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2007年10月の15件の投稿

2007/10/30

07【HOME】第30節@名古屋戦

071028nagoya1 美園の駅を降りて、お気づきの方も多かったことだろう。
ACLも決勝進出を決め、さらにリーグ戦も佳境に入ったことから、「いよいよ」感が高まる演出がそこかしこに。
ビール会社企画の“作文”・・・どこをどう語れば良いのか、語り尽くせず困る方も多いのでは(笑)。

 

071028nagoya2駅を出たところにも様々なアイテムが。歩道の街灯に掲げられているフラッグだけでなく、果てはマンションのモデルルーム(!)の壁面まで・・・これには恐れ入谷の鬼子母神(^^;

抑えきれない気分の高まりは、当然ながらスタジアムにも。調整池周辺の街灯下に取り付けられているスピーカー。音が鳴る代物なのかも怪しいくらい長年沈黙を守っていたこの装置から、突071028nagoya3然唄が流れ出して驚愕! ((((;゚Д゚)))。初めて聞こえてきたその音色からは、誰が唄っているのか「♪ALL COME TOGETHER~」のフレーズ。これまで経験したことのない演出に少々戸惑いながら(笑)、台風一過のぬけるような青空の下、開場の時を待つことに。

場内も、先日のACL準決勝の死闘の余韻が残っているかのような活気が感じられた。コンコースにあふれる人、人、人、、、好調のチーム、未知なるステージへの進出への期待感に満ちている表情。かたや前日、2位のガンバが清水に完敗したこともあり、気分の高まりがありながら楽観が同居する、どことなく緩んだ雰囲気も。。。

071028nagoya5そんな期待感と、2位の敗戦と、下位を彷徨うこの日の対戦相手。
オールドサポの方に、これを言うのも「釈迦に説法」か・・・こういう状況が、一番危険なのだと。
加えてこの日の相手が名古屋というのも何かの因縁。こちらの優勝が懸かっている時に、いつも立ちはだかる相手。「俺たちは、浦和レッズだ!」とリーダーが言い放ち散った2003年の瑞穂、2004年はナビ杯準決勝と記憶に新しい「駒場の敗戦優勝」、ああ、「負けないよ」の2002年相手も名古屋だった・・・orz.
ただでさえ危険な状況に、相手も相手、、、「何か」を予感した人も多かったはず。

071028nagoya6 厄介なもので、その予感は的中。
ただし。
気合いの空回りや楽勝ムードや因縁の相手、というそれらの“周辺条件”だけが要因ではなかった。
疲労。
これが、選手の動きから精気を奪っていったのは確かだった。
120分間の死闘を終えてわずか4日では無理もない。試合開始 早々からヨンセンに襲いかかられる浦和ゴール。幸運にも惨事071028nagoya7には到らなかったものの、その後も試合終了まで同じ調子で押され気味に。。。

 シュート数:レッズ4 名古屋12
 GK数:レッズ18 名古屋6

このスタッツからも、押されていた展開が裏付けられる。引き気味の名古屋中盤がピッチに網をかけ、レッズのパスを一網打尽。これではレッズの前線にボールが供給されるはずがない。ロビーも疲労のためか精彩を欠いていた。時間の経過とともに間延びするレッズの中盤。おそらく、名古屋としては、名目は何でも良いから「浦和阻止」が合い言葉のように、意思統一の図られた組織だった守備と、攻撃に転じてはヨンセンを起点に前線へ展開するシンプルな戦術で臨んできた。しかしそのあまりにも明白な戦法はたちまちレッズの知るところとなり、「そこを抑えれば」難を逃れることはできた。また幸いにも名古屋のシュートはほぼ「練習」モードと化してくれた。精度の低さに助けられながら、そして藤田も玉田もベンチ温存という摩訶不思議で得点の匂いがしない凡戦は、時間だけが淡々と過ぎていくのみだった(ただ、後半、緊急配備された右WB・永井の後方が狙い撃ちされていたのは冷や汗もので・・・永井だけの責任ではないにせよ、恐怖に満ちたエリアだった)。

071028nagoya8レッズとしては内容に乏しいと評されても仕方のない展開。しかし内容が貧相だろうが何だろうが、事ここに至っては結果大事。疲労を引きずった肉体で闘いながらも最低の結果(=勝ち点1)を手にすることができる、こういう「粘り腰」が必要な試合に結果を残せる強さが、今のレッズにはある。気まぐれな埼スタの“引き分けの神様”が、ひょんなところで、またもおいでになってくださった、とでも言おうか。。。今回は助けていただいた、と感謝することにして。
2位ガンバとの勝ち点差が「6」と「7」では大きく違う。
この試合で得た勝ち点「1」は、勝ち点「3」と同等の価値がある。2試合分+αのアドバンテージを得ることができたことは、リーグ連覇実現への弾みとなったことは確かだろう。

しかし。この数日の闘いで得た『ACL決勝進出』と『勝ち点』と引き換えに、大きな代償を払うことになってしまったレッズ。
闘莉王、暢久の負傷離脱。
ワ級の「過剰なパフォーマンス」。
負傷者に対しては、甘んじて現実を受け入れざるを得ない。みな生身の人間なのである。このような事態は“闘い”の最中では決して不測のものではない。逆境に活路を見いだしてこそ、真の力が試されるというもの。今節の後半右サイドへの手当方法については改善の余地大であることが判明しただけでも良しとしたいところ。現有戦力を結集して闘いつつ、負傷者の一日も早い回復を願うばかりである。

ワ級に関しては・・・以下私見として。
この一件を、「会社組織」に喩えてみた。
責任を取るのは、社員ではなく上司や経営者。結果を追求されるのも上司や経営者。
会社は社員のものではなく、株主のもの。「会社は社員のもの」と言えば聞こえは良いけれど、それを続けていけば、『ハゲタカ』よろしく会社の体力が蝕まれてしまう、今はそんな時代。会社を守るためには、株主に損失を与えぬこと、外敵から組織を保護すること、免疫力を高め内なる体力を増進すること、などの手段を講じるのは定石。
レッズにとって株主とは・・・喩えて言えば、“サポーター”。
社員が世代交代しようが、経営陣が入れ替わろうが、劇的に変わることが少ないのは株主の顔ぶれ・・・な話はさておき(^^;。
「株主の利益を守る」・・・そう考えると、「引き分け狙い」と言われようがオジェックのワ級交代の判断は自然であり(監督自身は引き分けを狙ったつもりはないらしい)、さらに、血気に逸るあまり負傷を悪化させるという損失を防ぐためにも妥当だったと私は思う。
報道の内容はともかく、今はワ級の頭が冷えるのを待ちたい。指揮官は名高き“鬼軍曹”、「泣いて馬謖を斬る」の事態だけは避けて欲しい。

071028nagoya9 外なる敵、内なる事情を抱えていても、厳しい闘いはつづく。
現在、これまでの努力が報われている状況にはあるけれど、言わずもがな、ここは「生き馬の目を抜く」世界。油断の無きよう、ひとつひとつ着実に「次」に進みたい。
以前、同じようなことがあった時、こう書いた。
「敵の刃や鉄砲玉が飛んできている最中に、誰彼にワガママや文句を言っている暇などあるはずがない。」と。
一番大切なこと、それは、「相互理解」。
話し合ってお互いを理解し信頼し支え合い、心をひとつにすること。

“ALL COME TOGETHER”は、ただ集まればいい、というものではないはず。
2007act_banner2_2クラブも選手もサポーターも、そして地域も、、、
すべてのものが、心をひとつにしてはじめて、成し遂げられるもの。
私たちを、仲間を、信じましょう。
がんばりましょう、最後まで。

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2007/10/26

07ACL準決勝【HOME】城南一和戦

もっと遠くへ、もっと高くへ・・・夢の世界へ、共に行こう。

071024seongnam1 13時前。美園駅から南門までの歩道は、これまでの平日ACLホームゲームの出足に増して、多かった。あれこれ苦心して都合を付けてやってきた人々。これだけではない。この日は午前10時からスタンド内でのセッティング作業もあった。午前中に仕事があり私は手伝うことができず。早い時間から作業に携われた皆さまには心より感謝いたします。
今日のこの日の決戦への意気込みと覚悟が、スタジアムの内外において満ちあふれていた。

071024seongnam3予想どおり、当日抽選には、クジが無くなるのではないかという数の人々が並んでいた。一瞬、自分が引く分が無いのではと焦るくらいの人の多さに加え、注意するにも収拾が付かないくらい平然公然とグループ全員でクジを引く人多し。このような人々にモラルを問うのが不毛であれば、このあたり、もう少し運営側も毅然として欲しいところではある。

071024seongnam2千葉戦終了後の呼びかけに応え、旗を持参する人々の姿を多く見かけた。不肖自分も5本の旗を持参。ひとりで運搬するにはこれが限界だが、終業後に駆けつける仲間の分はまかなえた。周りを見渡せば、スーツ姿に大旗用の金属ポールを持ち歩きやってくる猛者も。普段、社会では善良なサラリーマンも、ここではひとりの戦士。その“誇り”が伝わってくる姿に、武者震いがする思いがした。

071024seongnam4抽選数の多さにもかかわらず、引き込みから入場まで見事に順調に行われるところは、さすが埼スタ運営。さしたる混乱もなく入場。予想どおり座席確保は熾烈を極めたものの、幸運にも空席を確保。その後はボーイズマッチもないピッチを眺めながら、仲間の到着を待つ。静かにエネルギーを充填しながら闘いの時を待つのもなかなか悪くない。不思議なもので、心地よいプレッシャーというものからは逃げたくないものだ。むしろ「その時よ早く来い」と心逸る。逆にその気持ちを抑える作業もまた楽しい。

071024seongnam5コンコースやスタジアムの内部にも、今日のこの日を迎えるための「用意」がそこかしこに。対戦相手のチームカラーを意識したのかどうかは分からないが、少なくとも「赤」を前面に打ち出している意識だけは充分に伝わってきた。こういう演出を見ているだけでも、静かな闘志が湧いてくる。
場内視察の審判団には、お約束の『拍手』。東洋式の深々としたお辞儀で応えてくれた審判も。さて、いけるか。。。

071024seongnam6夜の帳が降りた空を見上げてみる。 前日は十三夜。丸い秋月が上空から、煌煌と光を放ちながらわれらが赤き要塞を見守っている。月を眺めていると、自然と願いをかけたくなるのは何故だろう。神が宿っているかのようなこの夜の月にひっそりと、私も願ってみた。「まだ見ぬ世界への扉を開くために、どうか力をお与えください」と。

071024seongnam7練習開始、選手紹介・・・淡々と時間は過ぎていきながらも、スタンドの密度は濃くなっていく。決戦に備え持参した旗を振ってみる。実のところ、過去の「フラッグデー」の試合結果には、あまり良い記憶がない。しかし、そんなジンクスはいつかは払拭しなくては。今日が「その日」と心に決めていた。だから、負け続けていた頃や悔しかった頃のOSCフラッグを多く持ってきた。これらの時代を「清算」する夜が、ようやくやってきた。

待ちに待った、キックオフ。
071024seongnam8この場に立ち会う者の、目を心を、すべてを惹きつける緊迫の闘いが始まった。
しかし・・・どうしたことだろう。
終始、試合の成り行きを集中力を途切れさせることなく見守っていたつもりだったのだが、今にして思えば、細かい内容を私は覚えていないのだ。

冷静では、いられなかった。
「死に物狂い」に似た、そんな思いだった。

071024seongnam9誰よりも大きな声を出そうと必死だった。
やはり北ゴール裏とは言え、様々な人が集う。試合中、雑談している人や、写真撮影をしている人がいた。その人の分まで自分が声を出し、跳ねてやるんだと必死だった。特にブーイングの時など、端から見れば「頭がおかしいんじゃないか?」というくらい、馬鹿のように大声を出していた。正直、見苦しい姿。女を捨てた醜態と言ってもいい。しかし、隣にいたダンナは、そんな私を制止することは一切無かった。有り難かった。恥じらいもない姿で、心の中はどんどんストイックになっていく自分を感じながら。071024seongnam10

そんな私の空回りな気持ちとは無関係に、ピッチの上での闘いは展開されてゆく。
断片的な記憶のなかで、今も覚えていること。
「勝つために骨折しないといけないなら、もう一度骨折してもいい」と語っていたワシントンが先制してくれたこと。
城南は強く、よく浦和を研究していたこと。モタの不在が逆に城南の前線を活発化させ、ボールを悉く拾い、早いパス回しで浦和071024seongnam11守備陣を翻弄し、後半同点、そして逆転し形勢を逆転したこと。
浦和攻撃時、前線までのボール運びが遠かったこと。守備時においては中盤のプレスが機能できなくなっていたこと。
その後、長谷部が同点弾を叩き込んでくれたが、すでに、同点勝ち抜けのアドバンテージが消滅していたこと。
浦和の運動量はますます落ち、延長戦突入。両者決め手を欠く展開のまま、PK戦へともつれ込んだこと。

特に延長戦の記憶は、まるで抜け落ちたように覚えがない。
延長戦が終わった時、南側ゴール裏からバックスタンドを通って、大旗が駆けてきた。
「早く・・・早く・・・」
とつぶやきながら、北の私たちは、再びビジュアルシートを掲げ、南の大旗の到着を待った。間に合った。

昨年末の天皇杯・磐田戦以来のPK戦。そう思い起こすと、私には、妙な悲壮感は湧いてこなかった。あの時の「何か」がまた都築を守ってくれるような、そんな確信めいた気持ちが次第に大きくなった。重圧に押しつぶされるというよりは、浦和の選手を守り、相手を気迫で押しつぶしてやろうとする闘争心が俄然湧いてきた。

(逆転を許した時や延長で押し込まれた時は)
「正直、途中で心が折れそうになった」
                         (長谷部 試合後のコメント)

折れかけた心、全身が攣って動けない体・・・今まで経験したことがないほど、心身共に憔悴しきった選手たちを突き動かしてくれたものは何だったのだろう。

それは、「愛」ではないだろうか。

071024seongnam12「選手のために」「サポーターのために」・・・互いのために、互いに尽くそうと全身全霊を傾ける献身的な愛情が、大きな力を生み出してくれたような気がする。その想いは「強い意志」となって、都築に、そして浦和キッカーの5人に力を授けてくれた。
“We are Reds.”--- 私たちはレッズ。レッズとして「ひとつ」。
サッカーを愛し、クラブを愛し、サポーターを愛する心が強かったわれらこそ、勝利を手中にする権利があったのではないだろうか。

071024seongnam13 夢のような現実。
昨年、リーグ優勝した時に、こんな泣き虫とはサヨナラしたつもりだったが、、、拭っても拭っても、頬を伝わる涙が止まらない。声にならない“We are Diamonds”。
闘いも終わり、フラッグケースに収めようと、床にしゃがんで丸めていた昔の旗を眺めては、また涙。床に顔を伏せて慟哭。「(イスラムの)お祈りの練習か?」と、周囲にからかわれる始末(笑)。今思えば、少々壊れてしまったのかも知れない。

071024seongnam14 なりふり構わず、私なりに闘った。
私だけではない、みんな、、、みんなが必死だった。
それが結果に結びついた充実感に満たされて、どの顔も輝いていた。
そして、どの顔も誇らしげに、笑顔に包まれながら家路についた。

「浦和レッドダイヤモンズ 世界に輝け」

2007act_banner2_2この唄が、現実になるまで、あと一歩。
夢の舞台へ、共に立ちましょう。
がんばりましょう。

 

071024seongnam15 追記:
美園駅に着いた頃は、時間的に危機的な状況に。
臨時改札も閉鎖されたことによる、大混乱の美園駅からの脱出と、その後の乗り換え接続に少々焦りました。
同じ市内なのに、帰宅したのは0時半。
SRとJRには、臨機応変な対応を求めたいところです。
その帰りの車中で、「佇まいが不自然な皆様」が、全くサッカーとは関係のない話をしながら、屈託のない笑顔で談笑しているところに居合わせましたが、、、
サッカーへの愛情がより強い者にこそ、この試合に勝利する権利があったのだと、あらためて思った次第でした。

071024seongnam0 追記その2:
右から順に、善光寺、東大寺、建仁寺、の身守り念珠。
その他、太宰府天満宮、鵜戸神宮、東大寺、筑波山神社のお守りを身に携えて。

神仏のご加護は、絶大でした。

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2007/10/23

07【AWAY】第29節@千葉戦

071020chiba1『フクアリ狂想曲』とでも名付けようか。
試合そのものもドタバタものだったが、私にとっても試合前から大忙しの疲労困憊ものだった。仕事も手に着かず何日も金券屋を回り、PCに穴が空くほどにらみつけては情報をかき集め、あまりの疲労で眼も頭も疼きだし、万策尽きて投げ遣りになっていた、試合当日の朝・・・「チケット確保」の報が入った。俄に信じられずしばし呆然。急ぎ支度をして家を飛び出すことができた。サポートを始めて十数年、チケットを入手するのにこれほど精魂使い果たしたことはなかった。しかし、努力はするべきものだとも知った。捨てる神あれば拾う神あり・・・人様の情けに感謝感激の一日となった。チケット確保に奔走してくださったSさん、現地でお世話になったI&Tさんに、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

071020chiba2 開場1時間前から立たされたままで過ごす待機列。みな辛抱強く開場の時を待つ。その堪え忍ぶ心理を逆撫でするような、千葉県警機動隊員の配備数。デッキ上部や列周辺からわれらを監視する威圧的な態度。もはや客扱いを放棄した待遇に腑が煮える思いがするものの、粛々とゲートを通過し、席へと進む。「秋の日はつるべ落とし」、入場する間にどんどん陽は落ちていく。日没後も解消しない待機列・・・30分早めたとはいえ、このような暗い入場列の光景を見たのは、2004年のCS以外にあまり記憶にない。時節への配慮はあったのだろうか。

071020chiba3そんな中、仕方なしというべきか・・・入場ゲート付近で機動隊と揉めて騒然となった光景に2,3度出くわした。感情的に衝突したのか、はたまた突破しようとしたのか、細かい理由は私の知るところではないけれど、このような事態を何かしら「誘っている」雰囲気を醸し出していたのは確か。起こるべくして起こった事態として、チケットの販売方法や席割り等の問題も含め、千葉運営側には改善を求めたいところ。

071020chiba4 入場から練習開始までの間も短く、通路も忙しなくて、どことなく落ち着けない。赤い波を飲み込みきれずに溢れかえったアウェイゴール裏の状況に、ようやく運営側も重い腰を上げ、緩衝帯スペースを明け渡す。しかしそれでも赤ユニに黄ユニが挟まれているという奇妙な光景は残った。ここに鎮座していたジェフサポの心境やいかにといったところ。
かたや、相変わらずフクアリの照明は暗い。ピッチだけでなく客席も暗いので、少々視力に自信がないと足下が不安。特に階段は危険。毎度ぼやかされるが、最新のスタジアムなのに何故にこのような安普請的で、不安な構造にしてくれたのかと思うことしきり(ちなみに2007年度グッドデザイン賞受賞なのだそうで)。

071020chiba5 こんなくだらないことをあれこれ考えてるだけで時間が過ぎ、スタメン発表。レッズは左DFには代表参戦していた坪井ではなくネネ先発。永井免停のため、ワ級&達也の2トップ。対するジェフは、水野の状態が芳しくなくベンチ外。その入れ替わりのように羽生復帰で、純国産メンバー先発。特に阿部や移籍がささやかれる水野への意識からか、ジェフのゴール裏の横断幕には強烈なメッセージ。特に背番号6を意識した“下村Day”の色合いが濃く伝わってきた。

「浦和は60分しか体力が続かないことは分かっていた」(千葉:アマル・オシム監督)
「サッカーでは、チャンスを決められないと罰を受けるものだ」(浦和:オジェック監督)

この二人の指揮官の言葉が、この試合を端的に表現していると思った。

071020chiba7試合は立ち上がりから双方の運動量が激しかった。特にレッズは中断期間の休養の効果がよく見て取れ、序盤戦から期待が膨らんだ。そんなレッズを迎え撃つジェフも意気揚々さが漲るプレーを見せつけてくれていたが、いささか勢いが過ぎた深いタックルを見舞ったり、気持ちが先走しるためかボールに触るより先にレッズの選手に体当たり・・・激しいチェック&チャージの連続は、観ている側にとってはケガが心配で心臓に悪い。特にロビーにボールが渡ると私の中に緊張が走った。もの凄い勢いで迫り来る黄色いユニフォーム。しかしその動きを予測し、逆に相手の動きを利用して、引き付けてかわす彼の技術には唸らされた。ロビーの動きに呼応するように、この日は2トップだけでなく長谷部も積極的に後方から前線へボールによく絡んでいた。それに触発されてか、久々に闘莉王も前線に頻繁に出張(笑)。荒々しさはあるものの、スピーディかつがっぷり組んだ緊張感ある展開を、固唾をのんで見守った。

071020chiba6 先制点は、レッズ。右サイドに侵入した長谷部のクロスをワ級が巧みに決めた。相手を背負っても良し、引き連れても良し、混戦の中におけるワ級砲のゴール着弾率の高さには誠に恐れ入る。先制点を手中にしたところで精神的に楽になったかに見えたレッズ陣営だったが・・・ここは未だ勝利を挙げていないフクアリ、「ここでは勝たせない」というホーム・ジェフの意地に火が付いた。執拗なフォアチェックに手を焼くレッズ守備陣は、徐々に自陣に押し込まれ、跳ね返したボールは悉くジェフの選手に拾われて波状攻撃を受ける羽目に。一瞬、啓太の油断を狙われてしまい、ゴール真ん前でパスをさらわれた時には心臓が止まりそうになったが、神のご加護か事無きを得た。
しかし、このファイト有り余るジェフの選手のプレーは、最も恐れていた負傷者を生み出す事態を招くことに。追加点の際のワ級(鼻骨骨折)、佐藤勇・・・プレーに勢いがあるのは悪くないが、オーバーヒートしすぎると危険な罠がピッチに潜んでしまうものだ。過ぎたるは及ばざるがごとし、である。

双方、ケガ人による交代を余儀なくされて、後半開始。
この交代が機能するまでの時間が、この試合のひとつの節目となった。ジェフの中盤が迷っている間隙を突いて、後半4分、ロビーが3点目を挙げる。これで精神的にも形勢的にも優位に立ったレッズ・・・のはずだったが。

前述の両監督の言葉が、この先の試合展開を物語ることに。
安心したのか、集中力を欠いたのか、、、啓太、達也と決定的なゴールシーンを決めきれず。後半早々の3点リード・・・このリードが、実は選手だけでなくゴール裏にも楽観的な空気を呼んでいたようだった。大きな溜息が漏れ、頭を抱えていたサポは多数あったが、次の瞬間には「やれやれ」といった笑い声が。もしこの時点で同点あるいは1点差の展開ならば、外したゴールに余裕の笑みなど見せられないはず。1度ならず2度も連続して決定機を外せば、おのずと負の流れに傾き出すことぐらい百も承知のレッズサポのはずなのに・・・。
意地に勝るジェフは、その隙を見逃さなかった。都築と闘莉王の間をタイミング良く突いたレイナウドにゴールを奪われる。失点して少し気を引き締めた様子で反撃に出ようとしたレッズだったが、どこか噛み合わない。アマル監督の言う「60分しか続かない」ものは、“体力”よりも“集中力”だったのではないだろうか。パスミス、トラップミス、球際の競り負け・・・徐々にチグハグ感が漂いだした。
2失点目は偶然の要素もあったが、蹴り込んだ羽生以外は誰も反応できなかったところを見れば、やはり油断が生み出したものと言わざるを得ない。
その直後、畳み込むように左サイドに走り込んだ山岸に蹴り込まれる危機に見舞われ、一瞬背筋が凍ったが・・・バック副審の旗がいち早く揚げられたのを私はすぐに確認できた。命拾いした思いがした。
その判定に気付かず、ホームゴール裏で大喜びする山岸の姿を見ながら、ジェフの選手がこの一戦に賭けていた思いを見たような気がした。この時点でジェフの選手の気力と勢いが、レッズの選手のそれを凌駕していたことを如実に表しているシーンだった。

レッズは自分たちでリズムを崩してしまったうえに相手に勇気を与えてしまった。それに加え、ワ級交代の戦力ダウンも影響してしまった。前線でのポストプレーが機能しなくなり、相手陣内でのタメが無くなってしまった。

「後半から小池が入ることになるが、彼はまだ若い。なので、ポンテから小池ににサポートの声をかけてほしいと言った。特に、相手ボールの時の動きについてだ」(オジェック監督)

投入当初は、突破を見せたり当たりの強さを見せてくれた小池だったが、気負い過ぎて空回りしたのか、前線で寸詰まり状態となってしまったり、どこか達也とロビーとの距離感がつかめない様子だったりと、徐々に“迷子”のようなプレーに陥ってしまった。しかし、空回りしているかと思えば、逆にボールを奪われたあとの対応は淡泊だったり、、、おそらく「舞い上がって」いたのだろう。「特に、相手ボールの時の動きについて」というオジェックの懸念は当たってしまった。今にして思えば、時間の経過とともにパスを出さなくなったロビーのプレーは、小池を当てにせずに動いていたのかも知れない。
だが、突破の動きや体の強さには将来に期待を抱かせるものを持っていると私は思った。初めから思い通りにできるなど、そんな都合の良い現実などそうそう無い。今後に期待したい。

071020chiba11 同点の3失点目を辛うじて避けられたレッズ。冷や汗をかいて集中力を取り戻したのか、徐々にペースを掴みだしてきた。ロビーOUT堀之内IN。「まずは守備で」自分たちのリズムを蘇生させるレッズの常套手段は、ここで効いた。最低でも1点リードを守り抜けば勝ち抜けられるのだから、堅固な守備を持続さえすれば、機を窺ってカウンターで追加点も狙えるというもの。これが今季のレッズの強さなのだ。目論見どおり終盤で4点目ゲットに成功。
今度は、ピッチ上の選手たちもゴール裏も、緊張の糸を緩めることなく、終了の笛が吹かれるまで集中して闘いきることができた。お互い、試合中に修正し大惨事をすんでのところで食い止めることができた。。。

071020chiba8 まさに自作自演のドタバタ劇。ピッチの上も、ゴール裏も。
6,7点入ってもおかしくない、楽に闘えたであろう展開を、自分たちでややこしくしてしまったことは反省しなくてはならないだろう。達也の追加点がなければ、まさに薄氷を踏む思いだった。来るべき城南一和戦では、わずかなミスが命取りとなる。この試合で得た教訓を良い薬として活かしたい。

リーダーが呼びかける。
071020chiba12「水曜日、家にある旗、ゲーフラを全部持って来てくれ」と。
私たちにできるのは、そんなことぐらいしかない。
でも、そんな小さな力でも結集すれば、ひとつの大きな赤い波が生み出されるのである。

水曜日の対戦相手も、奇しくもイエローカラーのチーム。
しかし今度は、赤き魂の要塞・埼スタ。
浦和レッズの新しい歴史の扉を、共に力を合わせて開けましょう。2007act_banner1

『彼ら』の思うようには、絶対にさせない。

 

 

071020chiba9_2 追記:
試合後の選手挨拶。
アウェイ側のホーム自由席に挨拶にやってくるホームチームの選手たち。
滅多に拝めない、ちょっと珍妙な光景です。
 #昨年の京都で逆の立場でしたが・・・(^^;

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2007/10/18

今年もやります@07第1回『皮算用』

取らぬ狸の皮算用。

当サイトでも秋の風物詩となりつつある、この企画。
今年は雑事に追われまして、残り6節という終盤での「第1回」となりました。
だいぶ狙いも定めやすくなった時期・・・と、思いたいところですが、さにあらず。
今シーズン、われらが浦和レッズはACLを闘っている最中であり、他チームとの試合数の違いが、何らかの影響を与える可能性がありそうだということが予想されます。

今回は初回ですので、第28節までの現状確認と今後の展望について、簡単に予想してみます。

 (※すべての表について、クリックすると拡大します)

1.戦績データ(第28節終了時点)

071018data1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

J1全チームの、現時点での戦績データをおさらいしてみました。
残り6試合全勝したとしても、積み上げ可能な勝ち点は最大「18」。すなわち現在の浦和の勝ち点64に対し、全勝すれば辛うじて並ぶのが柏となりますので、上表の分割線が示すように、
 ・1~5位:優勝争い圏内
 ・6~15位:中位力
 ・16~18位:降格圏内
と、現時点で3分割できそうです。

2.対戦カード(第28節終了時点)

071018data2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

25節~最終節までの10節について、現時点(28節)における対戦カードの勝敗状況です。
28節までのチーム名(太文字)の色分けは、
 :勝利  :引き分け  :敗戦  水色セル:アウェイ戦
を示します。
浦和は、苦しい連戦の中でもしっかり結果を残しており、ひとまず安心。
上位5チームのうち、鹿島までは勝利(赤文字)が多いですが、清水、柏は少々元気がないようです。このあたりは今後1節1節で差が出て来そうな気配がします。
ここで、“中位力”のチームの中から、ここ最近の戦績を参考に今後「注目」となりそうなチームをピックアップし、今後の上位チームとの対戦状況から、優勝争いの展望を探ってみることにします。

3.対戦カードの注目点(第29節以降)

071018data3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6~15位の中位力チームのなかで、
 ・25~28節の間で1敗しかしていないチーム
をピックアップしたところ、

 磐田 川崎 千葉 F東京 名古屋

の5チームが該当しました。
特に千葉は、23節以降6連勝、と波に乗っています。

残り6節の対戦カードにおける着目点は、昨年の「皮算用」での考え方同様、簡単に以下のポイントに集約できます。

 ・上位チーム(赤セル)同士の“つぶし合い”
 ・地力のある中位力チーム(黄セル)の“逆襲”
 ・降格がかかった下位チーム(緑セル)が“窮鼠猫を噛む”

この考えに基づいて、上位5チームの今後の対戦相手をクラス別に単純カウントしてみますと。。。

  • 浦和・・・・上位=2中位3、下位=1
  • G大阪・・・上位=1中位=2下位=1
  • 鹿島・・・・上位=3中位=1下位=0
  • 清水・・・・上位=3中位=1下位=0
  • 柏  ・・・・上位=1中位=1下位=2

となります。
浦和は、厄介なことに、今後すべての対戦が、注目チームと当たります。しかも決して与し易いとは言い難い“中位力”チーム(千葉、名古屋、清水)が続きます。油断禁物です。
G大阪は、比較的対戦カードに恵まれているようです。昨年は“いばらの道”のような対戦の連続でしたが、今年は上位は1チームのみ対戦、ラスト2試合については当サイトの分類外のチーム(神戸、広島)との対戦となっています。しかし、32節までに浦和が4連勝すれば「浦和王手」となり、かたや神戸・広島の今後の戦況によっては「牙を剥いてくる」相手ともなるため、こちらも楽観できない状況でしょう。
鹿島、清水は、上位3チームとの対戦を残しており厳しいところ。まさに“つぶし合い”が展開されることが予想されます。
柏は、対戦カードの内容に関わらず、もう1敗も許されない状況です。

この表を見て、“カギ”となるチームは、この短期間に、上位5チーム対戦のうち3試合もの対戦カードに絡む、清水、鹿島、千葉、と予想されます。

4.優勝ラインの行方(第28節終了時点)

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この表を見てすぐにわかることは、柏は1敗した時点、あるいは浦和が1勝した時点で、残念ながら優勝の可能性が潰え、優勝の行方は上位4チームに絞り込まれます。
残り6試合を、どのような勝敗数でいくのか、予想したいようなしたくないような気分ですが(^^;、2位ガンバの勝ち点の上積みの可能性は最大「76」ですので、勝ち点「76」以上が浦和の確実な優勝ラインとなるのは、簡単に予想できます。
つまり、

 ・3勝3分=勝ち点76(ただし、得失点差がG大阪を上回った場合)
 ・4勝2敗=勝ち点76(ただし、得失点差がG大阪を上回った場合)
 ・4勝1分1敗=勝ち点77
 ・4勝2分=勝ち点78
 ・5勝以上=勝ち点79以上

 щ(゚Д゚щ)カモォォォン

今回は、このくらいにしておきましょう(笑)

5.今後の試合日程(第29節以降)

071018data5

 

 

 

(※表クリックで拡大します)

「今年最大の懸案事項」とも言える、試合日程。
今回は、確認の意味を込めてアップいたします。
浦和は、日程が前後する可能性のある天皇杯を含め最大10試合あり、特に鹿島の7試合に比べれば、3試合も試合数が多いことになります。
また浦和にとって、天皇杯は史上初の3連覇&再来年のACL出場が懸かっているため、当然のことながら落とせない試合です。特に毎年緒戦(4回戦)は難儀していますので・・・。
11月の日程は、かつてないほどの過酷なものとなりそうです。

この日程が、吉と出るのか凶と出るのか。
まずは、目の前の千葉戦、必ずや勝ち点3をもぎ取りましょう!

そのためにも、がんばってチケット探さねば。。。(^^

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2007/10/15

魅惑の『鉄道博物館』

2007年10月14日。
浦和パルコよりも、咲いたまつりよりも、、、
ずっとずっと、私のココロを掴んで離さなかった「あの場所」へ、行ってきました。

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 鉄道博物館。

 キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ッ!!!!

ダンナが午後から出張で出かけてしまい、ひとりぼっちの日曜日。

つまらん。

じゃあ、、、
ってことで、発作的にチャリに乗ること20分あまり。“大成”界隈には『極楽湯』に一度行ったくらいであまり用事もなかった(笑)のですが、これからは足を運ぶ機会が増えそうです。

今回は鉄夫を出し抜いての「お忍び」ですので、ざっと「下見」程度の見学にとどめました。
ですので、今後の楽しみのためにいくつかの施設見学は割愛しております。

以下、個々の展示のご紹介は、「皆さまがお越しになってのお楽しみ」ということで最小限にとどめ(というか、あまりに展示品目が膨大でできません/笑)、私の私見偏見にて気になった展示と館内のだいたいの雰囲気を、写真中心にお伝えできればと思います。

しかし、、、読者の皆さまの中には、
「自分が行くまで楽しみにしておきたい!見たくないっ!」
と仰る方もいらっしゃるでしょうから(お気持ちよくわかります)、その場合は下記の折り畳み部分は読まずこのままサイトごとスルーしていただいても結構ですので、また次回お会いいたしましょう(笑)。
「ちょっとだけ・・・」ご覧になりたいと仰る方は、チラリ見するなりスクロール速度を速めるなりして工夫なさっていただければ幸いに存じます。

そこで・・・私の感想をひとことで表現すると。

悪いことは申しません、
一度は見に行ったほうがよろしいですよ。

では、以下、ご覧になりたい方は、つづきをどうぞ。。。

 

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2007/10/12

【AWAY紀行】まほろばを訪ねて(3)東大寺二月堂編

真夏の紀行文を、こんな秋まで引っぱってしまいました(詫;

かなり間が空いてしまいましたが、

 「大和は国のまほろば」

平城の都・奈良のトボトボ歩き紀行の第3話です。
 #(1)三条通~興福寺編はこちら、(2)東大寺大仏殿編はこちらをどうぞ。

【 2007年8月16日 11:50ごろ 大鐘(鐘楼)付近】

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前回の“東大寺大仏殿編”につづき、今回は、東大寺境内の東方、若草山麓を訪ねます。手向山八幡宮の参道鳥居の手前から左手の坂道を登ります。

 

 

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石段の向こうに鐘楼が見えてきました。鐘楼周辺の広場は、大仏殿の人混みと対照的に驚くほど静寂。このような静謐をかような場所にこそ求めたいものです。しばし静けさに心を委ねたのち、近くの茶店で中食。きつねうどんを注文。観光地の中心地ゆえ少々高価でしたが、期待どおりの素朴な味で満足。
茶店を出て、さらに炎天下の緩い石段を登っていきます。 

【 同日 12:20ごろ 上院(若草山麓)

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石段を登ると、空間が開けました。石段正面から最初に見えてきたのが法華堂(三月堂)、奥に二月堂、写真右にフレームアウトしていますが、三昧堂(四月堂)があります。

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左写真が法華堂(三月堂)、右写真が三昧堂(四月堂)。
このあたりは東大寺の起源とされる金鐘寺があった場所とされています。金鐘寺には、8世紀半ばに羂索(けんじゃく)堂、千手堂が存在したことを示す記録があり、このうち羂索堂が現在の法華堂を指すと見られています。
法華堂(本尊は不空羂索観音)は、毎年陰暦三月に法華会が行われることから、三月堂とも呼ばれています。天平仏の宝庫として知られ、743年までには完成していたと思われています。参道から向かって左(北)側の仏像が安置されている棟が天平時代の建築で、右(南)側の礼堂部分は鎌倉時代の1199年頃に老朽化のため再建したものとのこと。
三昧堂(本尊は千手観音像)は、毎年陰暦四月に法華三昧が行われることから、四月堂とも呼ばれています。木材部分には朱塗りが施されています。撮影時に、何ぞ願い事でもあったのか、ちょうど鹿がお参りに来ておりました。
時間がいよいよ迫ってきたので、さっと見回して二月堂へと向かいます。

【 同日 12:30ごろ 二月堂】

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070816nigatudo4陰暦二月に“お水取り”で有名な『修二会(しゅにえ)』が行われることから、二月堂と呼ばれています。中世までの戦火からは辛うじて免れてきたものの、江戸時代(1667年)の“お水取り”の最中に失火してしまい、現存するのはその2年後に再建されたものだそうです。
一般に二月堂の修二会は“お水取り”“お松明”が代名詞となっていますが、他の修二会との区別のために『東大寺修二会』(Wikipedia)と称されることもあります(他に薬師寺修二会[花会式]、新薬師寺修二会[おたいまつ]、法隆寺修二会、長谷寺修二会[だだおし]などあり)。

東大寺の『修二会』の法要は、正しくは『十一面悔過(じゅういちめんけか)』と呼ばれるそうです。本尊は大観音(おおがんのん)、小観音(こがんのん)と呼ばれる2体の十一面観音像で、何人も見ることを許されない絶対秘仏とのこと。「天下泰平」「五穀豊穣」「万民快楽(ばんみんけらく)」などを願い、天下万民になり代わり懺悔(さんげ)の行を勤めるものです。前行(2月20日~28日)、本行(3月1日~14日)をあわせてほぼ1ヶ月、準備期間を加えれば3ヶ月にも及ぶ大きな法要となります(参考:東大寺HP
大仏殿では国家権力や国体維持などの独特の政治色を感じさせるものがありましたが、ここはやはり華厳宗の大本山らしい国家安寧を願う宗教色と、国家守護の寺・東大寺を感じさせてくれます。

070816nigatudo5

春寒の弥生三月花まだき
君の肩にはらり 良弁椿
ここは東大寺 足早にゆく人垣の
誰となく独白く南無観世音 折から名残り雪

二月堂と聞いて、またも思い起こされるのは、うぃあーソングライター・さだまさし大先生の名曲『修二会』。まさにここ二月堂と修二会をモチーフに男女の愛の脆さと儚(はかな)さを描いた、『まほろば』と双璧の作品です。
真夏で甚だ季節外れなのですが(笑)、この唄の世界に思いを馳せながら、静寂に佇む二月堂を訪ねることに。

070816nigatudo7君の手は既に 凍り尽くして居り
その心 ゆらり 他所にあり
もはや二月堂 天も焦げよと松明の
炎見上げつつ何故君は泣く
雪のように火の粉が降る

走る 火影 揺れる君の横顔
燃える 燃える 燃える おたいまつ燃える

070816nigatudo8 二月堂の修二会の象徴的な行である“お松明”。長さ8m、重さ80kgもの燃えさかる松明をこの舞台で振り回す勇壮な光景は、多くの日本人に知られています。本行の期間中は連日行われていますが、特に3月12日は最多の松明が使用されることと一般参詣者への香水授与(お水取り)が行われるため、大変な混雑となる様子が毎年報道されているのはご存じのとおり。752年から一度も中断されることなく連綿と続けられ、今年(2007年)が1256回目の法要となりました。
その松明を振り回す舞台からの眺望。天平の奈良へと思いが飛んでいきそうな眺めです。

070816nigatudo6過去帳に 青衣の女人の名を聴けば
僕の背に 君の香りゆらめく
ここは女人結界 君は格子の外に居り
息を殺して聴く南無観世音
こもりの僧の沓の音

ふり向けば 既に君の姿はなく
胸を打つ痛み 五体投
もはやお水取 やがて始まる達陀の
水よ清めよ 火よ焼き払えよ この罪この業(カルマ)

走る 火影 揺れる あふれる涙
燃える 燃える 燃える 松明 燃える

歌詞の中にある、ずっと以前から気になっていた“青衣(しょうえ)の女人”。
このたびの紀行文を書くに当たって、初めてこの謎を知ることに。

修二会の行法のなかで“大導師作法”というものがあり、≪神名帳奉読≫と≪過去帳奉読≫が行われます。

初夜に行われる≪神名帳奉読≫では、日本全国60余州に鎮坐する490ケ所の明神と14000余ケ所の神々の名が書かれている神名帳を読誦し、「修二会の行法を照覧あれ」と神々を呼び寄せお願いをします。
3月5日・12日に行われる≪過去帳奉読≫では、
聖武天皇からの歴代天皇、東大寺縁者、戦禍・天災に斃れた万国民の霊、現職の総理大臣以下の閣僚、最高裁の長官などの名を読み上げ、その働きが天下太平、万民豊楽をもたらすよう祈願します。
この日本最長の過去帳に連ねられた名のうち、鎌倉時代の源頼朝から18番目に当たるのが“青衣の女人”。元来無かった存在なのですが、鎌倉時代に集慶という僧が過去帳を読み上げていたところ、青い衣を着た女の幽霊が現れ、「何故我が名を読み落としたるとや」と恨めしげに言ったので、女の着衣の色からとっさに「青衣女人(しょうえのにょにん)」と読み上げたところ、微笑みながら満足げに消えていった・・・というちょっと怪談めいた話ですが、実際、東大寺の過去帳に記載されています。現在でも“青衣の女人”を読み上げる時は、声を潜めるのが慣習となっているそうです。

この話をはじめ修二会に関して、様々なサイトにも掲載されていましたが、下記サイトに詳しくありますので、参考にしていただくとわかりやすいかと思います。

 ・東大阪河内ライオンズクラブHP
 ・『奈良観光』HP:東大寺二月堂修二会(その1)
 ・     〃   :        〃       (その2)
   ※(その2)に過去帳(「青衣女人」の記載あり)の画像があります。

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二月堂回廊の脇に、御茶所があり、いわゆる「セルフ形式」でお茶が振る舞われています。冷たいお茶には麦茶もあり、酷暑の真昼に何ともありがたい限り。水が旨いためでしょう、甘露美味。しかしここは“行”を重んずる場所、使った茶碗は自分で洗って仕舞う作法となっています。こんな行儀作法は昔では当たり前のことでした・・・忘れかけている心を思い出させていただきました。

070816nigatudo10 快く冷たい麦茶を頂戴して一服ののち、階段を下り、二月堂をあとに。時間はもうすぐ13時になろうとしていました。13時半までにはJR奈良駅に戻らなければならなかったのと、あまりの暑さ(熊谷で観測史上最高気温が記録された、あの暑い日)のため、ダンナがだいぶ溶けてしまって(笑)動けなくなったので、奈良国立博物館(今回スルー)前からタクシーを拾い、急ぎ奈良駅へ。
駅付近で土産を買おうと期待していたのですが、なんと構内に土産店が無い!!!
駅前にあった奈良漬の店で、かろうじて瓜漬けを土産として購入(後日談:もちろん漬物も美味でしたが、残りの酒粕で鶏肉や牛肉を漬けてみたら2度も3度も美味!ぜひお試しあれ)。

【同日 奈良線 みやこ路快速 13:39発】

070816jrnara2 時間となり、京都行きの列車に乗車。
コンビニで仕入れた冷凍ボトルと冷房の効いた車内で息を吹き返す、炎天下徒歩夫婦。(@▽@;)
わずか3時間の奈良滞在で、時間の限り歩きましたが、時空を超えてさまざまな思いを巡らせることのできた、充実の旅となりました。
1300年の歴史が息づく街・・・わずかな時間でも日本仏教の黎明に触れることのできた驚きと喜びで、少し心豊かになれたような、そんな真夏の古都巡りでした。

(おわり)

070816kfc_2おまけ:
奈良駅すぐ近くのKFCをタクシーで通りかかった時の1ショット。

おっちゃんも、暑かったんやねぇ。。。(^ー^;

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2007/10/10

出会いは突然に・・・

以前から欲しかった本があったので、久々に本屋に行ってみました。

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私の愛してやまない、山本“GOD”浩さまの御著。
サッカーの世界に私を導いてくださった、山本さまの言霊の数々が綴られた著書をようやく手にすることができ、本屋の棚の前で表紙を見つめながら喜びにひたっておりました。

そして、速攻、

「よし!レジに行くぞっ!」

と、意を決して顔を上げたところ、、、
その視線の先に、こんな本が鎮座していたのでした。

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 (つд⊂) ゴシゴシ...

  (((;゜Д゜)) ハッ!

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2007/10/09

舌の根も乾かぬうちに

まあ、何と言いますか、、、
つい先日、ベストメンバー規定に関して、川崎への苦言を呈した日本協会会長でしたが、今度は、J2の4チームが天皇杯3回戦でスタメンを大幅に変更して試合に臨み、そろって敗退したにも関わらず、この“ターンオーバー”行為を容認したそうです。

 『川淵キャプテン認めた「カップ戦よりJ」』(ニッカン)

「Jリーグはかつて、年間52試合やった年もある。強いチームゆえの日程だから、疲れたなんて言わないで頑張ってほしい」と“泣き言”を禁じた。
                   (スポニチ 2007年10月04日付記事)

と、川崎に対して厳しいお言葉を述べていた同一人物が、このたびのJ2上位4チームの天皇杯への対応について、

「3日後に昇格のかかる試合があるなら、そちらを重視するだろう」
                      (上記ニッカン記事より抜粋)

と、何とも寛大な理解を示しています。

どちらにも共通していることは、「Jリーグ優先」の考えであることがわかります。

また、記事には、このような記述もありました。

日本協会田嶋専務理事も「Jには最強チームという規約があるが、協会にはない」と、川淵発言を補足した。
                      (上記ニッカン記事より抜粋)

ずっと昔、ナビ杯で、清水が主力を大幅に入れ替えて、これが今話題の『ベストメンバー規定』に抵触するということで揉めたことがありました(この件が最初の騒動だった記憶があります)。それは、ナビ杯がJリーグ主管の大会だからという理由でしたが、その当時、“若手の登竜門”と謳われていたナビ杯のキャッチコピーはどうするのかと議論噴出、結局そのフレーズはこの一件以降看板を外されて、使われなくなったということもありました。
 #確か、『監督、僕を出してください』というコピーがポスターにありましたっけ・・・

しかし、規約を基準にすれば、協会会長のこのたびの発言は、確かに筋がとおっています。

と、そこで。
皆さまご承知おきのとおり、

 Jリーグは、『(社)日本プロサッカーリーグ』の主催大会。
 天皇杯は『協会』の主催大会

 

で、あります。
そうすると、なんだか、、、、妙ですね。

  • 自分の所轄外の大会(川崎の件)には苦言を呈する(越権行為?)
  • かたや「リーグ戦が大変だから、こっちの試合では主力を抜いてもいいよ」と、天皇杯主催者自身が言う

所轄外の問題に口出ししたうえに、自分の主催する大会、しかも国内で最も歴史と伝統ある大会を軽んじてまで、なぜ、

 「Jリーグ最優先」

の思想を、露骨なまでに貫こうとしているのでしょう。
たぶん、天皇杯よりJリーグのほうが“興行”であるからではないでしょうか。

ふと、考えました。
この考えは、昨今の、

 「日本代表戦」

に対する協会のスタンスを見れば推察できる、と。

98年W杯以降、国を代表する選手が真剣勝負に臨むという大会の本質とはかけ離れ、ますます興行色を増している協会主催の代表戦。
選手は昔も今も替わらず真剣勝負に尋常に臨んでいるのに、選手を取り巻く環境は、「広告」「販売」「集客」など、よりイベント性を強めた商業路線を突っ走っています。
しかし、最近では06年W杯の成績不振が影響し、代表人気にも翳りが見えはじめ、興行としての目論見も外れがちなため、このところ、関係者(協会、広告代理店など)は宣伝と動員活動に躍起となっているのが現状のようです。
その凋落する代表戦運営の現状をふまえて。
Jリーグは、特に協会興行の“関連産業”というよりは、実質“基幹産業”というべきものですから、ある意味代表戦より様々な人材と時間と財力を投資しているため、「Jリーグ最優先」の立場をつい主張してしまうのも理解できないこともありません。

しかし。
天皇杯は、アマチュアや学生にも等しく参加機会を与えた、ある意味「サッカー」という競技のための体育大会の意味合いがあります。
その大会の頂点を目指して、夢を抱いて日々練習している選手たちがいるのです。その人々にどう説明するのでしょうか。
このたびの「天皇杯軽視」とも取れる発言は、賜杯を下賜いただく皇室と競技者を、あからさまに冒涜するものではないでしょうか。
「天皇杯=協会の大会」と「Jリーグ=プロサッカーリーグの大会」は別物、として捉えなけれなならない、と私は思います。他はどうであれ、特に日本協会会長は。

最後に、問題の元凶となっている“ベストメンバー規定”について。
以下、私見です。
私は、個々のチームの判断に任せるべきかと考えます。
誰がベストメンバーで、どこまで替えたらターンオーバーだなんて、そんなことはチームごとの都合と尺度で考えればよいかと。
試合を捨てようがどうしようが、それは個々のクラブの方針であり、それを非難するか擁護するかという権利は、サポーターにあると思います。そしてその責任もクラブに帰属すればいいいのではないでしょうか。
勝負の世界の現実は、そういうシンプルで、背に腹替えられぬものではないか、と私は考えます。

“グレーゾーン規定”ということでいいんじゃないですか。

いずれにせよ、各大会の日程調整のまずさ(=興行的指向の強さ)が、こういう「ひずみ」を生んでいるように思えてなりません。

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2007/10/08

07【HOME】第28節@大分戦

071007ohita0早朝の北浦和。今では懐かしさを感じる駒場への道を歩く。十数年前、駒場に住んでいた頃と変わっているところもあれば、以前と変わっていない店もかなりある。日曜の朝、早くて人通りは少ないものの、下町っぽくて人肌の温もりを感じる旧中山道の商店街。今もこの街の人々にレッズは支えられている。
市高そばのコンビニに食料調達で立ち寄る。ここも一時はフランチャイズ傘下にあったものの、昔からあったお店。お店の方曰く「駒場の試合がぐっと減りましたね、、、今日の客入りですか?ま071007ohita1あ、 ぼちぼちですね・・・」。ちょっと寂しげ。

駒場到着。東側の抽選列に行こうとして、宇宙科学館前の階段を下りて場内に入ると、、、すでに列は東門入口を折れ曲がり、メインスタンド入口近くまで伸びていた。最近の駒場は平日開催が多かったためか、これほどの列を成したのは実に久しぶり。面食らいながら引いた番号は・・・驚愕の数字(ノ;д`)。聞けば埼スタ当日抽選並みのクジ数(4ケタ)だったという(実際、列整理071007ohita2のあとの列を見ると、それほどのグループ数は無いと思われ)。スタンドのキャパを考えると、異常な「東側集中現象」と言わざるを得ない。
結局、10分後に入場できたものの、全く入り込む余地無し。はじかれてしまった格好で、西側へ移動。
しかし、ここに入場すらできない多くの人々の存在を思えば、場所にこだわる必要はない。与えられた場所で応援するのみである。

071007ohita3懸念されていた芝。色の違いもさりながら、同じ芝面のそこかしこが不揃いで地面がのぞく。天気がよいので余計に目立つ。
かつて最良の管理状態を誇った駒場の芝・・・泣いているように見えた。この状況が試合にどれほどの影響を与えるのか・・・。

さてスタメンは、、、と聞き耳を立てると、変化が。
先週あたりから疲労の色が濃かった暢久をベンチに。坪井は城南戦での負傷に大事を取っての控えと推察できた。
そこで、岡野あるいは平川がシフト(左サイドに阿部、阿部の位置に細貝?)してくると思われた右サイドに起用されたのは、永井。堀之内かと思われたストッパーにはネネが起用された。聞いた当初は、「まさか3トップ?」とも勘ぐったが、後方にも積極的に動く永井を見て、「やはり」という感じ。攻撃は好調な永井ではあるものの、守備には一抹も二抹も不安を抱えて見えてしまうのは、仕方のないこと(彼は紛れもなくストライカーなのだから)。どうなることかと見守っていたところ・・・そんな私に「そんなこたぁないぜ!」と言わんばかりの先制アシストを披露。開始4分の先制劇に、安心感を与えて貰った・・・かに見えたけれど。

その後、こちら西側に怒濤の攻めを展開してくるはずのレッズの選手が・・・なかなか来てくれないのである。

「ところがその後は大分のハイライトシーンを集めたかのような展開に。」(埼玉新聞)

071007ohita4 先制してから試合終了まで、この一言に尽きた。
試合後、帰路に着きながら「なんだか、、、試合内容をあまり覚えていないんだけど」とつい口を滑らせたくらい、内容があまり記憶に残らなかった。
DFが引きすぎてしまったために、せっかく跳ね返したボールはことごとく出足に勝る大分の選手に拾われてしまう。自陣に釘付けにされた状態が長く続く。要はそんな繰り返し映像であったため、メモリの少ない私の脳へのインパクトが少なかったのだ。
そんな中でも、私の記憶に残っている出来事はいくつかあった。
071007ohita5 まずは、浦和右サイドを突破口にして侵入してくる大分の選手の姿。これには当初から永井を責めるつもりもなく、まさに「想定内」。この日“Cマーク”の啓太も懸命に右サイドへフォローに出かけるも奮闘虚しく、破れ堤を素手で抑えるようなもの。後半、どこかのタイミングで暢久へ替えていたならば、やがてやってくる右サイドからの早いリスタートを狙われずに済んだかもしれないと思うと悔やまれた。
そして、印象的だったのは、久々の『ワ級』砲炸裂。
先制点も見事だったが、試合を決めた2点目のトラップ&シュートへ至る一連の動きは鮮やか。あの体躯でのクイックモーション・シュートは、相手DFもGKにとっては「まさか」のタイミング。手も足も出ないだろう。まったくもって、巧い、確実、頼りになる・・・苦しい時こそ、こういう決定力のある選手の活躍がものをいう、わかりやすい事例だろう。

071007ohita7 正直「やれやれ」という感想で試合終了。
しかし、その「やれやれ」でも、勝ち点3をおさめたことは、監督や選手に大きな活力を与えてくれたのは間違いない。

「選手の相互理解ができており、厳しい状況を打破する力が備わっている」(埼玉新聞)

というオジェックの談話は、試合を重ねるごとに自信を深めていることを表すものだ。
さらに続いて、記事にあった、

「今日のような試合を勝ちきるのが本当の力」(埼玉新聞)

071007ohita6 という闘莉王の言葉が、さらに選手たちの気持ちを代弁している。

『自信』が『確信』に変わるような、そんな予感が・・・いやいやまだ早いか(^^;。

選手の起用法で、多くの議論を提供してくれるオジェック采配ではあるけれど。。。
私としては、いまのところ、選手のモチベーション維持のためにあえてメンバーを固定している監督の意図を感じており、選手もまたそれを志願して動いているように思える。
新潟戦のMDPコラムにあった、

「連戦では、疲労回復に加えて、モチベーションの維持は欠かせない。勝てなくても仕方がないや、という試合を気持ちで臨む試合を間にはさんで、次の試合に意気高く向かえるだろうか」

という清尾さんの文に、私は同意見。
成績の良い時こそ、連戦の時こそ、常と変わらぬ力の維持に心を配ることが大切であること。選手交代の利かない個人競技のスポーツに喩えればわかりやすいだろう。
しかし当然、サッカーは団体競技であるから、ひとりぼっちでがんばる必要はない。
力の弱ったところには、新鮮な戦力を充てる。それを考えるのが監督の仕事のひとつ。
中断期間前もあり、今節まで暢久を起用したかったのが本音だったのだろうが(現に当日の埼玉新聞で、暢久は“囲み”の特集にされており、出場停止を除く全試合先発出場を賞賛されていた)、やはり鉄人も人の子、最近の4㎏減の体重低下と、全体戦力への影響を考えて、やむなく今回の先発から外したのであろう。坪井にしても大事を取っての処置であり、いちおう、頑固そうに見える監督采配も、考えているところは考えていると思われる(笑)。

大事な試合でいつもつまづかされた駒場。特に大分戦で手を焼かされた駒場。
ちょっとした不安でも拭い去ることのできなかった駒場。
そんな「負け犬根性」が身に付いて離れないのは、私のようなオールド・サポなのかも知れない。
選手たちはそんな心配をよそに、確実に成長しているではないか。
置いて行かれないように、私たちも「少しは」成長しなければ。
随分と「勝ち癖」はついてきたと思えるけれど、、、やはり心配は尽きないのかなぁ(^^

 

帰り道すがら、北浦和の老舗漬物店に寄り、食卓への足しに、少し土産を買った。
店の方曰く、

「ラジオ聞いていたら、同点にされてからがもどかしくて心配で・・・
2点目が入ってからも、終わりまでドキドキしてましたよ。」

駒場トラウマ、恐るべし(笑)

 

追記:
今日の埼玉新聞に、

「“聖地駒場で来期も開催”」

との記事がありました。

「クラブ関係者によると、集客面を第一に考えれば、6万人以上収容できる埼玉スタジアムでホーム全試合を開催したいのが本音ながら、駒場はJリーグ創設時から数々の名勝負やドラマを繰り広げ、<中略>、浦和の思い出の詰まった『特別な聖地』として認識しているという。『1年に1度は駒場でゲーム(リーグ戦)をしたい』とクラブ関係者。」

シーズンチケット保有者への配分システムを改善(優待引換券の導入など)すれば、私は歓迎です。まあ、1試合とは言わずに・・・(^^;
特に平日は、駒場の試合のほうがありがたいです。
また観客の利便性だけでなく、これまでクラブを支えてきてくださった浦和周辺の商店街への感謝の意も込めて。
“ホームタウン回帰”指向の、現社長らしい決断ではあります。

追記その2:

北浦和駅のホームで電車を待っていたら、わが家は反対方向にもかかわらず、ダンナが迷わず大船行きに

乗車。
すぐに謎は解けました、、、浦和駅回りで与野駅までの帰路となりました。
遠隔地にお住まいの方、録音状態は甚だ悪いですが、雰囲気だけでもお楽しみくだされば幸いです。

♪ここを、「ポチッとな」っと(笑)

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2007/10/06

想像してみましょう。。。

今日は、AFCチャンピオンズリーグ・準決勝第2戦、浦和vs城南一和(10月24日(水) 19:30 埼スタ)のチケット発売日です。

各方面のサイトで、今日のチケット発売の意義が語られていますので、当サイトでは略させていただきますが、この現状を多くの方にご覧になっていただきたいと思い、エントリさせていただいた次第です。

10月6日(土) 午前11時38分現在(画面キャプチャ)
             ↓

続きを読む "想像してみましょう。。。"

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2007/10/05

【AWAY紀行】ぶらりソウル(2)景福宮&大陸の人々

実は、前回ぶらり旅の前日に、こちらを訪れていました。
時間が前後してしまいましたが、まあそこはご愛敬ということで(^^ゞ

今回の遠征のオプショナルツアーで、仁川空港からツアーバスで護送される『うぃあー御一行様』。
このバスに乗り、ガイドさんの説明を聞くまでは、どこに連れて行かれるのかもわからない、タモリ倶楽部的“ミステリー・ツアー”状態でしたが(笑)、行き先は至ってまとも、朝鮮王朝を代表する王宮・景福宮と国立民族博物館を見学し、その後は、ちょっと怪しい魅力の南大門市場を観光しました。

【2007年9月25日 15時半ごろ 景福宮(キョンボックン) 訪】

070925seoulmap1 韓流時代劇ファンの皆さま、お待たせいたしました。(゚∀゚)凸
ソウルと言えば「ここ」、ですね。
朝鮮王朝を建国した李成桂(イ・ソンギェ)によって1395年に造営された最初の王宮です。
北方背後に北岳山、正門の光化門(復元中)から南に六曹通(現在の世宗路)が伸びており、京都や奈良と同様、王宮の北に山を背負い、地形が開けた南に大通りを配して都市計画の中心に据えています。風水思想に基づく都市建設手法は東アジアの共通項であるのだなあと、改めて感じさせてくれます。(※地図クリックで拡大します)

070925gyeonbokgungmap 創建当初は12万6千坪という広大な敷地に200棟を超える殿閣があり栄華を極めたそうです。しかしそれらも、われら日本人には少々耳の痛い話ですが、『文禄・慶長の役(1592-1598年)により焼失。その後、朝鮮時代末期の高宗時代(1868年)に再建され、330棟もの殿閣が建てられたそうですが、日本統治時代の総督府の建設時に、勤政殿などごく一部の建物だけを残して、景福宮の数多くの建築物が取り壊されたそうです。
戦後久しい1990年から本格的な復元事業が推進され、総督府の建物を撤去し、徐々に景福宮の本来の姿を取り戻しつつあるそうです。(※図クリックで拡大します)

<光化門-興礼門-勤政門-勤政殿-思政殿-康寧殿-交泰殿>

などの門・殿閣が一直線に配置されていて、宮殿の軸空間を形成しています。

070925gyeonbokgung1■興礼門(フンレムン)

光化門が復元中のため、現在、景福宮の最南端にあるのがこの門。
秋夕(韓国の旧盆)の真っ最中のため、市内は休業店舗が多いのですが、ここのような観光地は大盛況。休みを利用して訪れた国内客のみならず外国人の姿も相当多く見かけました。
ここをくぐって、勤政門-勤政殿へ向かいます。

■勤政門-勤政殿(クンジョンムン-クンジョンジョン)

070925gyeonbokgung3_2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

070925gyeonbokgung2

興礼門をくぐると、勤政門があり、その間が広場になっています。
お盆のお祭りで、色鮮やかな伝統的衣装を身にまとった子どもたちが踊っていました。多くの見物客に囲まれて賑わっています。晴れた秋空に、衣装の色もよく映えていました。

この勤政門の色遣い・・・最近どこかで見たような・・・と思い出していたら、腑に落ちました。日高市・高麗神社となりの聖天院にあった朝鮮半島出身者墓園にあった四阿(あずまや)です。
この地の文化を、身近に感じた瞬間でした。

勤政門をくぐり、勤政殿へ向かいます。

070925gyeonbokgung4 

 

 

 

 

 

 

 

 

勤政殿。国家的行事を執り行っていたところです。その前広場は『朝廷』と呼ばれていたとか。そこかしこに小さな石塔が置かれているのが目に付きます(お墓じゃありません/笑)。
ここで。
私は、韓流ドラマにほどんど興味はないのですが、唯一、全編観たものがあります。
それは、

 『宮廷女官 チャングムの誓い』

でした。
主人公である宮廷女官・チャングムの波瀾万丈の人生と、彼女に関わる宮廷内での人間ドラマを描いた作品でしたが、重要なシーンのひとつに、チャングムに“官位”が与えられる場面があります。これらの石塔には官位名が刻まれていて、身分階級制度の厳しい朝鮮王朝時代、臣下が集合して王に拝謁する際に、自分の官位が示された石塔の位置に控えます。当然ながら、殿閣に近い位置が最も位が高く、低くなるにつれて後ろへ配されます。
ドラマは、チャングムが医女の身分でありながらも王の主治医となり、ほぼ最前に列する栄誉を与えられたところで、クライマックスを迎えます。
やはりここでそのシーンのロケが行われたと、ガイドさんから解説がありました。

070925gyeonbokgung6070925gyeonbokgung5勤政殿の天井には、巨大な龍をメインとした彫刻が施されていました。この国特有の鮮やかな極彩色が随所に用いられ、日本の伝統建築とは異なる朝鮮古来の文化を表現しています。

また、内部には王の玉座がありました(右写真)。

次に、思政殿へと向かいます。

■思政殿(サジョンジョン)中庭

070925gyeonbokgung78

 

 

 

 

思政殿は、王の執務空間といったところ。ここを取り囲む回廊のような建物は、かつての書庫だったそうで、公文書が保管されていました。幾たびかの戦禍により、それらの貴重な文書は、日本をはじめとするアジア諸国に限らず、欧米等の国外にも持ち去られたそうで、韓国国内で現存するものは僅少とか。そのため、歴史的な研究を国内で行うのは現在でも困難な状況だということです。またも耳の痛いお話ではあります。。。
お盆のためでしょうか、美しいチマチョゴリを着た女性の姿をよく見かけました。

■慶会楼・交泰殿(キョンフェル・キョテジョン)

070925gyeonbokgung910_2

 

 

 

 

慶会楼(左写真)は王が主宰する宴会を行う高床建物で、現代風に言えば“ピロティ”構造となっています。交泰殿(右写真)は宮殿の中心にあり、中宮殿とも呼ばれていました。王妃の寝殿です。

070925gyeonbokgung11おそらく魔除けか守護神かのどちらかと思われますが、屋根瓦には、右写真のような動物様のものを模した造形物が随所に装飾されています。

時間もなくなってきたので、後宮エリアにある他の施設を駆け足で周り、国立民族博物館へと向かいます。

 

 

【同日 16時すぎ 国立民族博物館

070925folkmuseum1時間も相当おしてきたので、急いで館内を巡ります。
内部展示は、主に『韓民族生活史』『生業・工芸・衣食住』『韓国人の一生』という3部構成になっています。
館内は博物館ですので、撮影禁止となっています。

が。

昔の韓民族文化を学ぶというより、ここでは、思いがけなく現代韓国人の気質に触れることになりました(笑)。
日本人が大人しいのか遵法精神があるのかどうか、その議論は置いといて・・・。

  • 館内で、写真はバシバシ撮りまくっています。
  • 屋外での感覚と同様に、館内では携帯電話で話します。
  • 子どもたちが、元気よく走り回っては、見学順路を逆走しています。

私は、カルチャー・ショックを受けてしまいました。  ((((;゚Д゚)))
確かに、王宮を見学している時にも感じましたが、写真撮影している人の前をためらい無く横切りますし、並びの見学列にも積極的に割り込んできました。地下鉄に乗車中でも携帯電話は普通に使っていると、他のうぃあーさんからも聞きました。
ここは儒教の国だということから、かなりマナーに対しては厳しい見識を持っているかと思っていたところ、それは私の「先入観」だと気付きました。
日本人が考えるマナーと、この国の人々のマナーの尺度が違うのでしょう、きっと。
私の勝手な感想ですが、「まず、自分ありき」というか、「自己の力」が行動規範になっているような印象を受けました。どこか積極性の高さを感じます。
確かに、サッカーを観ていても、

 日本人FW:チャンスを譲り合い、結局好機を逃す(例:○ナギ)
 韓国人FW:まずは自分で機をうかがう

070925folkmuseum2なんてシーンを何回か見たことありますし(爆)。

面食らっているうちに、だんだんと陽が傾いてきました。
急ぎ博物館を出てバスに向かっていたところ、これも高麗神社で見かけた『将軍標(しょうぐんひょう:チャンスン)』がありました。ってか、こっちが本場ですね(^^;

日没になる前に、ソウルの古い下町街と呼ばれる『南大門市場』にバスで向かいます。

【同日 17:30ごろ 南大門市場

070925namdaemun 大通りの交差点、今ではロータリーとなってそびえ立っているのが有名な崇礼門(スンネムン:かつて南大門と言われていましたが、改称したそうです)。国宝第1号指定を受けているのですが、立地状態に驚いてしまいます。都の城門の一つとして建てられた、現存する朝鮮王朝の代表的な建物で、はじめは城壁がこの門につながっていたそうなのですが、1908年に門を残して撤去されたそうです。

この交差点すぐの脇道から、市場に入ります。

070925namdaemunmarket12

 

 

 

 

ここをひとことで表現するならば、“ソウルのアメ横”でしょうか。
否、アメ横に比べれば、何とも怪しいパワーとエネルギーが炸裂しています(笑)。
朝鮮王朝時代から約600年の歴史を誇る一方で、1日に数十万人が訪れて、日々人々の熱気で賑わっているそうです。この日はたまたまお盆の時期で客足こそ普段より少ないようでしたが、「何でもアリ」と言わんばかりに立ち並ぶ店の構えと、この混沌とした雰囲気が、まさに大陸的。道を歩けば、ルイ・ヴィトンのバッグが山積みされたワゴン(爆爆)や、怪しい日本語で“客引き”が積極的に攻めてきます。
ご覧ください、、、右上写真の店の、堂々たる「パチぶり」を (爆×10)。

070925namdaemunmarket3そして、やはり人目に付くところには、右写真のようなアピールが。
 #上野のアメ横に『北方領土返還』の段幕があるようなもんですね・・・(^^;

何度か客引きに連行されそうになりつつも、「今日は、市場は見るだけヨ!」とのガイドさんの先導(笑)で、駆け抜けるように、無事市場観光を終えました。
いやはや、、、たった15分程度の見学でしたが、充分に異国情緒を味わえました。

訪れた土地の『お国柄』というものを感じることは、何とも楽しいものです。これぞ旅の醍醐味でしょうか。
それほど遠くない隣の国。海を隔てて、此方は島国、彼方は大陸。
欧米ではみな似た者同士に捉えられがちな極東の国々ですが、これほど文化の多様性がちりばめられているものだと、大変勉強になりました。

次は、どの国を訪れてみましょうか。
叶うことなら、レッズと共に。

(おわり)

 

070926bike おまけ:
次の日、清渓川を散歩していた時に、私の発想を遙かに超えた、こんなものを見つけてしまいました。。。
もちろん、ナンバープレートのようなものは見当たりません。
大都会・ソウルの街のど真ん中にて。

すごい、すごすぎる  ((((;゚Д゚)))
 #ホンダVTっぽいんですが・・・

そう言えば、南大門市場には、寒い冬場の露天仕事で使う、座面を電気で温めてくれる椅子がありました。椅子に電気コードと温度調節ツマミが付いていて・・・
それって『電気椅子』???(恐;;

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2007/10/04

07ACL準決勝【AWAY】城南一和戦

現地参戦の皆様、本当にお疲れ様&ありがとうございました。
無事に帰国されましたでしょうか。。。

 

発煙筒が赤く燃えさかる、浦和ゴール裏。
その場を共にできなかった残念さを感じつつも、赤い映像にのせて伝えられる力強い声量に、現地参戦の仲間を頼もしく思った。自宅TVの前で、両の掌を組み、思いを送りながら心の中でつぶやいた。
「大丈夫、仲間に託そう・・・」と。

やはりTVでの観戦には限界がある(仕方のないことだけれども)。
臨場感は言うに及ばず、フォーメーションがわからない、雨の様子もわからない、全体が見渡せない・・・最大のケチのつけどころは、横方向に圧縮されたBSハイビジョン画面のために選手の動作がスローモー、、、何とももどかしい。それは一方的に“わが家の受像器”に原因があるわけで(タテヨコ比率が前時代モノ/笑)、他を恨みようがない。リアルタイムで観戦できるだけでもありがたいとせねば。

早々の失点。坪井のクリアミスは痛かった。
このたびの相手は、そういった小さなミスも見逃さなかった。
準々決勝の相手が相手だっただけに、「彼の国のサッカーは・・・」と、戦前にあれこれと想像を膨らませて先入観だらけになっていた自分に気が付いた。
城南一和。巧い。
さすがKリーグチャンピオンであり、現在も首位につけるチーム。一国のトップクラブともなれば、それに相応しい品位と闘い方を持っているというもの。否、比較基準にした全北現代があまりにもお粗末だったということか(笑)。

2戦続いてのスリッピーなピッチ。選手も苦々しかったに違いない。思うようなコンディションに恵まれなければ、疲労も増したであろう。序盤戦の動きは重々しく見えた。
特に守備に回る際のマーク対応が遅れて見えた。タテに間延びしているためにスロー再生のように見えるわが家のTV画像の不具合を差し引いても、動きのタイミングの「ずれ」は現場レベルと変わらないだろう。どうやら、前日の練習後に芝を刈られたとか(スポニチ)。。。しかしそれでも、坪井の対応が遅れがちなのが気になった。失点シーンの際の接触プレーが災いしたのか、ちょっと足(腰のあたりから下)を引きずっているように見えたが。。。

城南は、特にキム・ドヒョン(8)、イタマル(10)、モタ(11)の動きが顕著。キムは実況によればKリーグMVP選手とのこと。イタマルのキープ力とボール運びの強さ、モタのファウルを誘いながらの前線での危険な動きに手を焼く浦和。守勢においては、引いて人数をかけてはいるものの個々のプレーが正確で、ルーズボールも着実にマイボールにしてしまう。スペースの消し方もただベタ引きしているのではなく意図のあるポジショニングをしているようだった。
攻守にバランスの取れた相手に対し、浦和も徐々に落ち着き、自分たちのペースを取り戻してくれた。守備でリズムを掴めば、攻撃にもリズムが生まれてくるものだ。ちぐはぐだった攻守の呼吸を少しずつ整え直して後半への期待をつなぎ、1点ビハインドのまま前半終了。

後半、城南ベンチが動いた。
不思議なことに、攻撃のアクセントになっていたイタマルを下げてしまった。何やら幸運の兆しを感じた私のココロは、不覚にもちょっと躍ってしまった(笑)。
やった。
その嬉しい予感は、ほどなく的中・・・攻撃の核を自らしまい込んだ城南の攻撃力がパワーダウンしたのが幸いし、逆に推進力を増した浦和の攻撃が結実。達也の胸のすくようなヘッド同点弾!これは単純な同点弾ではない。このアウェイゴールが選手たちにもたらしてくれた勇気と活力は計り知れないほど大きかった。
「高さで獲った1点」・・・松木もたまには気の利いたことを言うものだ(笑)

さらに幸運なことに、ワ級がPKゲット。「誰が蹴るのか?」との数万の浦和サポの心配はあっさり杞憂となり、ロビーがペナルティスポットへ。GKにコースを読まれたものの確実にゲット!
何とも理想的で出来過ぎな展開に少々戸惑ったが・・・そんな浮ついた気分は、すぐ現実に引き戻された。

前半、高い位置を保ち盛んに右サイドに侵入していた暢久が、後半になり急激に電池切れを起こした模様。プレーへの集中力が著しく低下しミス連発、後方を狙われ簡単に相手の突破を許すなど散漫なパフォーマンスを披露。あまりの劣化の激しさにオジェックの采配を期待するも・・・指揮官はロスタイムまで暢久に過酷にも「残業命令」を下した。国際映像を通して観ている側にも非常に心臓に悪い試合運び。サイドの代替選手層の薄さが課題として浮き彫りになった格好か。ついでに言えば、できれば坪井も早めに替えて欲しいくらいだったが・・・。

こういう「だましだまし」の試合運びを、城南が見逃すわけがなかった。
逆転され反撃のスイッチの入った城南は、時間の経過とともに勢力を増し、怒濤のように浦和陣内になだれ込んできた。堀之内投入で少し落ち着きを取り戻した浦和守備陣ではあったけれど、その守りを踏み倒していくような勢いで襲いかかる城南。ついに懸命に堪えていた“タガ”が外れるように、ガラ空きの右サイドが突破される。カバーに入った堀之内も振り切られ、クロスが上げられた中央遠目からミドル被弾・・・辛うじて都築がはじいたところに詰めていたキムに決められる。敵ながら鮮やかな、残り10分での同点劇。
体力をピッチに吸い取られるように奪われたレッズの選手たちは、中盤の中央での守備対応ができなくなってしまったようだった。ヘロヘロになりながら、自陣深く張り付く多くの選手の姿が画面に映し出されていた。
もうこうなっては、捨て身・クリア・場外へのボール蹴り出し・跳ね返し・・・何でも良いからとにかく『本丸』を死守するしかなかった。あとは『神頼み』。
その神様は・・・われらの願いを聞き入れて、都築をお守りくださった。
心臓がつぶれそうなほどの絶体絶命のピンチを何度も救ってくださり、選手とわれらに勇気と希望をお与えになったのである。

余りある時間の中で城南の猛攻を耐え凌ぎ、ようやくタイムアップの笛が響いた。。。
欲を言えば逆転のまま逃げ切りたかったのが、誰もが本音とするところだろうが、それは甘い幻想。敵も然る者、そう簡単には勝たせてくれないのが現実であることを学ばせてもらった。

イタマルにはじまり、遅すぎる達也→永井と暢久→細貝の交代劇・・・両監督の不思議な選手交代采配はいまだに謎であるが(^^;、与えられた条件のもと、なりふり構わず闘い抜き、勝ちに等しい引き分けを手にした浦和選手の奮闘は、賞賛に値するだろう。
このような強かさこそ、王者に必要な要素なのだから。

この試合で、私は改めて身に滲みた。
普段から、信心を欠かさぬようにせねば(笑)。
相手が相手だけに・・・もあるか、な(^^;

次はアジア最強のホーム・埼玉スタジアム。
すべての力を結集して、城南一和を迎え撃とう。
勝つのは、浦和レッズ。
がんばりましょう。

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2007/10/03

戦前情報【07ACL準決勝・第1戦】城南一和戦

今日は、ACLノックアウトステージ準決勝第1戦、城南一和戦が行われます。

「英語アレルギー」の皆さま、お待たせいたしました。
今回も、当サイトではAFC・ACL公式サイトの、

 『Google翻訳』

による日本語自動翻訳文をご提供させていただきます。

さらなる想像力の鍛錬に、お役立ていただければ幸甚に存じます(笑)
ちなみに、AFC・ACL公式サイト:トップページ(原文)は、こちら

簡単に寸評を加筆しましたので、ご参考までに。

■NEWS

 ・10/2付け記事(原文):Final four return to action
 ・同 Google翻訳:行為への最終4のリターン

タイトルは、何となく「ベスト4」進出チームについての記述を説明していると思われます。

その中で、レッズと城南についての記述をピックアップしてみますと、、、

Seongnam will be sweating on the fitness of top scorer Mota, who was stretchered off against Incheon United in the K-League on Sunday, for the first leg of their mouth-watering semi-final clash against Urawa at Seongnam Tancheon Sports Complex.

Seongnamは複雑なSeongnam Tancheonのスポーツで浦和に対してmouth-watering準決勝の衝突の最初の足のための日曜日のKリーグで、結合したIncheonに対してstretcheredあった得点王のMota適性で発汗する。

うーん。。。(。。;)

Urawa showed their class by sending defending champions Jeonbuk packing with a straightforward 2-0 win over the Korean side in Jeonju.

浦和はJeonjuで前回優勝者に韓国の側面上の簡単な2-0勝利のJeonbukのパッキングを送ることによってクラスを示した。

「レッズが全州で、前回優勝の全北に対し2-0の完封勝ちをおさめたことで、その実力を示した」くらいな解釈でOKですか?(^^;

Holger Osieck’s side refused to be intimidated by Jeonbuk’s robust play which saw Chung Kyung-ho sent off and five other players picking up yellow cards.

Holger Osieckの側面は送られたイエロー・カードを取っているチョンKyung-hoおよび5人の他のプレーヤーに会ったJeonbuk'sの強い演劇によって脅かされることを断った。

(城南が)全北のようなラフプレーをするのではないかと警戒している、と読み取れます。

They took the lead through Tatsuya Tanaka after only four minutes and Robson Ponte’s strike midway through the second half ensured that Urawa became the first Japanese team to reach the semi-finals of the AFC Champions League.

それらは4分だけ後にTatsuya田中によって鉛を取り、浦和がAFCのチャンピオンリーグの準決勝に達する最初の日本のチームになったことを後半の中頃でRobson Ponteの殴打は保障した。

要するに、「達也とロビーは素晴らしい」、ということですね!

Reds are on a roll right now with eight wins in their last 10 J.League matches but they appear even more determined to become the first Japanese club to win a continental title since Shimizu S-Pulse claimed the Asian Cup Winners’ Cup in 2000.

赤は最後の10のJ.Leagueのマッチの8つの勝利のロールに今あるが、大陸タイトルを獲得する最初の日本クラブに似合う清水のS脈拍が2000年にアジアコップの勝者の」コップ要求したのでさらにもっと断固としたようである。

「レッズは清水のアジアカップ・ウィナーズ・カップの優勝以来の大陸王者になることを決意している」と評しているようですが、、、ここで清水の話が出てくるとは、藪から棒でした(笑)

Korean clubs have usually dominated their Japanese counterparts in the short history of the AFC Champions League but Kawasaki’s victories against Chunnam Dragons during the group stage and Urawa’s success against Jeonbuk may signal a change in the balance of power.

韓国クラブは通常AFCのチャンピオンリーグの短い歴史の彼らの日本の同等を支配したあることがグループの段階の間のChunnamのドラゴンに対する川崎の勝利およびJeonbukに対する浦和の成功は勢力の均衡の変更に信号を送るかもしれない。

お!これはいい文章ですね。
これまで韓国優勢だったACLが、川崎と浦和の躍進によってその勢力が逆転するかも知れないとの評論でしょうね。うんうん。

Urawa defeated Seongnam 1-0 in June when the two sides met at the A3 Champions Cup in Jinan, China.

浦和は双方がJinan、中国のA3優勝杯で会った6月のSeongnam 1-0を敗北させた。

はい、この調子で今日も勝利して欲しいものです。

さて、本日対戦する『城南一和』と言えば、電器屋『高麗人参』と『○○教会』で有名です。
また、現在Kリーグの首位にいるチームです。
関連記事を拾ってみました。

■城南関連記事

 ・10/2付け記事(原文):Seongnam sweat on Mota injury
 ・同 Google翻訳:SeongnamはMotaの傷害で発汗した

目立った表現をピックアップしてみますと、、、

SEONGNAM – Seongnam Ilhwa Chunma are hoping for a full house at Seongnam Tancheon Sports Complex on Wednesday evening for the first leg of their titanic AFC Champions League semi-final clash against Urawa Reds but the K-League leaders may not have a full squad to choose from.

SEONGNAM - Seongnam Ilhwa Chunmaは浦和の赤に対して巨大なAFCのチャンピオンリーグ準決勝の衝突の最初の足のための水曜日の夕方に複雑なSeongnam Tancheonのスポーツで満員の客を望んでいるKリーグリーダーにから選ぶべき完全な分隊がないかもしれない。

どうやら、地元客の来場を心配をしているようですな>城南

Seongnam are sweating on the damaged right ankle of Brazilian star striker Mota, who was carried off the pitch during Sunday’s 1-1 draw with Incheon United, and are still unsure if the competition’s top scorer will be fit to play against the J.League champions.

Seongnamは結合したIncheonとの日曜日の1-1の引くことの間にピッチを離れて運ばれた発汗して、まだ不確実であるブラジルの星の罷業者Motaの傷つけられた右の足首で競争の得点王がJ.Leagueのチャンピオンと対戦するために合えば。

あ、、、やっとわかった(゜∀゜)
モタって、右足首をケガしてるんですね! 出場微妙なんでしょうか。。。


“At the moment the players are feeling fine physically and they are getting better all the time,” said Seongnam coach Kim Hak-bum.

「物理的におよびよりよくいつも得ていることを良いことをプレーヤーが感じている今」、HakつまらないSeongnamのコーチ金を言った。

「『フィジカル面の状態がよいと選手たちも感じていることが、つまらない』と、城南の金コーチは言った」と訂正させていただきます(笑)

“I think that Urawa are a team with great attacking players,” he said. “Tanaka and Washington are dangerous and Robson Ponte is at the centre of their attacking play. We need to be especially careful of Tanaka.

「私は浦和がすばらしい攻撃プレーヤーが付いているチームであること」、彼を言った考える。 「田中およびワシントン州は危なく、Robson Ponteは彼らの攻撃の演劇の中心にある。 私達は田中を特に注意する必要がある。

あ、そう。

Seongnam defender Cho Byung-kuk notched a rare goal during the first leg win against Al Karama and is confident that Seongnam will avenge their 1-0 defeat at the hands of Urawa in the A3 Champions Cup in June, the only previous meeting between the two clubs.

Seongnamが6月以内にA3優勝杯の浦和のせいで1-0敗北を復讐することSeongnamの擁護者Cho Byung-kukはAl Karamaに対して最初の足の勝利の間に稀な目的にノッチを付け、確信している、2人のクラブ間の唯一の前の会合。

A3のリベンジでもするつもりでしょうか・・・笑止千万。

“During that game I slipped and we conceded a goal,” said Cho. “In this game both teams will be trying their best and I will do my bit to help us get the win.”

「私が入れたおよび私達は目的を認めたそのゲームの間に」、Choを言った。 「このゲームでチームは両方とも彼らの最もよい試みて、私はする私の私達が勝利を得るのを助けるようにビットを」。

The cultured centre-half has no qualms about taking on Urawa and their passionate supporters

培養された中心半分に浦和および熱情的なサポータの取得についてのめまいがない。

はい??? これは・・・何でしょう?
要するに「浦和サポなんて恐くないやいっ!」と言っているのでしょうか???

“Lots of our players have experience playing in front of big crowds with the national team. We showed in Syria that we can win in front of a passionate and big crowd.”

「私達のプレーヤーの多くに経験が全国代表チームを持つ大きい群集の前に遊ぶことをある。 私達はシリアで私達が熱情的で、大きい群集の前に」。勝ってもいいことを示した

シリアの大観衆の前で勝ったことを自慢しているようですね。ほう。。。

Seongnam are expecting between 3,500 to 4,000 Urawa fans to make a second trip to Korea in the space of a week and Kim Hak-bum hopes that the home fans also turn out in numbers.

Seongnamは家ファンがまた数でひっくり返す金のHakつまらない希望および週のスペースの韓国に第2旅行を作る浦和3,500から4,000のファンの間で期待している。

さて、今回はどのくらいの同志たちが現地参戦するのでしょう。。。
ちゅーか、うちらは「数」が問題ではないですから。「質」ですよ、「質」。

“I have heard that Urawa will bring many fans here,” said Kim. “The energy of the supporters is very important and it would be great if lots of our fans came to our stadium.”

「私は浦和が多くのファンをここに持って来ることを」、言った金を聞いた。 「サポータのエネルギー非常に重要であり、私達のファンの多くが私達の競技場に」。は来たら大きい

サポの頭数で対抗しようとしているようですが・・・「動員」かけるんでしょうか?

The Korean champions have received a helping hand from Jeonbuk, who have provided their K-League rivals with information on the J.League leaders.
“We are rivals in the K-League but not in the AFC Champions League,” said Jeonbuk operations manager Baek Sung-kwon. “I hope that Seongnam can get revenge on our behalf.”

J.Leagueのリーダーで情報を彼らのKリーグ競争相手に与えた韓国のチャンピオンはJeonbukから援助の手を受け取った。
「私達はKリーグの競争相手であるが、ない歌われたkwon AFCのチャンピオンリーグで」、Jeonbukのオペレーション担当マネージャーを言ったBaek。 「私はSeongnamが」。私達の為の復讐を得ることができることを望む

全北現代って、相当ねちっこいですね(笑)

 

だいたい、情報はわかりました。(何が?)

あと、情報収集をしていて気になったのは、この記事です。

 『腎臓損傷の安英学、選手生命の危機』(朝鮮日報)

こんなひどい狼藉を働くヤツらは成敗せねばなりません。

必ずや、勝利して帰ってきてくれることを信じています。
そして怪我無く、無事に帰国してくれることを心より願っています

現地組の皆さま、どうかどうかよろしくお願いいたします。
私も含めた留守番組の皆さま、現地に勝利の念を届けましょう!

勝つのは、浦和レッズ。

おまけ:
浦和-城南、両監督の最新コメントです(朝鮮日報)

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2007/10/02

【AWAY紀行】ぶらりソウル(1)清渓川~韓屋の街並み

日本国内では飽きたらず、海外でも「取り憑かれたようにひたすら歩く」放浪夫婦の、韓国遠征編です。
全北現代戦の日の午前中はフリーだったので、ホテル界隈をぶらりと歩いてみました。
半ば現場視察と化した(笑)清渓川での散策にはじまり、ちらりと宗廟の入口だけ見たあとは、骨董品や工芸品などの店が建ち並ぶアンティーク街・仁寺洞を通り、韓国の伝統的家屋の街並みが残る北村韓屋村(プッチョン・ハノク・マウル)まで足を延ばした、約2時間半のソウルぶらり旅です。
文字も読めず、言葉もわからず・・・“勘”だけが頼りの散歩のはじまりはじまり(爆)

【2007年9月26日 8:30 清渓川(チョンゲチョン)】

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070926cheonggyecheon0大規模な都市河川復元整備の例として、世界的にその名が広まった清渓川(チョンゲチョン)。かつては、この川の上部には“蓋”がありました。
戦後、清渓川周辺は難民が押し寄せスラム街と化していたため、韓国政府は復興と開発のために、1958~1978年の20年間をかけて、この川を道路で“蓋”をし、さらにその上に『清渓高架道路』を整備しました(右写真:清渓川文化館発行『清渓川復元』より引用)。その後、1980年代は、清渓川一帯はソウルの中心商圏として栄えました。
しかし、川を覆った道路と高架道路を走る車により発生した排気ガスなどが原因で、重金属や有害ガスによる河川の汚染を進行させたうえに、道路構造物を腐食させ、補修では耐えられないほどの老朽化を招きました。整備されて30~40年程度しか共用されなかった道路と高架道路はやむなく取り壊されることに。これをきっかけに、これまで顧みられなかった市民生活中心のインフラ整備に関心が集まり、ソウルの都市再生と歴史復古のシンボルとして、清渓川の復元工事が実施されました。2003年7月から約2年3ヶ月をかけて全長5.8㎞にわたる工事が行われ、2005年10月に竣工しました。

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左は上流端。噴水と滝が整備されています。右写真は下流の中間点付近の様子ですが、下流に向かうほど植生の着生率が増し、自然再生が進んでいました。また随所に置き石や沈下橋などの渡河構造物が整備され、市民が水辺に親しめるような工夫がなされています。
この復元整備により、清渓川はソウル市民の憩いの場として利用されるようになり、都市環境が大きく変わったと、前日ツアーガイドさんも語っていました。
1時間ほどの現場調査のようなハードな散歩を終え(笑)、宗廟方面へ向かいます。

【同日 9:30ごろ 宗廟(チョンミョ)】

070926jongmyo 残念ながら、時計を見るとそれほど時間がなかったため、門だけの撮影に。(つ;д`)
朝鮮王朝時代の歴代の王と王妃の位牌が奉られています。朝鮮王朝の最初の王宮である景福宮(キョンボックン)と同時期に建造されたとのこと。ユネスコの世界文化遺産に登録されています。見学していないため詳細はわかりませんので(笑)、興味のある方は、こちらをご覧ください。

【同日 9:50ごろ 仁寺洞(インサドン)

先を急ぎます。
前日、ガイドさんから聞いた、「景福宮近くの街並み保存地区(=北村韓屋村(プッチョン・ハノク・マウル))」に行くために、偶然ここを通りかかりました。
途中、親切なおじさまが、身振り手振りを加えて道を教えてくださっているようでしたが、現地語でまくしたてられてしまっては、さすがのダンナもフリーズ状態 ((((;゚Д゚)))。軽く「カニサムニダ」と私から御礼だけはしておいたので、国際問題への発展は避けられた模様(笑)。

070926insadong1メイン通りは、骨董店、工芸品店、茶道具屋などが建ち並び、ちょっとおしゃれでアンティークな雰囲気ですが、横町を見遣ると、なかなかの風情(右写真)。何のお店かは不明ですが、店構えからして飲食店街の模様。ソウル市民の生活風景が垣間見えます。日本と異なる雰囲気に、実はこんなところで異国情緒がたっぷり楽しめます。
なお、このエリアで販売している古美術品の中には、国外持ち出し禁止の品もあるのでご注意ください、とガイドブックに記載がありましたのでご参考までに。。。

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これは、、、“Cafe”の文字から、多分そうだと思いますが、ソウルの『マンガ喫茶』かと。
鉄腕アトム、マジンガーZ、仮面ライダー、ガンダム・・・う~ん(。。;)

 

 

【同日 10:10ごろ 北村韓屋村(プッチョン・ハノク・マウル)

070926poongmunghs 仁寺洞から大きな交差点を渡って、プンムン女子高等学校の脇道から、韓国の伝統的家屋(=韓屋(ハノク))群が保存されている北村韓屋村(プッチョン・ハノク・マウル)エリアに入ります。東は昌徳宮から西は景福宮までの、鐘路区安国洞、嘉會洞、苑西洞、齋洞、桂洞といった町が『北村(プッチョン)』と呼ばれ、約860もの甍が連なる韓国の伝統的な居住地域です。ソウルが都となって600年もの歴史とともに生きてきた、昔ながらの家屋が多く保存されています。

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女学校の裏あたり。お寺の隣は教会あり、細い横町は低い屋根、煉瓦貼りの住居がひしめき、道端に洗濯物・・・いろんな要素が狭いエリアに凝縮されていて、どことなく大陸的な混沌さとダイナミックさを感じさせてくれます。

070926hanok3当てずっぽうに先に進んで行くと、ちょっとした商店街が。日本語も併記された店もあり、飲食店が並んでいました。ここも観光スポットになっているのでしょう。
街並みもいいのですが、それよりも、頭に大きな段ボールの箱を3個も載せて、私の前を歩いていた女性が気になって(笑)。“大原女”というよりは妙に東南アジアチックで、たくましく見えました(※右写真クリックで拡大)。

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ただ何となく歩いていると、袋小路によくはまりました。道が決して直線ではないため(意図的に曲線的にしている模様)、先の見通しが利きません。
壁材は煉瓦や石積みで、木材も何か塗料のようなものが塗布されていて、日本の住居建築と風合いが異なります。日本人の目からすれば蔵造りのように重厚な印象を受けます。
また、寺院のように屋根の形が反っているのがどことなく唐風(韓風、と言っていいのかどうか?)で、これも日本の家屋との相違点でしょうか。

11時過ぎにはホテルに帰りたかったので、ざっと見回った程度で帰路に着きました。
駆け足に近いスピードでの、この日のぶらり散歩でしたが、短い時間でも韓国の生活・文化の一端に触れることができ、非常に興味深く見学できました。
やはり、訪れた街を知るためには、歩くことが基本ですね。

参考までに、今回のぶらりルートを下図に示しました。

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(※クリックで拡大します)

次回は、この散歩の前日に訪れた、朝鮮王朝最初の王宮・景福宮(キョンボックン)をご紹介いたしましょう。

(つづく予定/(笑))

 

追記:
070926apartガイドさん曰く、
「現代のほとんどの韓国人は、アパート・マンション等の集合住宅に住んでいる」
とのことでした(7~8割くらい、という高い率で)。
写真は、ソウルから全州に向かう高速道路の車中から撮ったものですが、ソウル以外の都市でもこのような高層アパート・マンションが、“雨後の竹の子”のように林立しています。地震の少ない韓国ならではのスレンダーな構造です。
時代が変われば、ライフスタイルも変わる、、、という典型例でしょうか。
隔世の感がありますね。

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2007/10/01

07【HOME】第27節@新潟戦

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