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2008年1月の15件の投稿

2008/01/31

2008.1.31 人事往来雑感

前回の雑感からちょうど半月経ちましたが、このわずかな期間にも、また新たな人事往来がありました。
先週末の『KICK OFF 2008』では、新入団選手のお披露目があり、その中に三都主アレサンドロの懐かしい顔がありました。オヒサルでの公式発表は今日現在まだですが、事実上の復帰となりました。
そして昨日30日、伸二のボーフム移籍がオヒサルでようやく発表されました。Jの移籍期限が本日31日ですので、そのタイミングを見計らっての発表となったようです。

往く人来る人。
ふと、私が昔、故郷の恩師に言われたことを思い出しました------。

遠く故郷から離れて暮らしていると、年に一度、うまくいけば二度、という少ない機会でしか実家へ帰ることができません。
そんなわずかな機会ですので、たまにしか会えない子の帰省に、家族は喜びます。
帰って2~3日は、半ば“お客様待遇”で家族も歓待してくれますが、元は同じ屋根の下に暮らしていた『身内』、日が経つにつれ徐々に気分は“通常モード”へと戻っていくのが自然です。
ですが、
「たまにしか会えないのだから」
と、親は変わらず手厚くもてなしてくれます。
離れて暮らす子も、同じく、
「たまにしか帰ってこないのだから」
と、少々見栄を張り、“よい子”を演じます。親はますます喜びます。

しかし。
その間に、いつも親と生活を共にする『きょうだい』たちの心は、微妙に変化しています。
普段暮らしている自分の存在が軽視されているように感じられてしまったり、たまにしか帰って来ないのに良い子を演じて主役気取りに振る舞う『きょうだい』へ不満を感じたり、その子にばかり心を奪われている親へ不公平感を募らせたり、、、あるいは「自分も都会に出て暮らしたい」と触発される『きょうだい』もいるかも知れません。かたや、だんだん態度が硬くなっていく実家の『きょうだい』たちは互いに雰囲気が悪くなり、それが原因でだんだん本音でぶつかり合うようになり、ついには家族総動員の大ゲンカ・・・なんてよくある話です(笑)
それでも、再び別れの時が近づく頃になると、不思議と仲直りできたりするものです。

たぶん、これらの“想い”は、それぞれ自然なことでしょう。
日々の暮らしで親や他の『きょうだい』を支えている子の気持ちも、離れて暮らす子に愛情を注ぐ親の気持ちも、日頃の無沙汰を悔いて親を喜ばせようとする子の気持ちも、外の世界で冒険してみたいと夢見る子の気持ちも、当初の“よそ行き”的態度が徐々にお互い本音に戻っていくのも、、、それぞれが純粋な感情の発露なのだと。
離れて暮らす子は他の『きょうだい』へ、親は生活を共にする子どもたちへ、子どもたちは離れて暮らす『きょうだい』や再会を喜ぶ親へ・・・家族がそれぞれの立場や気持ちを「ほんのちょっと」思いやってあげる、そんな優しささえあれば、問題は簡単に解決されるもの------。

そんな恩師の話を、今オフの人事往来で思い出しました。


人には、それぞれ適った生活の場所があります。
その場所は、時として変化することもあり、ずっと変わらずにいられることもあります。
たとえ身内であっても、自分と違う環境で暮らしていれば、立場や考え方はそれぞれ異なってくるものです。
それぞれを尊重して思いやることが、家族がそれぞれ『大人』へ成長していくことなのだな、と考えさせられました。

この話になぞらえると、サポーター≒『親』に重なって見えてきました。
遠くで暮らす子(移籍選手)の日々の生活をあれこれ心配しながらも、共にに暮らす子どもたち(在籍選手)を大切に思い、力を合わせて生活する、、、ごく自然で、何も特別なことではありません。

旅立つ家族の健勝と活躍を祈り、帰ってきた家族を温かく迎える。そして共に暮らす家族と“家”を守っていく。
人の世は、その繰り返しなのですね。

追記:
三菱重工サッカー部の創設者、岡野良定氏のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。

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2008/01/29

中山道中膝栗毛@まずは口上

オフ期間の自主トレを兼ねて------。

長谷部誠ウォルフスブルク移籍記念兼エジミウソン浦和入団記念、と銘打って、、、

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 『中山道(国道17号) 徒歩の旅』

なるイベントを、突如企画・実施することにいたしました。

すみません、ウソです。こんな理由は、「あとから」思いつきました(笑)。
実は年明けに蕨城址を探訪した折、近くに旧中山道・蕨宿の本陣跡があったのでついでに訪ねたところ、
「このまま、家まで歩いて帰ろうか・・・」
と思ったのが、事の発端。実際歩いて、ぶらぶら寄り道しながら約3時間程度で帰宅しました(追記:自宅は、与野の国道17号沿線近くにあります)。
そして翌週、巣鴨とげぬき地蔵を何気に訪れた時、その商店街が旧中山道であることを知りました。
その時思ったのが、蕨~巣鴨の道がつながってない、ということでした。

 「このままじゃ気が済まん。。。」

そ れ だ け で す 。

このイベント、「あくまでも」、シーズンオフ中の自主トレに限定したいと希望しています。妻籠や奈良井に行ってみたい気もするけどとか、「木曽路はすべて山の中・・・」などと島崎藤村ゆかりの馬籠も魅力的などと余計なことを考える気もありません。そんな、やる前から大きなプレッシャーをかけて自らの首を絞めるような計画は立てたくないので、

 中山道(国道17号)←ここ大事

を目標に、せめて埼玉県内、余裕があれば中山道が国道17号である高崎くらいまでなら何とか・・・と考えています。
真面目で参考になる道中記は、多くの先達の方々が立派なサイトを公開されていますので、各自検索されてそちらご覧ください。弊サイトでは、

 ・真似して歩かれる方(笑)へ、できるだけわかりやすい道案内を付記
 ・偏向趣味的な視点での道中の様子(街並みの感想、庚申塔、看板・ポスター、等)
 ・可能な限りの「うぃあー」的話題の発掘

といった芸風を目指してご紹介できたら、と思っています。

なお、言うまでもございませんが、今季の浦和レッズの、

 ACL・2連覇をはじめとする、全タイトル獲得

の祈願を込めて行脚いたします。

まだ始めたばかりですので、“現在進行形”のイベントです。
東京~埼玉の中山道ということで、弊サイトをご覧の、多くの皆さまがお住まいやお勤めの地域を通ることと思いますので、補足的な周辺情報などお寄せいただければ嬉しい限りです。
また、週末、中山道沿線で、とぼとぼ肩を落として歩く夫婦をお見かけになりましたら、野次罵倒励ましのお言葉を頂戴できましたら大変ありがたいです。こういう時は『地蔵様』に妙に親近感を感じてしまいますが。ちなみに、2008年1月27日時点で、上尾宿まで踏破しておりますのでご報告まで(記事は随時アップ予定)。

あ、、、よろしければ「飛び入り参加」、歓迎いたします(´∀`)

では、次回より道中記をご紹介いたします。
第1回は、起点・日本橋~神田明神の・・・たった2㎞(笑)。
 #いえいえ・・・この日(2008年1月26日)、蕨宿までの20㎞を踏破。話が長いので分割しました

読者の皆さま方におかれましては、おヒマな時間にでもお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。

(次回、日本橋~神田明神編へ、つづく)

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2008/01/25

わが闘争 2007

そろそろ今週末から、クラブも来シーズンに向けて始動しますので、2007年のまとめの話を急ぎたいと思います。

学生さんが通信簿をもらうように、主婦の皆様が家計簿をつけるように、ワタクシnigoeが、レッズサポーターとしてどれだけの戦績を修めたか・・・ということで、自分自身の成績をまとめてみることにしました。

昨年にならって、今年も『わが闘争 2007』と銘打って、データをまとめました。

まずは、2007シーズンの戦績から。

■2007シーズン結果

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(※表クリックで別窓拡大します)

グレーのセル色部分は、nigoeが欠席した試合です(全56試合中13試合)。
すなわち、43試合に参戦したことになります。
2007シーズンは、お陰様でホーム全試合参戦することができました(J:17試合+ACL:6試合+天皇杯1試合=計24試合)。例年、年度末の繁忙期にかかる3月の観戦が難しいのですが、昨年はがんばりました。途中で仕事を放り投げて(ダメ社会人)後半から参戦したりと、涙ぐましい努力が成果につながりました。しかし今年はわかりません(爆)。
とにもかくにも、昨年に引き続き、一年間、健康に過ごせたことに感謝です。また、参戦予定を死守(笑)することができたことは、ワタシとダンナの社会生活における周囲の皆様のご理解ご支援の賜物と、感謝いたしております。関係者の皆様には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。m(_ _)m

また、2007シーズンは、XEROX CUP、Jリーグ、ナビ杯、天皇杯、ACL、クラブワールドカップと連戦続きで、公式戦が計56試合ありました。凄まじい試合数です。これに代表戦も加わったわけですから、代表に招集された選手たちの疲弊度はかつてないほどのものだったに違いありません。もし、ナビ杯、天皇杯を勝ち進んでいたら・・・と思うと正直ゾッとします。

それでは、ワタシ自身の昨年の勝率などの戦績内容についてまとめたデータをもとに、あれこれ評価してみましょう。

■2007シーズン勝敗表

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表の上半分、『わが闘争 2007』欄が、不肖ワタクシの成績です。
2007シーズンの参戦数は56試合中43試合、参戦率77%でした。2006年の参戦率は81%でしたが、2006年のクラブ公式戦全試合数48試合(うち39試合参戦)に対し、2007年は56試合で対前年8試合増加した状況で、8割近くの参戦率を維持できたことは、ほぼ昨年並みと評価(してください/笑)。うち、リーグ戦参戦率は91%(昨年は85%)と高参戦率。対照的に、海外アウェイでの平日参戦が非常に難しいACL参戦率はホーム全試合+アウェイ1試合の58%となりましたが、社会人(特にダンナ)である以上、これは仕方がないでしょう。

それぞれの大会について、参戦した試合(43試合)をサンプル数として、『勝利数』『引分数』『敗戦数』と、それぞれの確率を算出してみました。
これより、次のことがわかりました。

  • 2007シーズン全体として、自分が参戦した試合の勝率(60%)は、チーム勝率(52%)を上回りました。しかしこれは単純にチームに貢献しているわけでなく、ナビ杯アウェイ、A3の敗戦試合や、ACLアウェイの引き分け試合に参戦していないだけのこと。参戦試合の勝率でゲン担ぎすれば、これらのアウェイも行くべきだったとの屁理屈も考えられなくもないですが・・・ワタシの出欠如何で勝率が改善するなんて、そんな簡単な話なのであれば、誰も苦労はしないわけでして・・・まず「ありえない。」(^^;
  • 自分のリーグ戦における敗戦率は13%(昨年21%)と、かなり改善されました。これは、ほぼリーグ戦に参戦した結果の数字ですから、チーム戦績にも反映している数字です(チーム敗戦率:12%)。がんばってくれた選手たちに感謝です。

ここで、参考までに昨年の勝敗率データを引っぱってきてみますと・・・

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  • 2006年のワタシの参戦勝率が74%だったのに対し、2007年は60%に激減。チーム戦績にも注目すると、2006年が勝率71%だったのに対し、2007年が52%と、こちらのほうが激減しています。
  • 2007年の勝率低下の要因は、ズバリ「引き分け」の増加でした。2006年のチーム引分率15%に対し、2007年は30%と倍増しています。これはACLアウェイの引分数に因るところが大きいことはすぐわかります。しかし、リーグ戦のみに限定しても、2006年チーム引分率が18%だったのに対し、2007年は29%・・・やはり多いです。2007年は敗戦数が少なかったのに、「勝ちきれなかった」試合の多さが泣き所となってしまった結果となってしまいました。

以上、チーム戦績の比較も含めながら、こんな2007シーズンのnigoeさんでしたということを、ご報告させていただきます。

2008シーズンの試合スケジュールも発表され、来るべきシーズンへの期待と戦闘態勢が徐々に高まってきました。

2008年 Jリーグ:34試合
     ナビ杯 :6試合+5試合(決勝T)
     ACL   :2試合+4試合(決勝T)
     天皇杯 :1試合+4試合
     計    :43試合+13試合=56試合

今年も長い道程です。
全試合闘ったら、FCWCも含めると昨年以上の試合数となります。お覚悟を。。。
一年間、健康維持に努めて、今年も元気にがんばりましょう!

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2008/01/22

「チケット購入」に関する一考察

昨年の話ではありますが、、、
しかし、毎年恒常的な話題として取り上げられる、「チケット購入」に関する問題。
自分への備忘録として、チラシの裏的に少しずつ書き留めていたのですが・・・
ここは「閑話休題」。いや、考えようによってはタイムリーな話題かも知れません(^^;。
ホントに「チラシの裏」に書いたつもりの散文・雑言ですので、長文ですしまとまりがないこと、何卒ご容赦ください。
もし、これを全部お読みになってくださった方がいらっしゃいましたら、同じ場面に直面した際、「こんな考えもあるんだし・・・」程度で、頭の隅にでも覚えていてくだされば幸いです。

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チケット購入、特にプレイガイドからの直接購入ではなく、「間接的な」入手・・・つまり、金券ショップやオークションを通じて入手するルートについて、これまでもさまざまな場所で、さまざまな議論がなされてきています。正直、辟易とされている方も多いことと思います。
私はシーズンチケットを所有しておりますので、いわゆる、

 『チケット難民』

と呼ばれる状態になるのは、アウェイゲームか、Jリーグ・ナビ杯以外の大会チケットの場合です。
仮にシーチケを保有していなくても、ホームゲームの場合はほぼ埼スタ開催ですので、最終節でなければ瞬時に完売することは滅多にありません。参戦意志を固めた時期の早い遅いによってチケットが入手困難になることはままあります。しかし、県民優先販売や各プレイガイドの先行販売など、購入機会は多くありますので、(駒場を除く)埼スタ開催のチケット購入に関しては、あくまでも買う方の判断時期に因るところが大きいため、あまり問題ではないと考えています。昨季の場合は、ACL決勝とホーム最終節のチケが即完売するという現象が発生しましたが、これはレッズ人気に便乗した、「決勝戦」「最終戦」というプレミアイメージが先行した故のレアケース、と考えられます。

とりわけ、恒常的に問題視されるのは、

  • アウェイで、かつキャパシティの小さな球場
  • 注目度の高い大会(各種トーナメント戦、国際大会)

のチケットが、プレイガイドから直接購入できない場合です。
特にチケットが「瞬殺」完売しまった場合、その最大の原因は、試合に行く意思のない人々による、「営利・転売目的の買い占め」=ゲッターであることは、皆さまご承知おきのとおりです。確かに仲間・友人と購入がダブってしまい余らせてしまうこともありますが、それは「瞬殺完売」の一要因とはなっても、ゲッターと比べれば購入動機自体は健全なものであり、その理由で余らせた人々の多くは、知人やネット掲示板等を介して定価で譲ったり、他に転売した場合も多少の利潤を得たとしても悪質な価格高騰を招くことを目的としてはいない、と思います(と、信じたい)。

不幸にも、悪意ある人々の影響により、チケットがプレイガイドから姿を消してしまったら、、、
「間接購入」しか手段がありません。
その場合、次の3方法が採られます。

  • 所有者から直接購入
  • 金券ショップで購入
  • オークションで購入

以下、私が昨年体験したことを通じての雑感です。

■所有者から直接購入

浦議などのネット掲示板を通じて、所有者に直接会って譲って貰う場合は、ほぼ定価(プレリザ料などの手数料を含めて)が通例です。入手困難なチケットの場合は、まさにラッキーで有り難い限り。事前には無理でも、意外に当日の試合会場で譲っていただけることも多いものなので、基本的には探す人の「努力」を要します。
私は、昨季のG大阪戦@万博、千葉戦@フクアリ、ほか友人の分など、多くの試合を譲っていただきました(関係者の皆様には、この場をお借りして御礼申し上げます)。
顔の見える定価直接取引で、御礼も言いやすく、一般的に健全な取引だと思います。
また逆の立場でも、多くのチケットをお譲りしました。主に友人の分を委託されて「営業」をしましたが、確実にお譲りするご本人にチケットを渡せるうえに金銭授受トラブルも無いため、連絡や待ち合わせ等の多少の労力は要しますが、取引の明瞭さから安心な方法だと考えます。

■金券ショップで購入

金券ショップの場合は、買い手の側の「気持ちひとつ」だと思います。
要するに、店員に「買え買え」と煽られるわけではない(笑)ので、
「買える値段だと思えば買えばいいし、買いたくなければ買わなければいい」
という、冷静な自己判断を伴えると思います。
日常生活商品と同様、ただ単に店頭に並んでいる商品なので、買う側の自由意志が反映されると思います(ただし、店頭に同じ券面のチケットが大量に並んでいる事態には、大いなる疑惑を有しておりますがww)。
各種レッズ戦のチケットは、半ばレギュラー化して店頭に並んでいますが、昨年は特にACL決勝セパハン戦@埼スタのチケットが大量に流れ込んでいました。「ヤフオクの不買運動・違反申告運動」の影響で、ヤフオクから手を引いたゲッターたちが金券ショップに大挙駆け込んだ模様。私が確認した範囲では、某店1店だけで数百のチケットを扱っていた時期もありました。
また、記憶に新しい事象としては、CWCのチケットが大量に出回りました。これも毎年恒例化している商品ですが、最終日のカテ4(定価9000円)のチケットに3倍近くの値がつき、同日のカテ2(定価22000円)のショップ価格(売値30000円前後)とほぼ同等という、奇妙な事態が生じていました。価格はほぼオークションでの推移を見て、同じタイミングでショップ店頭は値上げされていました。
しかも、当日14時ごろ、すなわちレッズvsエトワール・サヘル戦の2時間前までこの事態が続いていました。
単刀直入に言って、オークションサイトと連携して、ゴール裏観戦を希望するレッズサポ狙いの商戦が展開されていたのは明白でした。

■オークションで購入

私はこれまで、ネットオークションを2回だけ利用したことがあります。
いずれも友人の代理で購入したもので、うちひとつは『ストア購入』(古物商許認可を持つ金券ショップがヤフオク等を通じて出品)でした。いずれも当然定価以上でしたが、特に『ストア購入』のものは、1枚数百円程度の上乗せ即決価格で大量購入できたので、グループ分の買いまとめで便利に利用できたものです。
しかし、こんな良心的な売買は、ほぼこの世界には介在しないのが現実です。
用事や体調不良で行けなくなって、やむなく出品するならまだしも、開催されるスタジアムの所在地とは「まるで無関係な」場所に住む出品者の多さには驚きを隠せません。加えて同一出品者の大量出品された場面に出くわした日には、呆れてものも言えません。

さらに。
オークションの性質上、落札するためには、自分が「最高額入札者」にならなければなりません。
そのために、タイムアップまで価格競争を重ね、煽り煽られ続けるわけですが、その相手は「自分の仲間」であることを、つい忘れがちになります。
欲しいものを是が非でも手に入れるための「仁義なき戦い」は、どんな世界にも存在します。
しかし。
同じように「浦和レッズを愛する」味方同士のはずが、肝心の戦場であるスタジアムに入場する権利を巡って壮絶な“場外乱闘”を展開しているさまは、かの幕末の『寺田屋騒動』を彷彿とさせるような『同士討ち』、そのものです。

昨年のフクアリ、鹿島@埼スタ最終節、CWC@横国のチケット売買におけるオークションの状況は、味方同士で斬り合いを演じて、試合本番前にすでに疲弊し、結局は売り手に「濡れ手に粟」の利益をもたらす・・・客観的に論ずれば、このように表現できそうです。
競売の渦中にあると、どうしてもその行為の「愚かさ」に対する感覚が鈍ってしまいます。
私も何度も入札ボタンを押そうとしましたが、それを止めたのは、客観的に状況を観察していたダンナでした。結果、フクアリのチケットは当日知人から定価で譲ってもらうことができ、CWC最終日のチケットは、フクアリの一件のお陰でだいぶ状況を静観できるようになったため、購入は見送り、自宅でTV観戦となりました。
理性を失わず、根気よく探せば、「あるところに、チケットはある、なければしょうがない」と、学びました。

骨董品や希少品など「その人からしか買えない」「それしかない」ものなら仕方がありませんし、それに対して値がつり上がって行くのは市場原理です。が、原則的には等しく購入機会と権利のあったものを独占的に高額で転売する行為は許されざるものですし、そのようなものを、仲間を踏みつけるようにして「金にものを言わせて」買う行為に対して、己を恥じる心を捨ててまでしてしまうのもいかがなものか、と私は思ったのです。

チケットを扱う店から直接買うことができず、見ず知らずの他人の手垢がついたチケットを、法外な値段で手に入れることについて、考えてみませんか。


手に入らなければ、「行かない」選択をするのも、誇りある行動だと思います。

スタジアムで『Pride』を叫ぶのであれば。

まあ、大量にダブついて大暴落したチケットならば、オークションで買ってやってもいいですが・・・そんなチケットはすでに入手済みなわけで(笑)
間接購入による定価を超える価格の取引は、定価との乖離の「程度」の問題もあります。
オークション利用は個人の自由ですから、私にはそれを強制的に排除する権限も権力も持ち合わせていませんが、注意を呼びかけることならできます。
どうしても普通に入手できず、やむなく金券ショップやオークションを利用して購入される際も、その「程度」をわきまえる理性と冷静さを失わずにご利用いただきたいと願っています。もちろん、試合行きたさに、ついつい誘惑されがちな自分への戒めも込めて。

買ったその“値段”は、さらに自分の首を絞めることへの「投資」であること、仲間対する「背信」の意味を増幅させることを、くれぐれもお忘れ無く。

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2008/01/21

赤い日曜日

080120red_sunday1昨日の日曜日、浦和の街に出かけました。
見慣れた街でもふと気が付けば、新たな発見をしたり、新たな捉え方ができることがあります。

まず、最初の目的は、真ん中の垂れ幕にある物産展です。
しかし、この垂れ幕、よく見てみると・・・

 (つд⊂) ゴシゴシ...

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(※クリックで拡大)

「寄せ書き」が。
この垂れ幕のことは、ご存じの方も多いかと思います。
「2冠」「V2」などの文字を見つけてしまうと、ようやく癒えた傷口に塩を塗られるような思いはしますが、浦和の街に住む人々と企業の、レッズへの深い愛情をひしひしと感じさせてくれる光景です。
080120red_sunday3物産展会場で買い込んだ九州の名産品をさっそく食べながら休憩していたところ、、、
今まで全然気付きませんでした。
伊勢丹から埼スタが見渡せます。ということは、パルコからも見えるのでしょう。普段気付かなかったものを、ここでも発見しました。
直線で見渡せば近くに感じる埼スタなのですが、同じ市内なのに、わが家からは1時間半近くかかるのはナゼ?と疑問に思いましたが、悩み出すと収拾が付かなくなるので、先に進みます。

物産展の次の目的は、お寺参り。前のエントリでお話しましたが、この日は父の命日でしたので、墓参りに行けない代わりに、毎年どこかの寺にお参りに行っております。080120red_sunday4

 

 

 

 

 

 

伊勢丹から『力』の前を通っていくと、こんな自販機があります。自販機がこんな状態ですので、、、

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“浦和の老舗イタリアンレストラン”として有名なこの店も、こんな状態。
そうすると、その先の・・・

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この寺の将来が心配になってきました ((((;゚Д゚)))
 #寺が神社になっちゃう orz...

お参りを済ませて、ボルテに寄っても、まだお昼過ぎ。
時間を持て余した夫婦。ここからは、毎度お馴染み行き当たりばったり放浪の旅へ。
思いつきで東京方面の電車に乗り、辿り着いたところは、、、

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2008/01/20

『14年目』のはじまり。

今回は、“私的ポエム”です(笑)
他にすることのない、おヒマな方だけお読みくだされば、ありがたいです(^^;。

1月20日------。
19年前に亡くなった、父の命日。
この日なら絶対忘れることはなかろうと(笑)、13年前のこの日、私たち夫婦は婚姻届を提出しました。
結婚して最初に書いた年賀状が「ねずみ」の絵柄。
昨年暮れに書いた年賀状、、、そう、今年は2回目の「ねずみ」年。
「ねずみ」から「ねずみ」まで------。
いわゆる“ひとまわり”を、無事に過ごすことができました。
それも、さまざまな形でご縁のあった皆々様のおかげとお世話様と、あらためて感謝いたします。

結婚する前。
Jリーグが開幕した当時、窓の外からスタジアムの見える駒場の町内に住んでいても、チケット入手が非常に困難な御時世。窓を開けて駒場スタジアムの声援を部屋に取り込みながら、ひとり地味にTV観戦していた、あの頃。
2年後。
婚姻届を浦和市役所(当時)に提出したことで、その後の私たちの運命が『今』へと導かれてしまったのでしょうか。
ほどなく、親戚から貰ったチケットがきっかけで、ゴール裏デビュー。
その後は、雑誌の懸賞、近所の商店街・・・向こうから寄ってくるようにチケットが手に入るようになり、やがてシーズンチケット当選。けれどその頃は、転勤で札幌住まい。しかし、“赤い悪魔”は遠距離をものともせず私たち夫婦を捕らえては手繰り寄せ、駒場へと誘惑したのです。3ヶ月に2回のペースで5年間。時には「出張」という名の遠征旅行で(笑)。
ついに根負けした私たちは、「さいたま」と名を変えた街に再転勤。これで交通費の負担が減るものと思っていたら、期待を裏切る大誤算・・・ホームゲームの他にアウェイ遠征でさらに出費増大。そこから経済的不健全な生活がはじまりました。

そして現在。
家計は相も変わらず不健全モードでも、サポーター生活の成果は、確実に出ています。レッズにも、私たちにも。
夫婦二人三脚サポーター人生、丸13年。
健康体で大過なく過ごせてきたのも、「年間通してサポートしなければ」という気持の表れ。一年一年、サポート活動をきっちりやり遂げるための、日々の心がけ。13年の積み重ね。
体調管理が自然に身に付いたことは、望外の喜びでした。昨年の健康診断結果が「オールA」だったことが、この成果を裏付けています。

あ、、、はい。
引き続き、“飲み過ぎ”には気をつけます(笑)。

1月20日。
『父』と『私たち夫婦』と『浦和』と『サポーター人生』。
毎年、この気持ちを新たにしてくれる日。
今年も恙なくこの日を迎えられたことの幸せを、静かにかみしめたいと思います。
さあ、今日から『14年目』。
この一年も、がんばります。

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2008/01/16

2008.1.16 人事往来雑感

けさの埼玉新聞スポーツ面は、移籍人事記事が満載でした。

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(※クリックで拡大します。なお、お手持ちのブラウザを、75%縮小画面にすれば、何となく記事全体が読めます(^^;)

まずは・・・お約束(笑)
こちら様は、オヒサルで正式に発表されました。

歓迎、福田正博様。

今日から、われらが“仲間”です・・・じゃなくて。
福田様の場合は、もともと“仲間”ですので、

 「おかえりなさいませ」

とお迎えしたほうが適切かも知れませんね。

実は・・・この連休中、福田様の身辺の変化を匂わせる出来事がありました。
お気付きの方もいらっしゃったかどうか、、、
それは、TVから何気なくCMが流れていた時に、気付いたのです。

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2008/01/15

2007世界への挑戦・・・そして2008へ

080112parco0 2008年最初の連休初日、さいたま地方はあいにくの雨。
そんな時は、出かけるにしても屋内で過ごすのが無難・・・ということで、良いタイミングで、浦和パルコにおいて、

 『浦和レッドダイヤモンズ 2007世界への挑戦 企画展』

が開催されていましたので、会場であるパルコ9階『市民活動サポートセンター』に出かけました。
2007年の浦和を書き留めることも兼ねて、残念ながら遠方でお越しになれなかった方、ならびに都合が付かず見学できなかった方のために、弊サイトでは、写真中心にご紹介させていただきたいと思いますので、ご覧になれなかった皆様に少しでも会場の雰囲気が伝われば幸いです。

 

080112parco1まず、最初に。
入口にあった、アジアの参加クラブ地図。
この地図を眺めながら、、、2007年からはオーストラリアも参入してきたこともあり、かくもサッカー地図におけるアジアは広大なことよ、と驚かされたとともに、途方もない距離と数の国々の頂点に立ったことを思うと、「おらが街のクラブは、何というどえらいことをしてのけたのだろう・・・」と、恐ろしさを感じるくらいの震えを覚えました。

 

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場内は、パネルをふんだんに使用して、ACLに参戦した各選手のスチール写真を展示していました。その大きさ、鬼気迫る表情から、未知なる闘いに挑んできた選手たちの情熱と迫力が充分に伝わってきます。

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展示は、主に3つのテーマで構成されていました。
各エリアのエントランスを表現していたのは、主将・暢久。今日の浦和レッズは、やはり彼なくして語れないという製作側の意図が伝わってきます。ACL決勝で負傷欠場してしまったため中央のパネルに彼の姿はありませんでしたが、さすがに、こんなふうに別枠にならず(笑)

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あっ、、、こっちの“別枠”で・・・(笑)

また皆様ご承知おきのとおり、永井の活躍が目立った2007ACLとFCWCでしたが、その活躍を反映するかのように、心なしか永井のパネルが多いような・・・「写真を写真撮影」する女性の姿多し(^^;

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ACL予選から対戦した全チームのペナントと、国際試合に使用したユニフォームが展示されていました。
こういう実物を間近に見学すると、より実感も湧いてくるというものです。

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2007シーズン振り返りの映像が流されていました。
「ああ、あんなこともあった、こんなこともあった」
と反芻するうちに、多くの試合に参戦した自分のこの一年を重ねて振り返っていました。
「ほんとうに、本当に、ここまで、良くやった・・・」
と、クラブにも、選手にも、自分にも、ねぎらいの思いが心をよぎり、目頭が熱くなりました。偶然、全北戦ツアーでご一緒した方ともお会いして、さらにその思いが甦りました。
確かに、リーグ2連覇も天皇杯3連覇も逃して悔しい思いもしたけれど、そんなどこか「ずっこけ不完全な」レッズを自分は愛しているのだと、しみじみ再確認したひとときでした。

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2007ACL優勝表彰トロフィーの展示コーナー。

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左:言わずと知れた、ACL優勝トロフィー  右:大会MVPトロフィー(永井選手受賞)

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左:ACL優勝メダル      右:AFC年間最優秀クラブ賞トロフィー

ACLの優勝のみならず、AFCの2007年最優秀クラブとして表彰されるという、アジアでの闘いの成果は、重ねがさねの慶事となりました。

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2007FCWC表彰の展示コーナー。

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左:FCWCフェアプレー賞賞状、同賞トロフィー、同大会第3位 賞状
右:FCWC 大会参加チームプレート

世界第3位の称号を手にできたことは、あまりにも大きな出来事でした。
さらに、大会フェアプレー賞も受賞できたことは、世界のサッカークラブの一員として大変栄誉ある出来事でした。
今後とも浦和レッズは、フェアプレークラブとしての精神を忘れることなく、正々堂々とした闘いを世界中に披露して欲しいと願って止みません。

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大会第3位 メダル。
若干小さめのメダルですが、今はこれで充分でしょう。
来る2008年の世界挑戦に向けて、闘争心が湧いてくるというものです。

これらのことは、もう過去のこと。

まずは、J。そしてアジアへ。
今年もまた、長く厳しい道程が待っています。
もっと大きく輝くメダルをこの手に掴むために、さらなる努力と精進を、私たちもクラブと選手たちとともに、手を携えて続けていきましょう。080112parco13

企画展を見学し終えて、REDS GATEの横を通ったら・・・新しいわれらが仲間のスパイクとコメントがショーケースに。

開幕が、待ちきれませんね。

 

余談:
浦和パルコですが、8階は中央図書館、企画展のあったここ9階は市民活動サポートセンター、10階はコミュニティセンターと、上部階3階が『コムナーレ』と称される公共施設として利用されています。特に9階のサポセンは、待ち合わせや打ち合わせスペース、飲食コーナーもあり、会議用の備品(ボード、プロジェクターetc..)、コピー機器、メールボックス等も有料で貸し出しされています。誰でも自由に利用できる都市型空間施設として、良い試みだと思います。
おそらく今回の企画展も、施設利用促進の一環として開催されたものと推察しました。
ビジネスやサークル活動、あるいは気の合う仲間との待ち合わせやミーティング利用に、いかがでしょう。

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2008/01/10

旅の“一発ネタ”@鶴岡編

旅は道連れ世は情け。
鶴岡紀行が終わったところで・・・“一発ネタ”写真集です(笑)

今回、鶴岡で、ちょっぴり小ネタを拾いました。
あくまでも“一発ネタ”ですので、

 「だからなんだ?」

と言われてもワタシは困ってしまいます(笑)。
何卒、寛容さとご理解のほどを、、、(^^;

閲覧による「ウケる」「ウケない」は、自己責任にて(笑)、よろしくお願いいたします。

では1発目、、、

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2008/01/09

奥の細道と海坂藩を訪ねて(2)

前回のつづきです。

冷たい雨に打たれて街をさまよったの・・・などと、どこかで聴いたことのあるフレーズが頭をよぎるほど、東北の師走の雨は甘くありません。ここより温かな関東からやって来た軟弱者夫婦に容赦なく降り注ぐように襲いかかります。
ああ、冷たい雨・・・と思った時、ようやく気付きました。
今日は12月30日、大晦日前日、年の瀬も大詰め。
こんな日の地方都市の商いときたら、、、そう、そうなんです。

 「閉店」
 「閉館」

こんな看板や貼り紙が目白押しの季節。

071230heishindo 丙申堂(へいしんどう)到着。
見事、門前払い..._| ̄|○
向学のために概説を付記しますが、ここ丙申堂は、庄内藩御用商人・風間家が、明治29年に建てた住居兼店舗で、国指定重要文化財に指定されています。この屋敷は、映画『蝉しぐれ』で、ふくが落髪する前の俗世の名残にと、文四郎と再会し昔日を懐かしむ場面のロケで使用されたそうです。
まるで閉門蟄居の気分になりそうな画ですが、テコでも開かないのであれば仕方がありません。とっととあきらめをつけて、歩を進めます。
しかしながら、、、ひどい雨と風にだんだん雪がまじりだし、観光などと暢気な風情ではいられなくなりました(つ;д`)
そして、訪れようとしたところには、ことごとくフラれまくり・・・城の近くにある物産館もすでに「御用納め」。資料館や博物館などの観光施設はたいてい公共施設ですので、当然同様の状態。確実に開いているのは神社やお寺、、、
協議の上、まだ12時でしたが、次第に駅方面に歩き、早めの時間に鶴岡市内を引き上げることを決断しました。

ただそのまま退散するには悔しいので(笑)。
071230tsuruoka4 歩きながらでも何とかネタを拾おうと試みたところ、ありました。
丙申堂の近く(鶴岡幼稚園脇)を流れる小さな堀に、屋敷につながる舟着場がありました。こういうものは、今日まで城内に堀と屋敷が残されたところでないとお目にかかれません。昔の面影が残された風情は、当時の生活の様子などへと想像を掻き立ててくれます。
急遽短き道中となりましたが、少しでも鶴岡=海坂藩の雰囲気に触れようと、道を選んで歩きます。

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龍覚寺、着。
実際の寺名は龍覚寺ですが、『蝉しぐれ』では龍興寺として登場します。
文四郎の父・助左衞門が、藩の世継ぎ騒動に絡んだ反逆の罪で切腹の沙汰を受けた場所として描かれています。物語のはじまりとなる重要な出来事の舞台です。 

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般若寺、着。
『凶刃 用心棒日月抄』では、実際の寺名を用いています。
TVでは『腕におぼえあり 3』として放送されていました。やむなく脱藩し、国元から送り込まれてくる刺客と対決したり、嫌疑が晴れ帰参が許されたあとも厄介な出来事で密命を受けたり再度脱藩したりと、やたら災難に遭いやすい(笑)主人公・青江又八郎が、江戸を舞台に、用心棒家業に身をやつしながら国元の様子をうかがう日々を描いた作品ですが、この国元の名は桑山藩という名でした。般若寺は、城下で斬られて横死した町人姿の旅の者の亡骸が運ばれた寺として登場します。しかし、その遺体は二日後に忽然と消え---という怪しげな事件から、物語が展開します。

071230chidoukan 商店街に出ると、庄内藩の藩校だった致道館の発祥の地碑がありました(現在の致道館は、鶴岡公園前にあります。東北地方に唯一現存するものとして、国指定史跡を受けています)。
せめてこれなりともカメラに収めようとシャッターを切った瞬間・・・手に持っていた傘が突風で吹き飛ばされ、傘がおシャカとなりました(ノ;д`)
これで事実上、この天候下での鶴岡散策は続けられなくなりました。
嵐のような雨の中、壊れた傘をだましだまし差しながら、ようやく駅まで辿り着きました。

温かく美味しい蕎麦を食べ、列車であつみ温泉まで戻りました。宿に着いたのは、まだ15時半と早い時間でしたが、ここは観念して(笑)宿近くで温泉巡りすることに。こんな日は、こんな過ごし方のほうが良いのでしょう。冷え切った体も充分温まり、疲れも洗い流し、美味しい料理に舌鼓を打ち、良き年の瀬となりました。

鶴岡を訪れたこの日の夜。
宿のTVを見ていたら、某TV局で『武士の一分』が放映されました。海坂藩を訪れた余韻に浸りながら、映画を堪能することができました。
素敵な偶然に、またこの地を訪れたいと思いました。

ということで、、、鶴岡は、リベンジ決定です(笑)

(おわり)

余談:
Uftushin鶴岡の街を歩きながら、ふと『浦和フットボール通信 vol.10(12月号)』の荒井桂先生のコラムを思い出しました。庄内藩士が、敵将だった西郷隆盛の徳を偲んで綴った『南洲翁遺訓』という本が紹介されています。戊辰戦争で降伏謝罪した庄内藩は、中央政府から国替えを命ぜられましたが、嘆願が聞き届けられて国替えは中止となり、その代わり金70万両を納めることに。藩内の人々はこぞって献金につとめ、金30万両を納めたところ、残金は免除という寛大な処置が。その影に西郷隆盛の配慮があったとのこと。
その縁からか、鶴岡と鹿児島は“兄弟都市”なのだそうです。
偶然とは言え、このコラムが掲載された『通信』が発行された月に鶴岡を訪れたことと、自分の故郷の偉人との関係を知り、不思議な縁を感じました。
上記冊子がお手元にありましたら、ご一読くださればと思います。

余談その2:
翌日の大晦日は、、、
まだご記憶に新しいかと存じますが、この暮れは、日本海側は強風で大荒れでした。
土産を買いに再度立ち寄った鶴岡駅で、見事に“足止め”を食らいました。
羽越本線は、一昨年暮れの『いなほ14号』脱線事故のため、荒天時の対応が相当慎重になっています。人の命には替えられませんので致し方なしなのですが、この日は、よりによって大晦日。何が何でも帰宅の途に着かねばならぬと、ダンナが一大決心!071231amarume
鶴岡駅から陸羽西線余目駅まで、タクシーでバキューンと移動。 ((((;゚Д゚)))
鶴岡駅から新潟方面と、鶴岡駅から秋田方面の2箇所、要するに上下線の行く手が運転見合わせとなったため、鶴岡駅は完全に「鉄道の孤島」と化していたのです。ここから脱出するには、もはや羽越本線を回避するしか無く・・・山形行きのバスという選択肢もありましたが、余目駅迂回のほうが時間が早かったため、5800円也と手痛い出費(号泣;)となりましたが、金で時間を買ったと思うことにしました。
ちなみに、余目から新庄に向かう陸羽西線沿線は深い雪で、、、最上川の雪景色が美しゅうございました。
日本海沿岸の強風と言い、内陸部の豪雪と言い、真冬の東北は侮れません。
残りの道中は、新庄から『つばさ』で大宮まで一直線・・・ダンナの“鉄分”の高さが、的確な判断を選択してくれました。感謝です。071231compus

やはり、鉄旅の必携品は『コンパス時刻表』!
これ最強
です。(笑)

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2008/01/08

奥の細道と海坂藩を訪ねて(1)

20071229atsumi1 天皇杯に関係のない年末は、ゆっくりのんびり旅に出ました(棒読み)
冬は冬らしく寒いところで温泉三昧が一番です。仕事も家事もサポート活動も御用納めまでに済ませ、12/29~31日の2泊3日の行程で山形・庄内地方へ旅しました。
少々長いので、2回に分けてご紹介させていただきます。

【あつみ温泉(あつみおんせん) 山形県鶴岡市湯温海 JR羽越本線あつみ温泉駅 徒歩約35分またはタクシー約5分 2007年12月29日 訪】

071229atsumi2このたびは、あつみ温泉をベースキャンプに、庄内藩の城下町・鶴岡を訪ねました。ちなみに、2泊にかけて逗留した宿はこちら。昭和の香りが充満する(笑)古い旅館です が、源泉掛け流しの温泉(硫酸塩泉)は上々。他の浴場も巡りましたが、ここの泉質が一番効能が高いと感じました。料理はカニと鯛メインで、豪華絢爛と言うよりは地味ながら丁寧な仕事ぶりの味。こんなに鯛を食せることも滅多にないと思えるほどいただきました(笑)。
1日目は宿に到着して、周辺の足湯(右写真)などを楽しみながら散策。
2日目、年末のため名物の朝市は今回体験できず残念。
あいにくの荒天でしたが、鶴岡まで足をのばしてみました。

【山形県鶴岡市(やまがたけん つるおかし) JR羽越本線鶴岡駅 2007年12月30日 訪】

071230tsuruoka1 鶴岡と言えば、『海坂(うなさか)藩』------。
ご存じの方も数多いと思います。鶴岡は、時代小説の名手・藤沢周平の故郷であり、彼の作品の舞台として頻繁に描かれている架空の藩=海坂藩のモデルとなっています。弊ブログを平素ご覧いただいている読者の方にはすでにご周知のことと存じますが、私は大の“読書アレルギー”、ダンナは食事をするのを忘れるくらいの“本の虫”。ダンナはほとんどの藤沢作品を読了していることにあわせ、ここ鶴岡には出張で数回訪れており、地域情報にはある程度通じていたので今回はプチガイド役。私は原作は読んでいないものの、最近の藤沢作品ブームの前から、『腕におぼえあり(用心棒日月抄)』『よろずや平四郎活人剣』『蝉しぐれ』などのTVドラマが好きでしたので、鶴岡は、藤沢作品ゆかりの地を辿りながら歩きたい土地のひとつでした。
 #そう言えば、年末までNHKで『風の果て』をやってましたね・・・
  ドラマ化では「池波正太郎のフジテレビ」「藤沢周平のNHK」といったところでしょうか。

071230tsuruoka5駅についてまず目にするものは、この『雪の降る町を』歌碑。作曲家・中山喜直が、鶴岡の雪景色や旅の思い出をメロディーにしたとのこと。毎正時には、あのお馴染みのメロディーが流れます。

 

071230tsuruoka2街では『藩札』が流通しております(笑)。
ところで。
鶴岡の街を歩いていると、いたるところで『庄内』と『荘内』の2つの表現が使い分けられていることに気付きます。
車のナンバーはじめ庄内平野など地域を指す場合は『庄内』、新聞社や銀行、荘内神社など企業や施設・団体等には『荘内』の文字がよく充てられているようです。その使い分けに関する理由や根拠は、ちょっと調べた程度では釈然としないのですが(^^;、古文書に頻繁に登場するのは『庄内』の文字のようです。参考までに、こちらをご覧くださればと思います。

071230basho1 ぶらぶらと駅前通りを歩いていると、『山王日枝神社』に到着。
境内には、松尾芭蕉がかの『奥の細道』紀行の折、出羽三山登拝後にここ鶴岡を訪れた際に詠んだ句碑がありました。

 珍しや 山を出で羽の 初茄子び

「出羽三山の下山」と「出羽国」を絶妙に懸けています。また庄内は小茄子(民田茄子)の名産地ですの071230basho2で、地方色や季節感もわずか17文字に凝縮した、誠に秀逸な一句です。
日枝神社から商店街方面に歩を進めると、『蝉しぐれ』でモチーフとされた内川(小説では“五間川”)に辿り着きます。『秘太刀馬の骨』に登場する大泉橋(小説では“千鳥橋”)のたもとに、芭蕉ゆかりの舟着き場がありました。ここから芭蕉は舟に乗り、内川~赤川~最上川と川を下り、酒田へと向かったそうです。酒田への道中、芭蕉は何を思っただろう・・・そんな想いをかきたててくれます。

071230tsuruoka3大泉橋を渡った先の商店街の歩道には、このような旧町名を表記した石碑がいくつか設置されていました。こういう細かい演出が、城下町そして時代小説のふるさととしての雰囲気づくりに一役買っています。
街並みは、現代的な建物と、懐かしい時代の建物が混在しています。同じ県内だからでしょうか、何かしら米沢を訪れた時の雰囲気に似たものを感じました。

071230tsurusonohashi

 

 

 

 

 

 

鶴ヶ岡城址(現・鶴岡公園と荘内神社)に向かう途中、再び内川を渡ります。
消防署前の鶴園橋の下に、2艘の舟が繋がれていました。『蝉しぐれ』の緊迫するシーンのひとつ、牧文四郎とふくが家老・里村の追手から逃れるために、夜陰に紛れて舟で堀(内川?)づたいに城外へ脱出する場面が自然と連想されました。果たして、この舟はどのような意図でここに係留されていたのか・・・情緒ある風景です。071230miyukibasshi
この鶴園橋を横目に眺めながら、私たちは朱色が目に鮮やかな下流側の『三雪橋』を渡りました。関ヶ原合戦後の1601年、最上義光が鶴ヶ岡城主の代に赤川・内川の河川改修に合わせて架けられた橋で、その後酒井忠勝が庄内藩主となり明治維新までの間、城の大手門に通ずる橋として機能した由緒ある橋だったそうです。現在の恒久橋に架け替えた1963年に、地元の人々が発起して朱塗りの橋になったそうです。

071230church 橋を渡ると、屋敷門の向こうに教会、、、和洋折衷の奇抜な佇まいに目を惹かれました(写真が雨に煙ってしまいました)。
明治の頃に建てられた『鶴岡カトリック教会天主堂』です(国指定重要文化財)。ロマネスク様式教会建築の傑作なのだそうですが、建築はあまり詳しくないので良くわかりません(笑)。堂内に安置されている黒い聖母マリア像は世界的にも珍しく、日本ではここでしか見られないそうです。
中を見学しようとしたのですが、雨足が強くなってきたので、先を急ぐことに。

071230tsurugaoka 鶴ヶ岡城址。現在は荘内神社と鶴岡公園となっています。鶴ヶ岡城は、古くは大宝寺城と呼ばれ、鎌倉から戦国期の長きにわたり、庄内地方を治めていた武藤氏の居城でした。戦国後期から江戸にかけての国替え等により、最上義光→酒井忠勝と当主が変遷し、以降、戊辰戦争の頃まで、庄内の中心地として、譜代の酒井氏が守り継ぎました。解体された本丸跡に荘内神社を建立したそうです。
実はもっと城めぐりと神社めぐりをしたいところだったのですが、師走のみぞれまじりの冷たく激しい風雨が、容赦なく私たちの衣服を濡らしてきたので、散策を断念。荘内神社に年末のご挨拶程度に参拝し、早々に境内を出て、天候の様子をうかがいながら、『蝉しぐれ』の映画ロケ地となった『丙申堂』へと急ぎます。

(つづく)

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2008/01/06

歓迎 高原直泰様

年末、店頭の新聞を見て、「ホンマかいな」思ったそのニュースが、年明けから日に日に信憑性をおび、昨日にはTV各局でも「可能性高し」と報道されていましたが、、、ついに本日、日曜日にもかかわらず、マスコミの先行報道に追従する形にはなりましたが、オヒサルでも正式に発表されました。

ようこそ、高原直泰選手。

今日から、われらが“仲間”です。
私たち浦和レッズのサポーターは、“仲間”を全力で応援します。

昨年末、世間が『御用納め』になったと同時に表面化した「高原移籍か?」の報でした。今野獲得が不調に終わった直後の報道でしたので、「飛ばしか・・・」と眉唾モノで静観していたのですが、なんと『松の内』でのスピード決着。梅崎獲得の速やかさより迅速な、今回の両クラブ、本人など当事者たちの対応に感服いたしました。
正式契約はまだとのことですので、ここ数日先行していた報道に促された感じでのクラブ側の「予告発表」となりましたが、事ここに至っては、われわれも安心して受け止めても良いと思います(^^;

かたや、これまたにわかに降って湧いた伸二のボーフム移籍話でしたが、高原獲得の報と時を同じくしての移籍見送りとなりました。ふたりの明と暗を分けたものは、「持病(古傷)」だったわけですが、高原の場合、自身の持病をふまえて、万全のプレー環境を求めて帰国を強く希望していましたが、伸二の場合は自身の古傷に不安を抱えながらの挑戦であったことが、客観的な結果に反映してしまった、とも言えそうです。

でも、このふたり。
子どもの頃からの旧知の仲ですし、静岡選抜でもそのコンビネーションが高く評価されていたのは有名な話です。
そのふたりが、プロになってから代表以外のチームで初めて一緒のチームに所属する・・・伸二には申し訳ないのですが、こんな大きな期待を私たちにもたらしてくれた今回の高原移籍を、私は素直に喜んでいます。
梅崎獲得の際のエントリでも書きましたが、今回の高原獲得についても、浦和のクラブとしての本気度がよく表れていますし、高原本人の浦和への高評価と、浦和を「自己実現の場」として認識してくれていることを、とても嬉しく思います。

梅崎、エジムンドエジミウソン、高原・・・一体、今年どんなプレースタイルのチームになるのか、ちょっと想像できません(笑)
嬉しい誤算です。

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2008/01/05

与野七福神に学ぶ2008年

前回のエントリにも書きましたが、わが家では毎年、元日には天皇杯の決勝に参戦し、2日は氷川神社、3日は与野七福神に初詣に行くのが恒例となっております。
例年のように、2日は氷川様詣でに行って参りました。
そして3日は、恒例の『与野七福神』巡りをいたしました。
与野に住んでいるならば、一度は巡ってみたい、正月の風物詩・・・意外に遠来からの参拝客も多く、毎年三が日は、旧鎌倉往還(現在の本町通り)を行き交う人々が後を絶ちません。

毎年のことなので、当然毎年のとおりに参拝をしたのですが、今年はちょっと気付かされたことがありましたので、その数点について簡単にご紹介させていただきたいと思います。
なお、与野七福神の概説については、こちらをご参照くださればと思います。

ちなみに、今回も「釣られて」います。投資額はお賽銭程度ですが(笑)

■“実”を取る

与野では、『七福神パレード』が毎年1月3日に敢行されます。七福神の役をそれぞれ市民から募って仮装行列してもらう、というものです。企画自体はありふれたものかも知れませんが、今年、その神様たちにあるお寺で遭遇したところ、、、

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マイクロバスをチャーター (゜Д゜)
“パレード”のはずなんですが・・・

080103sitifukujin2まぁ、細かいことは置いといて(笑)、神様たちは整然と並んで初詣をなさっておりました。
「ここまでどうやって到ったか?」ということより「ここで何を成したのか?」ということが肝心、、、枝葉末節より成果を見ましょう、ということでしょうか。

■大願成就

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与野公園のご近所にお住まいの方はすでにご存じかも知れませんが、弁天池のほとりに、このような石碑が建っていました。
文字をよく見ると、

『富士登山五十八度』

と揮毫されています。
遠くから撮影したのでよく見えなかったのですが、右脇に「寛政・・・安政・・・」とあり、左脇に「大願成就 澤田屋・・・」と記されていました。察するに、この元号年間に生きていたかあるいはその期間に富士登山をしたか不明ですが、いずれにせよ、江戸後期、澤田屋さんという方が58回の富士登山を成し遂げた、ということのようです。
「千里の道も一歩から」、すなわち「世界の舞台もJリーグから」の教えのような石碑です。
(時間がある時にでも、この石碑の由来は調べて、後日補足いたします) 

■雄弁なる賽銭箱

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ちなみに、ここはお寺です(笑)。
七福神は、神社仏閣それぞれにいらっしゃいますので、お参りしている人からすれば、参拝方法が「ごちゃまぜ」になってしまうのも人情でしょう。
しかし、それでも決まりは決まり、、、「ルールはちゃんと守りましょう」ということで。

■目の覚めるひとこと

某寺院の山門脇にありました。

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なんとも含蓄のある、ありがたいお言葉なのでしょう。

合掌。

ひょっとして、ここの住職様はレッズサポ???

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2008/01/03

新春釣られまショー

元日から、うぃあーなダルマ様に釣られているnigoeです、新春のお慶びを申し上げます。

さて、わが家では毎年、元日には天皇杯の決勝に参戦し、2日は氷川神社、3日は与野七福神に初詣に行くのが恒例となっております。
例年のように、2日は氷川様詣でに行って参りました。
埼玉最大の、日本でも十指に数えられる初詣参拝客数を誇る大宮氷川大社ですが、午前中の早い時間に行くと、意外にも歩を休めることなく本殿まで辿り着けます。今年の大宮駅~氷川神社本殿までの所要時間は約40分。ちょうど私が参拝を終えた直後から参拝規制がはじまりましたので、いいタイミングだったようです。

順調に今年の氷川初詣を済ませ、最寄り駅に到着。
駅に併設されている、浦和レッズ某オヒサルパートナー様の店舗へ買い物に行ってみると、いきなり玄関口にこのようなものが置いてありました。

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縁起の良い商品名です(笑)。
ということで、買ってしまいました。
何故、買ってしまったかと言うと、、、

続きを読む "新春釣られまショー"

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2008/01/01

謹賀新年2008

あけましておめでとうございます。

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世界3位のクラブ・浦和レッズのサポーターの皆さま。
旧年中は、弊ブログをご覧頂き、誠にありがとうございました。
引き続き、生温かい目でお見守りいただければ、幸甚に存じます。
本年も、『中年バンザイ』へのご指導ご鞭撻ご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

さて。
新しい年を迎えたということで、早速初詣に行って参りました。
上の写真をご覧いただければ、おのずと「どこへ行ったか?」はおわかりかと存じます(^^)。
旧中仙道を南に向かって、調神社方面へ歩いていくと、妙に見慣れた光景が視界に入りました。

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元旦から並んでるしww
浦和の正月には、「並び」が欠かせません(笑)。

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並んではいましたが、少しずつ列が動いてくれるので、氷川神社に比べれば精神的ストレスが少ないといったところでしょうか。それでも『狛うさぎ』様のところに辿り着くまで1時間程度かかりました。

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 (つд⊂) ゴシゴシ・・・

 (゜▽゜)凸 お!

例にもれず反応してしまいました。
フラッグの向こうには・・・これまたワクテカな興味をそそります。
気になって仕方がありませんでしたが、とりあえず、参拝を済ませることに。

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本殿は、参詣客でごった返していましたが、皆さまお行儀良く順番を待っていました。さすが並びに慣れていらっしゃいます(笑)。
参拝を済ませ、すぐ先ほどの店へ戻ってみることに。

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なんと!
あの『ダルマ様』の『子ダルマ』がずらりと並んでいるではないですか!

ワタシ:「あの、、、これ、売り物ですか?」
店の人:「そうですよ」
ワタシ:「ください」

金2000円也。
お話を聞けば、いつもピッチに鎮座している『ダルマ様』は、ここのお店で作っており、大晦日にリーダーが来季用の『ダルマ様』を取りに来たそうです。残念ながら、親ダルマの顔の横にある『王国浦和』『浦和の誇り』の文字は、小顔のため(ウラヤマシ)入らなかったとのことでした。
なお、購入後のポイントとして、お店の方曰く、
「親と同じように、目は“ハート”で入れてくださいよ
とのご指導を賜りました(^^)。

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早速、目を入れてみました。

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頼みましたぞ、わが家の『ダルマ様』。

 

Photo追記:
にわかに下記コメント欄で話題となっている『こうのすコロッケ』について、えりぴょんさまより特別投稿が届きましたので、以下、掲載させていただきます。

---投稿はじめ---

つい書いてしまった"こうのすコロッケ"、
県西育ちのワタシもびっくりする近所(増上寺)の光景でした。
そういや、その前の年も同じ場所で見かけたような記憶が、、、

手作り100%の能書きに相応しく、
本当に屋台の中で小麦粉、パン粉をバットに広げて
その場で作りたてを揚げたてで出している姿に、
Photo_2 “こうのす”のプライドを見ました^_^;

こうのすコロッケ120円、
メンチ150円、
どちらもタイヘン美味しゅうございました。

ぜひ、県北の地で探してみて下さいませ。

---投稿おわり---

おお!食べてみたい!
ウチの近所での出店を求めます。

えりぴょんさん、情報ご提供ありがとうございましたm(_ _)m

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