
(会社でブログが読めなくなったのが残念でならん・・・。)

投稿: 豆腐小僧 | 2008/02/06 00:21

@satさま
中山道を北上していくと、だんだん庚申塔が目に飛び込んでくるように増えてきますよ。
現在、熊谷まで踏破しましたが、意外にも大宮~鴻巣間で多く見かけました。
この区間の道中記は、半分は『庚申塔レポート』になりそうな気配が(笑)。お楽しみに。

@酔いどれさま
どなたかのご出身地あるいはお住まいの地域を歩くだろうと思っていましたが、、、そうですか!酔いどれさんの地元だったのですね。
次回はまさに板橋宿や志村付近をアップする予定です。何か補足などありましたら、どうぞ遠慮無くアドバイスくださいませ。おお、次回が緊張してきた(^^;
初恋の方・・・切ないですね。私も親しい友人を数名亡くしていますが、青春の1頁を破り取られた、そんな心持ちがしています。

>>ご夫婦 怪我なきよう 頑張れ
ありがとうございます!無事に高崎(予定)まで気をつけていきたいと思います。

@なごやのじーじさま
伸二の一件で体調不良とのことでしたので、心配しておりましたが・・・お具合はいかがでしたか? 久々のコメントを頂戴し、安心いたしました。

>>加納宿あたり
あくまでも、「目標は高崎まで」の予定です。予定ですからね、予定(笑)。

@小僧さま
お元気ですか?
「ちょっとは知っている」人が住んでる場所でしょ?このあたり(笑)。
次回は、初めて歩いて戸田橋を渡りますよ。車でばかり渡っていたので、こんな機会でもなければできない経験でした。ダンナは荒川ばかり見てましたが(笑)

>>(会社でブログが読めなくなったのが残念でならん・・・。)
N氏もそう言っていました。年度末は帰宅時間が遅くなるし、大変ですね。
そんな中、いつもご覧頂き、ありがとうございますm(_ _)m

投稿: nigoe | 2008/02/06 12:28

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