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2007年9月の10件の投稿

2007/09/29

07ACL準々決勝【AWAY】全北現代戦

070926hyundai2海を越え、初めて異国の空にこだました、
『We are Diamonds』

 感無量。

Take a Great Step in ASIA !

 

070926hyundai1正午にソウルを発ったバスは、順調に全州スタジアムを目指す。車中でチケットを眺めながら、近づく決戦の時に高揚感は増してゆく。心配された現地の旧盆渋滞もなく、バスは予定どおりスタジアムに滑り込んだ。
既に現地には、多くの赤い波が押し寄せていた。後援会ツアーバスだけでも24台900人、全体で60台ものバスと4000人ものサポーターが、この日の敵地・全州に馳せ参じたという。まるで鹿島070926hyundai3バスツアー並みの行軍、、、海外アウェイとはとても思えない。この場にいる人々の、この闘いに込めた思いが肌身に滲みて伝わってくる。見知った顔に出会うたび、固い握手を交わす光景がそこかしこに。しかしここでもサポーターたちの行動は、いつもと変わらない。誰ひとり遅い入場待機時間に不満を漏らさず、むしろその時を長く楽しむように入場の時を整然と待つ。場所は変われど平常心。サポーターとしての自信に満ちた表情が、実に頼もしい。

070926hyundai4

開場し赤い波を一気に飲み込んだアウェイ側スタンドとは対照的に、ガラ空きのホーム側スタンド。噂に聞いていたが、当地のサッカー人気は低迷していることを如実に表していた。時間の経過とともに埋まっていくのはメイン&バックスタンド席・・・仮に「“並び”の文化」がない国民性を割り引いたとしても、普段からの関心の低さは隠しようがない。

070926hyundai7やがて審判団がピッチ視察に訪れた。その時、最近では恒例となった“拍手”が、浦和サポーターから審判団に送られた。機嫌を良くした審判団、手を振り返してくれただけでなく、ゴール裏をバックに記念撮影、、、好印象を与えた模様(゜▽゜)ヤター!。
この行為が試合にどのような影響を及ぼしたのかについては、私は言及を避けたい(笑)。

070926hyundai15開始時間も近づいた頃、現地の警察隊数十人が、バックスタンドとアウェイゴール裏スタンドの間の緩衝地帯に配備された。これまで味わったことのない緊張感---スポーツに政治を持ち込むべからずの不文律は日韓関係には通じない---そんな無言のメッセージを放っているかのような光景は、試合前から緊迫した空気を醸し出していた。

070926hyundai11気合いを込めた、コールリーダーの雄叫びがスタ ジアムに響いた。その声に呼応して咆哮するゴール裏。選手入場のタイミングを窺い、満を持したゴール裏から赤い炎が上がる。アドレナリンが一気に私の体内を駆けめぐり、体温が熱くなるのがわかった。

キックオフの笛が鳴り響いた・・・と同時に、今度は対面のゴール裏が満を持したように動き出した。多くの発煙筒をハンマー投げのように振り回し、バックスタンドからは連射花火を都築の頭上目がけて飛ばしてくる、、、10発や20発の数ではない。スタジアム中に立ちこめる硝煙と炎、そして鳴りやまぬ爆音。一連の行動を静止せず傍観する警官隊。

 戦場。

070926hyundai9そう呼ぶに相応しい、まるで古代ローマのコロッセオを彷彿とさせる殺伐感。命のやりとりはないにせよ、ピッチ上で『試合』を闘う選手たちに、“もうひとつの闘い”を託したかのようなスタンドの雰囲気に、私は総毛立った。
しかしそんな思いに気を取られていたのも束の間、達也の先制ゴール。同時に、割れんばかりの爆音が「その」合図となった(どうやら爆竹がスタンド下の堀に落ちて反響したらしい・・・)。これが本格的な戦闘状態へのスイッチとなってしまった。

070926hyundai10ボールキープする浦和の選手の足下を、狙い澄ました全北選手のタックルが襲ってくる。その標的はボールだけではないのは、サポートするわれらにも嫌でもわかった。やがてボールの関与しない場面でも、もはやラフプレーとは呼べない、『暴力』と表現せざるを得ない行為が目に余るほど蔓延しだしだ。試合そのものだけでなく選手が壊されるのではないかという恐怖感がピッチ上を走る。何とか避けられないものかと気を揉んでも、私には祈るようにコールし続けるしか術がなかった。

070926hyundai12特に「狙い撃ち」されていたのは達也とロビー。先制点を奪われた報復行為のように挟み込んだり後方チャージを見舞ったり。ロビーに至っては前後左右空中上下、あらゆる方面からのチャージの集中攻撃。しかし、倒されてもボールを奪われず前進したり鮮やかにパスを通すロビーのプレーに純粋に胸を打たれた。技術力の高さだけではない、不屈のハート・・・それはあたかも死地に活路を見いだし突き進む戦士のような、決してあきらめることのない心の強さ。今の浦和は、「ロブソン・ポンテのチーム」と形容しても言い過ぎではないだろう。彼のプロフェッショナリズムに、私は魅了されてしまった。

070926hyundai6 双方の選手&サポーターともに、徐々に感情的になりかけた頃、突然、手前ゴールを守っていた全北GKに、浦和ゴール裏からペットボトルやトイレットペーパーが投擲された。投げ返す「ふりをして」握ったボトルを手放して空振り投げをする全北GK。挑発行為に熱くなる浦和ゴール裏。しかし投げたのはこちらが先。「物を投げるな!」との怒号が味方サポから飛ばされる。当然だ。選手への迷惑を考えず物を投げて腹いせする下等な輩は二度と来ないで欲しい。

やがて『少林サッカー』と化した全北現代は、次々とアクロバチックで過激な技を持って、さまざまな仕掛けを披露してきた。前半、PKエリア内で坪井と接触プレーした場面(2枚目警告で退場処分)や、後半都築と「PKに見せかけたクロスプレーもどき」の場面があったが、どちらも全北の選手が「(接触前に)飛んでいる」(手元に録画があるならば、ご確認いただければ一目瞭然)。
対する浦和の選手たちは、努めて冷静にプレーしているのがよくわかった。相手の感情に付き合うことなく、削られないように簡単にボールをはたきパスを繋ぐことで、流麗なパスワークを展開することができた。右に左にDF裏に、ボールと浦和の選手は連動して動き回った。立ち上がり動きの重かった暢久に至っては、退場者が出た効果で高い位置を保つことができ、積極的に攻撃参加できるようになった。
あとは全北の自滅を待つばかり・・・特に全北の4番は、おそらく今対戦の主役であっただろう。埼スタラウンドでの同点弾につづき、全北ラウンドでは守っては削り屋ぶりを披露。しかし様々なアクションも度が過ぎて、不意に突っ立っていた場面でオウンゴール(浦和2点目)を献上(翌日、新聞で知りました)。久々に見る自作自演劇(笑)・・・この屈辱がまた、相手の燃え盛る自尊心に油を注いでしまったようだった。

しかし。
そのファイトは、徐々に変質していった。
試合前から冷静な対処を心がけていた浦和の選手の辛抱が、後半になり徐々に効果を表してきた。前半半ばから退場者を出し1人少ない状況を強いられていた全北の選手たちの足が、後半の時間の経過とともに止まり出した。しかし敵も然る者、運動量の低下と反比例するように、今度は感情面でヒートアップ。審判に食ってかかるシーン多発。さらに接近する浦和選手を振り払う動作を利用してのヒジ打ち、倒し、チャージの数々・・・挙げ句の果てには、CK時のブーイングに反応して、「聞こえない」といったそぶりで両耳に手を当て聞き耳立てポーズを取るキッカー・・・目を覆いたくなるくらいの子供じみた拙さ。
普段から牛乳でも小魚でもいいから、もう少しカルシウムを多く摂取していただきたいものだ(笑)。

さらに変質していったのは、全北の選手だけでなく、観客もそうだった。
2失点後からだっただろうか、バックスタンドの子どもたち数人が、浦和ゴール裏に向かって(いるように見えた)、絶叫していた。私には、「試合内容には関係ない」類の振る舞いに見えた。いや、『絶叫』と言うよりは『罵声』に近かったかも知れない。周囲の大人は誰も静止しない・・・親が言わせていたのだろうか(あくまで憶測ですが)。
また、判定に不服があるとペットボトルを投げ込んできた、何本も何本も・・・異様で不穏な空気がスタジアムを包みだした。

異様さに輪をかけていたのは、スタジアムのビジョン映像。
早々に失点してしまったためであろうか、、、今、目の前で行われている試合の情報を一切流さない。読めないハングル文字の繰り返し表示や、『蹴毬魂』云々の文言、こちらには興味のない次節の対戦カード案内ばかり延々と繰り返し流す始末。ついぞ試合終了まで、私たちは経過時間もスコアもわからぬまま過ごすことになった(なので2点目の得点者が現場では不明でした)。鳥肌の立つような、荘厳な“ウォリアー”から“Pride of URAWA”に応援が転じたとき、ようやく終盤に近づいたことを知ったものである。
『アウェイの洗礼』と表現するには、あまりにも感情的で拙い運営と思った次第。

時間の勘どころのつかめぬまま、主審が手を挙げ笛を吹いたところで闘いの終わりを知る。少々拍子抜けした感覚が周囲に拡がったものの、かえって加減せず最後の1秒まで集中して応援できたのは、全北運営側にとっての“ケガの功名”と言えそうだ(笑)。
「何でもあり」のそんな必死の思いも届かず、試合終了後さらに退場者を出し、憤懣やる方無いバックスタンドの客席は、さらに大量のペットボトルと、数人の大人による罵声(おそらく試合に無関係な内容と思われる)を投げつけてきたが、、、ここまで往生際の悪さを披露してしまっては、痛々しいの一言に尽きた。
その光景を全く意に介さないように、勝利を祝う打ち上げ花火が、浦和ゴール裏から打ち上げられた。
さすが日本が誇る屈強のサポーター軍団、最後までやることが“粋”である。
 #どうやって持ち込まれたのか、、、詮索は止めておきましょう(笑)

070926hyundai5 初めて、海外の公式戦で勝利した、記念すべき一戦。
どの選手も、辛い体に鞭打つように、精一杯プレーしてくれたのがひしひしと伝わってきた。
選手も一丸となって、『浦和のプライド』をかけて闘ってくれていた・・・その表情は、みな充実感にあふれていた。

 

070926hyundai13_2異国の地で、勝利の凱歌を誇らしく、そして高らかに唄う。
こんな夢のような日が来たなんて・・・そう思ったら、頬に幾筋もの涙が伝わった。
ありがとう、浦和レッズ。
・・・・・・いやいや、まだ闘いは続いているのだ。マフラーで顔をぬぐって気を引き締め直した。

070926hyundai14 アジアの頂点まで、「あと2つ」。
クラブ、選手、サポーターの力を総結集し、さらなる未知の世界へ踏みだそう。

現地参戦の皆さま、お疲れ様でした。
そして日本で留守を守ってくださった皆さま、皆さまの思いも現地にしっかり届いておりました。
最後まで精魂込めて闘った選手のプレーを見てくださったことでしょう・・・それが答えです。

追記:
帰りのバス車中で、「川崎PK戦敗退」の報を知りました。
国内リーグでは敵同士でも、ACLでは共闘態勢でここまでがんばって来た者同士です。
川崎の無念の思いも背負って、私たちは「その先」へ進まなければなりませんね。

 

追記その2:

070926hyundai16

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〒→@▲※々☆◇。。。

   (゚Д゚) ポカ~ン

す、すみません、、、どなたか解読していただけませんか?(爆)

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2007/09/18

戦前情報【ACL準々決勝第1戦】全北現代戦

いよいよACLノックアウトステージ準々決勝第1戦、全北現代モータース戦が行われます(噛みそう;

当サイトでは、例によってAFCオヒサルサイトの文面について、ワタシ同様、
「英語がちんぷんかんぷん」
の皆さまに、機械自動翻訳した日本語訳文をご提供させていただきます。

なお、今回の翻訳も、

 『Google翻訳』

を利用させていただきました。ちなみに『Yahoo翻訳』もございますが、『Google翻訳』のほうが面白うございました。
想像力がとても豊かになります(笑)
ちなみに、AFC・ACL公式サイト:トップページ(原文)は、こちら

では、以下簡単に。。。

■浦和レッズ情報

 ・浦和レッズ関連記事(原文):Reds stretch ahead in Japan
 ・同 Google翻訳:赤は日本で前方に伸びる

タイトルは、何となく大意が酌めそうです。
印象に残った内容について、ちょっとピックアップしてみますと、、、

「4ポイント鉛を開発した」=opened up a four-point lead
「ビオラダガンバ大阪」=With Gamba Osaka(←なんで???)
「ブラジルの罷業者ワシントン州」=Brazilian striker Washington
「清水のS脈拍」=Shimizu S-Pulse

あたりの誤訳はお約束ですね(^^;

訪問者は第12分、37分に浦和の三番目を記録する半分およびYuichiro Nagaiをの中頃でそれに2-0を作るMakoto Hasebeの記録を開けているTatsuya田中の制御を前もって取った。

順番が、逆ですな(爆)

家の側面はKoji Morisakiが8分の単一の目的にギャップを残った狭くしたときにけれどもUeslei第40分のそして脅された扇情的なカムバック目的を引っ張ることをどうにかして。

こ、、、これは一体何のことでしょうか・・・マジで「どうにかして」(笑)

まあ要するに、15日時点でのJリーグ25節の結果を交えて、浦和レッズというチームの、現時点での位置づけについて、最新情報を提供している、といったところのようです。

では、かたや、対戦相手の情報はといえば、、

■全北現代情報

 ・全北現代関連記事(原文):Seongnam back on top in Korea
 ・同 Google翻訳:韓国の上のSeongnamの背部

   (゜Д゜)

・・・・・・わからんですね(笑)

要するに、
「土曜日のKリーグで、城南一和が全北現代に2-1で勝って、首位になった」
っちゅーことで、よろしいでしょうか?(´∀`)
 #違っていたら、ご指摘お願いします(^^;

この中で、レッズのことに触れているところを見つけました。

(原文)The two sides are in action in the AFC Champions League next Wednesday with Jeonbuk travelling to Japan for a mouth-watering clash with J.League champions Urawa Reds while the team that the Jeonju-based outfit defeated in last season’s AFC Champions League final, Al Karama of Syria, visit Seongnam.

(和訳)双方はAFCのチャンピオンリーグの行為にJ.Leagueのチャンピオンの浦和の赤のmouth-watering衝突のための日本に移動するJeonbukの次の水曜日の間、Jeonju基づかせていた用品類が最後の季節のAFCのチャンピオンリーグ最終で敗北させたチーム、シリアの訪問SeongnamのAl Karama。

す、すみません・・・どなたか解説おねがいします(爆)

どうやら、どちらとも週末の国内リーグ戦の近況を報じているだろうことはわかりました。
この手の情報は、このくらいにしておきましょう。

大事なのは、今回のホーム戦です。
ご存じの方も多いかと思いますが、ノックアウトステージのレギュレーションは、次のようになっています。

ホーム&アウェイで試合を行い、勝敗は以下の基準によって決定する

1)2試合の得失点差
2)2試合におけるアウェイゴール数
3) 第2戦終了時に30分間(前後半各15分)の延長戦
4)PK方式
               (Jリーグ 公式サイトより転載)

最も重要なのは

 無失点での勝利

です。

当日券も販売されます。
ご都合がつかれる方は、何卒万障お繰り合わせの上、埼スタへ駆けつけてくださいますようお願い申し上げます。
ひとりでも多くの『浦和者』の力が必要です。
そう、、、これをご覧になられているあなたの声援が、レッズを勝利に導いてくれることでしょう。

世界への第一歩となるこの試合は、クラブ創設以来の総力戦です。
必ずや、「無失点」で勝ちましょう!!!

 

余談:

(原文)Yokohama FC’s woeful form continued as the basement side suffered their 20th defeat of the season, losing 2-0 at home to FC Tokyo.

(和訳)横浜FC悲惨な形態は季節の第20敗北が地階の側面によってが苦しんだと同時に続き、2-0をFC東京に家庭で失う。

これには参りました(笑)

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07【AWAY】第25節@広島戦

070915ohmachi1 早朝、東京を発った新幹線は、天気のはっきりしない東海~関西地方を駆け抜け、広島駅に到着。この頃には天気もすっかり回復。可部線のホームに急いで移動し、一路、乗換駅の大町へ。“広島区域”内なので、さいたまで購入したJR乗車券でここまで移動できたのは、ほんの少しだけ得した気分。

すでに正午を過ぎ、キックオフまで、この時点で2時間を切っていた。現地到着予定の試合開始1時間前に食事など取れるわけ070915ohmachi2もないので(声が出なくなる し)、どうしようかと悩みながら乗り換え途中で買ったサンドイッチとおにぎりを、なんとダンナがおもむろにアストラムラインのホーム列に並びながら、かぶりつき ((((;゚Д゚)))。確かにこの待ち時間を利用しないと食事の時間はない、と私も開き直り、むしゃむしゃ。大変行儀が悪い(笑)。東京ではとてもできない。その時居合わせて不快に思われた皆さま、それはワタシです、どうかお許しを・・・m(_ _)m
しかも食べきれないうちに臨時増便列車が入線。慌てて袋に戻し入れて乗車、広域公園前駅へと向かう。

070915hiroshima1 食べかけのおにぎりをシャトルバス車内で再び口に詰め込み、何とも落ち着かない昼食を済ませてスタジアムへ滑り込む。先着していた仲間の待つ場所へ。スタジアム内は蒸し暑く、陽射しが肌を突き刺して痛い。2年前の同じ頃にもここを訪れたが、似たようなコンディション。前回は水分不足で熱射病気味になった苦い思い出があったため、今回は自宅から凍結ペットボトルを準備して対応。しかし、すでにそれも全解凍・・・(´д`)
真夏の埼玉の酷暑の頃に比べれば、確かに少しはましなのかも知れないが、近年この時期の残暑厳しき折に炎天下での試合をやれというのは、マッチメークをした当局の“酔狂”としか言いようがない。

070915hiroshima2U-22、A代表と多くの代表選手を抱える両チーム。しかもA代表は帰国して間もなく、時差ボケで苦しむ選手もいたとか。代表選手たちは両監督の容赦なく全員先発出場となり、気候、体調とも劣悪なコンディションのなか闘わねばならず、本当に気の毒。サポーターが「暑い」とぼやいている比ではないだろう。

真夏並みの太陽照りつける14時、キックオフ。
この暑さである、、、多くのレッズサポが一番気になったのが、右070915hiroshima3 サイドの6番。しかし。われらの心配をよそに意外にもよく動くこと(笑)。サイドを駆け上がるだけではなく、時折前線に出張される4番様と20番様の留守番も、率先して務めていた様子(゜▽゜)。途中省エネモードに切り替えるも、危険察知センサーは正常に稼働してくれていた。そのためだろうか、後半ロスタイムに与えてしまった(不当な)PKで黄紙が支給されなかったのも、PKキッカーが外してくれたのも、「きっとサッカーの神様がちゃんと見ていてくださったから」(ダンナ談)だろう。

070915hiroshima4 代表組の運動量が落ちないうちに、前半立ち上がりのレッズの選手たちは積極的によく動いた。ノドから手が出るほど欲しかった先制点が達也の目の覚めるようなミドルでもたらされると、レッズは流れに乗ってさらにパスを繋げるようになった。かたや先制された広島のほうは、ホームチームとは思えないくらい動きが固く・・・固いどころか守備面での集中力を著しく欠いていたようだった。反対側の(広島陣内の)ゴール前で展開される攻防を遠目で見ていても、広島の選手たちは、レッズの選手たちのパスの行方を目で追っているだけに見えた。

意思の疎通ができていないことがすべてだろう。前半12分、先制点となった浦和FW田中達ミドルシュート。「打たないと思った」「打つと思った」「誰が行くのかはっきりしなかった」・・・。その場にかかわった(広島の)選手の試合後の言葉は微妙に食い違った。
                   (2007年9月16日 中国新聞記事)

070915hiroshima8そんなお粗末な“ボールウォッチャー”的姿勢が、達也に続くこと約10分後、長谷部をフリーにしてくれたようなものだった。前線出張中の堀之内の折り返しを難なく決めてレッズ追加点。

このあたりからだろうか、、、広島陣営のやる気の無さを感じ取ったのか、あるいは4日後のACLに向けて省エネ展開を図ったのか(今回ばかりはそれが悪いと決して言えないのだけれど・・・)、2点先制後のレッズの陣形は少々引き気味になったよ070915hiroshima6 うだった。それをよく表していたのは、永井の3点目のロングランだと思う。後方から前線へのボール運びに時間がかかるようになったのはこのあたりからのように思えた。
しかし、この永井のカウンターからフィニッシュに至る豪快な動きは、久々に爽快感を与えてくれたし、勝利への機運を一気に高めてくれた。

しかし、、、この余裕の気持ちが影響してしまったのかどうか。070915hiroshima5
省エネモードなりに守りきっていた「つもり」のレッズ守備網の合間を縫って、ウェズレイの放った砲弾がゴールネットに突き刺さってしまった。最後は坪井が付いていたのだが、完全に振り切られたわけではなかった。クイックモーションの速さ、脚の振りの速さ、的を射る正確な弾道・・・ウェズレイの持つ能力が勝っていた。ダテに得点ランキングトップを維持する選手ではない。ハーフタイム、周囲のサポーターたちは口を揃えてこう言っていた・・・「ウェズレイは、凄い」と。

後半。
070915hiroshima112点リードで無理をする必要のないレッズは、前半終盤の“省エネ”態勢そのままに試合に入った。引いて確実に弾き返して45分間を過ごす自信があれば、この暑さに加えて今後の連戦を控えていることを計算に入れた「大人の試合運び」をするのもやむなしではあるが、しかし時間の経過と共に、その思惑は少しずつ誤差を生みだした。
ホーム・広島がこのままで終わらせる訳がない。今季最多の観客動員の試合(今季の総観客数約13万4000人に対し、今節だけで約2割弱の約2万2700人動員!)で、恥をかかされるわけにはいかないだろう。それに、当地での試合には何の因果か“派手さ”が付き物なのだから。
レッズの運転モード切り替えを素早く察知したのか、前半1点を返した自信をそのままに、広島の勢いが徐々に増してきた。全体的に中盤を薄くし引き気味のレッズ陣営は、ボールを奪取しても前線までが遠く、FWまでのボール供給時間を長く要することに。

そして・・・やはり、「その時」は訪れた。070915hiroshima7
伸二が広島陣内で奪い取ったボールを、走り込んでいた達也にパス・・・ここまでは良かった。問題は、次の一連のアクションに凝縮されていた。
その達也が青山にボールを奪われ、青山はDF(戸田?)にパス。次にそのDFが前方に出した短いパスの受け手となる広島の選手の一番近くにいた伸二が、直前のプレーで疲れていたのかプレスに行かなかった時、嫌な予感がして私は「伸二!プレス!」と思わず叫んでしまった。その選手が再び青山にボールを渡した時、まずいと思ったのか長谷部が遠くから慌てて戻ってきてプレスをかけるも間に合わず(疲れて最後プレーが軽くなったようににも見えたのは気のせい?)、その青山からファーサイドの広島の選手にクロスが渡ったときには、この試合形勢でそんなところにいる必要はない(要するに攻撃参加中の)闘莉王の応対が完全に遅れ(これまた疲れによる“軽さ”?)、そのままカウンターを食らうことに。。。
レッズのゴールを目がけて放たれたシュートは、都築が懸命に弾き出したものの、守備をするべき選手が前線に行ったために、枚数の足りない守備は自陣内に“穴”を作り出してしまい、難なく走り込んできた森崎浩に押し込まれて2失点目。倒れ込んですぐさま起き上がった都築を責めるには酷な失点シーンだった。

1点差の緊迫した嫌な流れを断ち切りたかった。
その、「嫌な流れ」をすぐさま止めてくれたのが、途中投入の『ワ級』。
夏場連戦の疲れのないフレッシュな戦力であることが大きかったのかも知れない、、、一気に流れを変えてくれた。それだけでなく、実戦から長期離脱していた彼自身の不安も一緒に吹き飛ばしてくれた。
特に前節の大宮戦のような、引かれてしまう展開だと、局所的な戦場で打開する力のある選手の存在は大きい。体躯に似合わぬ繊細なテクニックは、意外性をも併せ持って、相手に与える印象を増幅させてくれるから、余計に面白い。

勝負を決する4点目が入り、あとはロスタイムをやり過ごすばかり・・・と思っていた矢先のPK献上劇。やはりここは広島ビッグアーチ・・・2年前の乱打戦の記憶が甦ったサポーターも多かったことだろう。だが、ありがたいことにウェズレイPK失敗。理由は前述のとおり、「サッカーの神様がちゃんと見ていてくださったから」(^^)。都築が守るゴールマウスは、前半で神様が“確変終了”させていたためとも推察される(笑)。

070915hiroshima9試合が進むにつれ、ある程度の乱打戦を覚悟しかけたが・・・2-4での勝利をおさめることができた。終了のホイッスルが鳴ったときは、歓声というより「あー、終わった、終わった・・・」という安堵の声が一様に漏れた。やっと終わったという感想が咄嗟に出たのも無理はない。

挨拶に来た選手の表情も、破顔ではなく「やれやれ」といった感じ。暑さあり、疲れあり、厄介な展開あり、で、、、それもまた正直な表情だろう。
お互いに「お疲れ様」と言いたくなる気分だった。

070915hiroshima10 本当の意味で、今年の「正念場」が、いよいよ始まった。
これからの連戦に弾みを付ける、幸先良い勝利をおさめることができたのは大きい。確かに失点も多かったが、得点も多かった。たとえ今日の相手の前半がふがいなかったとしても、4得点は良い感触と自信を与えてくれる数字である。
試合内容云々も大事だが、今は二の次。結果が問われる試合をものにできる強かさこそが必要とされる場面が今後は増えてくる。そう、かつての鹿島のように、しぶとい勝負強さが醸し出す“王者のリアリティ”・・・それがディフェンディング・チャンピオンの闘いなのだろう。
「良い内容だったけど、負けてしまった」
そんな幻想的で甘い言葉は、レッズにとっては過去のものになりつつあるのではないか。

世界への扉を開く一戦が、水曜日に待っている。
必ず生き残らなければならない闘いが、もうすぐやってくる。
この勢いそのままに、突っ走ろう、最後まで。

力を合わせて、がんばりましょう。

おまけ:
試合後、ご丁寧に紫トラメガの構成員が表敬訪問に来ていましたが。
(聞けば、開門後にもやってきたらしいけれど・・・)
彼は、一体、何をしにきたのでしょう???

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2007/09/14

続・あらしのあと~荒川のその後

先週お伝えしました、“あらしのあと”の、その後です。

現地特派員・ダンナが、昨日も荒川の現場調査に向かいました。
台風9号が通過して一週間、冠水した荒川河川敷は、現在どんな状況なのか・・・簡単にご報告いたします。

 

■羽根倉橋より

070913arakawa

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間前と比べて、だいぶ水は引きましたが、私たちが普段目にする通常の流量と比べると、まだ多少増水しているような状況です。

 

■レッズランド

070913redsland

 

 

 

 

 

 

 

 

水は完全に引いています。(´∀`)
ハードのテニスコートも、きれいに泥を排出しているようです。芝も残っていて安心しました。
写真からはわかりづらいのですが、左奥の芝部分(鉄塔と赤いバスの向こう)の、前回写真現場のピッチも青々としているようです。
復旧は順調に進んでいるようです。

 

■NTTグラウンド(志木市)

070913nttsiki

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらも水は引いていましたひとまず安心といったところですが・・・。
奥の照明設備のあるピッチは青々として被害は少なそうですが、手前のピッチは水はけが悪く、泥がまだかぶっています orz orz orz...
この状態が長く続くと、芝の状態が心配されます。
しばらくは、奥の状態の良いピッチを主に使用するのでしょうが、集中して使用すると、この芝もどこまで耐えられるか、、、といった事態も推測されます。

簡単ですが、ご報告まで。
今日も特派員は、チャリで颯爽と現地を巡っている最中です。
追加の情報などありましたら、後日追記いたします。 

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2007/09/13

条件反射

最近、期限を切られた仕事で、獅子てんや瀬戸わんやしているnigoeです、みなさまごきげんよう。

久々のリーグ戦中断で、束の間の充電中の方も多いことと存じますが、サポーターとは貧乏性なのか、1週間以上試合がないと、どうしても落ち着かないものです。

例えば、

  • 赤いものには過敏に反応してしまう(赤い服、赤い車、果てはポスト、消防車etc...)
  • 「REDS」のステッカーが貼られた車や、REDSの携帯ストラップをしている人を、目で追いかけてしまう
  • 新聞ネタに敏感に踊る
  • 特定の選手について「いる」「いらない」で議論する

などなど、さまざまな行動形態を取ってしまいがちになります。
オヒサルのトップ画面も、またしてもスゴイことになっているようですが。。。

しかし・・・私もそんな人のことを笑っていられないようです。

昨日スーパーで、つい、手を出してしまいました。。。

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2007/09/12

【AWAY紀行】まほろばを訪ねて(2)東大寺大仏殿編

ちょっと間が空きましたが、

 「大和は国のまほろば」

平城の都・奈良のトボトボ歩き紀行の第2話です。

前回の“興福寺編”につづき、今回は、この国の歴史を語るうえで欠かすことのできない、『東大寺』を駆け足で訪ねる旅です。
「東大寺なら修学旅行で行ったことあるよ」と申される方が多かろうかと思いますが、私が通っていた高校には修学旅行というものが無かったので(昔、不祥事があったらしい)、この歳で、このたびが初めての東大寺参詣となりました。

(前回のお話は、こちら

070816toudaiji1 飛火野の入口を左折し、真っ直ぐに北上すること数分、門前の仲見世に辿り着きます。その視線の先には、東大寺南大門が。
すると。
奈良公園名物の“鹿”の存在が、私たちを苦しめはじめました。
わが庭とばかりに悠々と歩く鹿を「見るだけ」でしたら別に問題はないのですが、いわゆる「フンの臭い」が、たぎった空気と混じり合って、猛烈に襲いかかってきたのです。写真でお伝えできないのは、皆さまにとっての幸い(笑)・・・真夏の真昼の奈良公園には、そんな思いがけない試練が待っていたのでした(^^;
フンの臭いを払いのけるように、先へと進みます。(@◇@;)ゼーゼー

【 2007年8月16日 11:20ごろ 東大寺南大門】

070816toudaiji2当然のことながら、『古都奈良の文化財』として、興福寺などと共に世界遺産に登録されています。東大寺は、聖武天皇の発願により創建さた金鐘山寺(きんしょうせんじ)を起源としています(728年)。『国分寺・国分尼寺建立の詔』(741年)の翌年に金鐘山寺は大和国国分寺となり、その後『盧舎那大仏造顕の詔』(743年)を発令し、当時の都・紫香楽宮~難波宮から再遷都した聖武天皇は、この地で本格的な大仏造立を開始(747年)しました。その頃から、総国分寺“東大寺”の名が使われるようにな070816toudaiji3ったそうです。開山は華厳宗の良弁(ろうべん)僧正。 日本史の教科書には必ず載っている、現代では到底成し得ない壮大な国家プロジェクトの舞台となったことで知られている、あまりにも有名な寺院です。
詳細については、私がどうこう説明するより、下記サイトをご参照くださればと思います。
 ・東大寺HP
 ・東大寺(Wikipedia)

070816nandaimon 東大寺南大門。
創建当時のものは災害損失し、現存する門は鎌倉時代(1199年)に復興されたもの。中国・宋から伝えた建築様式といわれる大仏様(だいぶつよう、天竺様・てんじくよう、ともいう)を採用した建築として著名な建造物です。長年の風雪に耐え、かなりの傷み具合でしたが、かえって悠久の時の長さ、歴史の重みを語りかけられる思いがしました。『大華厳寺』の銘板が掲げられています。

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南大門と言えば、金剛力士像。世界最大の木造彫像として国宝指定されています。
人間というものは、“本物”を目の当たりにすると、頭の中が空っぽになってしまうのでしょうか・・・気が付いたら、口をポカンと開けて圧倒されて突っ立っている自分がそこにいました。
鎌倉時代の高名な仏師である、運慶、快慶、定覚、湛慶(運慶の子)が制作に当たりましたが、平成の解体修理の際、像内に納められていた文書から、彼らが小仏師多数を率いてわずか70日程度で造立したものであることが裏付けられ、運慶が制作の総指揮にあたったものと考えられているそうです(以上、Wikipedia等を参考にしましたが、この話は以前TVで見た記憶があります)。
なお、右に吽形、左に阿形を配していますが、これは一般的な安置方法とは逆なのだそうです。
檜の寄木造り、高さ約840cm(左写真の下に写っている人物と比べればわかりやすいです)、重さ約6tの巨像・・・800年以上も前の技術の高さと確かさ、圧巻です。

【 2007年8月16日 11:30ごろ 東大寺金堂(大仏殿)】

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070816daibutuden5 私も、割といろいろな寺社巡りをしているほうですが、見た瞬間、あまりの迫力に呆然と脱力してしまいました。広大なる敷地に堂々とそびえる“天平の甍”。 
何と言いますか・・・宗教的な迫力と言うよりは、千年以上も昔の国家権力の強大さをまざまざと感じさせられました。政教一致の国家プロジェクトとして、前述の『国分寺・国分尼寺建立の詔』(741年)と『盧舎那大仏造顕の詔』(743年)を発令し、あまたの国費と人材が投入された大仏殿の姿は、当時頻発した社070816daibutuden2会不安を払うための国家安寧と国体維持の象徴として、現代にもその威厳を放っているように見えました。しかし大仏造立後の国政は、聖武天皇の願いとはかけ離れて財政逼迫し、民衆は疲弊してしまうという現実に見舞われてしまいます。。。

東大寺盧舎那仏・・・いわゆる『奈良の大仏さま』は、大仏殿と共に2度の戦火にあっており、それに加えて補修も多く行われていることから、台座、腹、指の一部などごく一部に当時の原型を留めているそうです。江戸時代に再建された大仏さまと大仏殿が現存のもので、大仏殿は創建当時の3分の2程度に縮小復元されたということですから、創建当時の規模に思いを馳せれば、いかに国家の命運をかけた壮大な国家事業であったかが伺えます。

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余計なこととは思いつつ(笑)、大仏さまの後ろ姿をおさめさせていただきました。
随分と「絶壁」です、って罰当たりが・・・金色の光背(後光)に補強材が施されていました。

 

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大仏殿の四方には、四天王立像が配されていたそうなのですが、広目天像、多聞天像については、頭部だけが残されていました。
拝観したときが真っ昼間だったので面と向かって拝めましたが、真夜中にお会いするのは・・・ちと勘弁して欲しいものです(汗;

 

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大仏殿にて、お守りを購入。
左はヘマタイト製念珠。磁気入り(笑)。虎目石も配されています。ヘマタイトは「勇気と自信、闘いの守り石」と覚えがあったので、即購入(“磁気入り”も動機ですが)。
右は“勝守”。条件反射的に手が出たのですが、赤い袋が無かったのが至極残念!(笑)。
購入後、このお守りで3連勝しましたが(以下省略)。

ゆっくりと足を止めて拝観したいところではありましたが、時間は容赦なく過ぎていきます。

名残惜しくも早々に切り上げ、『修二会』で知られる二月堂へと歩を進めます。

(つづく)

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2007/09/08

あらしのあと~荒川のフィールド

関東以北の日本列島を縦断した台風9号は、温帯低気圧となりました。
皆さまお住まいの地域では、いかがでしたでしょうか。
被害に遭われた皆さまにおかれましては、心よりお見舞い申し上げます。

このたびの台風イビチャ9号は、埼玉県を直撃しました。
今回は台風の速度の遅さが影響したため、上流の三峰山付近は長雨で記録的な降水量となり、荒川流域は過去最高の増水となりました。

大雨の時の河川は、こわいですね。

で。
昨日の大増水中の荒川に、決して物見遊山ではなく仕事で現地調査に向かったダンナから、生々しい洪水の模様を記録した写真を見せてもらいました。

■レッズランド

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070907redsland2 やはり冠水してしまいました。場所が場所だけに、覚悟はあったかと思いますが。。。(ノ;д`)
このことは、オヒサルにも告知があるとおりで、しばらくは復旧作業に専念するしかなさそうです。
しかし、柵の高さや、ゴールマウス(上写真奥に見えます)のほぼ全体が水面上に視認されますので、水の引き方も早そうです。
早期の復旧が期待されます。

ダンナはその後、羽根倉橋を渡り、対岸の現地へと向かいました。

■NTTグラウンド(志木市)

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070907nttsiki2 見事に水没してしまった模様 orz orz orz...

特に右写真の円部分にあるゴールマウスの水没具合に注目すると、その冠水の程度がわかるかと思います(※写真クリックで拡大します)。
これでは、荒川本川の水が引かないことには復旧作業に入れません。埼玉新聞の記事には「一週間程度での復旧を目指す」とありましたが、さすがに後になって考え直したのでしょう、大宮のオヒサルでは「復旧見込みは未定」となっています。芝のダメージ等を考えれば、早期の復旧が困難なのは想像に難くありません。
大宮が今後、J1クラブとしての運営を考えるなら、これを契機に天候の影響を受けやすい河川敷ではなく秋葉の森や朝霞などの常設的な練習場を確保した方が良いのでは・・・と思いますが、そこは大宮の台所事情もあるでしょうから、わかってはいてもできない部分があるのかも知れません。
他所様のことですから、首を突っ込むのはこれくらいにいたしましょう。

レッズランドの、一日も早い営業再開を願って止みません。
関係者の皆さま、がんばってください。

つぶやき:
羽根倉橋の左右岸の高水敷高さが違うのではないか、という話が。。。
すなわち、レッズランド側(左岸)の盤高は高く、NTTグラウンド側(右岸)は低いということではないかと・・・河道の線形(右岸の志木市側に若干蛇行している)も影響ありそうな気配が。
あくまで仮説ですが、ちょっと調べればわかるような(以下自粛)。

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2007/09/07

【嘘】平成19年 台風『イビチャ』に関する情報

(※念のため・・・これはパロディですよ)

平成19年9月7日 JFA気象予報部発表

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■見出し
強引な台風『イビチャ』は、日本のはるか西方、ヨーロッパ・オーストリア付近にあって、ほぼ停滞しています。

■本文
強引な台風『イビチャ』は、6日午前には、埼玉県・浦和上空にて速度を落とし停滞しておりましたが、『阿部スイス行き禁止令』の報を受けると徐々に速度を上げ、成田方面へ迂回の後、ユーラシア大陸をヨーロッパ方面へとほぼ強引に横切る形に進路を取り、7日正午現在、日本のはるか西方、オーストリア国にて再び停滞しています。
なお、被害が懸念されていた、阿部勇樹選手の無事は確認されており、順調に休養している模様です。

台風『イビチャ』の現在の状況は、オーストリア・クラーゲンフルトの上空にあり、ほぼ停滞しています。
中心の血圧は、上が160mm/Hg、下が100mm/Hg(やや高め)、
中心付近の最大風速は平均35メートル、
最大瞬間風速は65メートルで
中心から半径10メートル以内では
風速50メートル以上の暴言の風となっています。

この台風は引き続きオーストリア・クラーゲンフルトの上空にあり、勢力とテンションを徐々に落としながら、11日まで停滞し、温帯低気圧へと変わる予定です。
現地滞在の、田中“大”&“小”選手、鈴木啓太選手におきましては、引き続き警戒が必要です。

今後の台風『イビチャ』情報に、引き続きご注意下さい。

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

台風9号は、関東地方を通過し、7日正午現在、山形県米沢市付近にあって北北東に進んでいます(これはホント)。

台風が通過された地域の皆さま、被害のほどはいかがでしたでしょうか?
無事にお過ごしになられたことを祈っております。
これから台風が接近する地域の皆さまは、引き続き今後の台風情報にご注意くださいますよう、お願い申し上げます。

気象庁・台風に関する気象情報は、こちら

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2007/09/06

【AWAY紀行】まほろばを訪ねて(1)三条通~興福寺編

万博でのガンバ戦の翌日。
070816jrtennouji 観測史上国内最高気温の記録が出たこの日、朝っぱらから炎天下を取り憑かれたようにトボトボ歩く脳天気夫婦は、関西でも大活躍 (゚∀゚)凸ファンキー!
例によって、ガイドブック無し、でも全国時刻表あり(笑)、行き当たりばったり思いつきの旅のはじまりはじまり。
盂蘭盆恒例『五山の送り火』で鬼混みが予想される京都を避け、まずは新大阪から天王寺へと移動し、天王寺からJR関西本線に乗車。電車に乗ったはいいけれど、
「どこ行く?」 
電車の行き先から、法隆寺に行こうか、平城宮跡に行こうか・・・などと乗車中は問答しきり、結局降りたところは、、、

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  終点。

【2007年8月16日 JR奈良駅 10:22着】

かえって悩みもなくなり楽になったところで(笑)、観光案内所で情報収集。
交通事情的に最繁忙期のこの時期、帰りの新幹線の予約を変更するわけにはいかないので、せめて発駅を新大阪→京都に変えてみたものの、それでも奈良滞在可能時間は、

3時間程度。

「3時間で歩いて行けるところ」と制限すれば、おのずと行き先も決まりました。
三条通から興福寺~春日大社参道~東大寺を訪れることに。

 大和(倭)は国のまほろば
   たたなづく青垣 山隠(やまごも)れる大和(倭)し  美(うる)わし

倭建命(日本武尊:やまとたけるのみこと)が、東国遠征からの帰途、伊勢国・能褒野(のぼの)の地で、故郷の大和の国を偲んで詠んだとされるこの歌(『古事記』に収録)。
 #当時の皇居は纒向日代宮(まきむくのひしろのみや:桜井市あたり)に存在していたと推察されていますが、総じて「大和国」を歌ったものと捉えられているようです
間もなく遷都1300年を迎えるこの国の“まほろば”、大和平城の都・奈良のごくごく一部を、しかし代表的な場所を、短時間で歩き訪ねてみました。
たった3時間のぶらり旅ですが、今回は“興福寺編”“東大寺大仏殿編”“二月堂編”の豪華3本立て???(話を引っぱってるだけじゃ/笑)にてお送りいたします。

【同日 三条通】

070816nara3joh1 駅を背に、左斜め方向から入り、真っ直ぐに伸びる道が三条通。炎天下に歩く人もまばら。歩く人も日陰に吸い寄るように歩いています。
いわゆる昔ながらの『○○通り』の風情を演出しているようにも見えますが、駅が近いので繁華街の色彩が濃いのはやむなしというところ。こちらも勝手な先行イメージがあったので、通りの名称表示もなく中途半端な雰囲気に「ここが三条通?」と迷いました。できれば、通りの入口にでも道案内の看板が欲しいところ。

070816nara3joh2 途中、上記“先行イメージ”に近い、古い店構えも見られましたが、近鉄奈良駅付近となると、古風な商家のそばにパチンコ屋があるといった状況に。確かに生活圏エリアにおける景観規制は現実的に難しいものがあることは、私も仕事で経験したことがあるので承知しているつもりですが、しかしこの道は奈良公園までの“玄関口”となる観光ルート。(建物の高さ規制はあるように見受けられましたが)京都と比べると、景観条例の規制と住民意識レベルのほどはどうなのでしょう・・・と、観光客の視線で思った次第です(^^;。

070816narapark1 三条通をまっすぐ歩くこと20分程度、右手に猿沢池が見えてきたところが奈良公園の入口。
左手の坂のすぐ脇に興福寺の境内があります。
 ※クリックで拡大します

 

【同日 11時ごろ 興福寺】

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興福寺は、藤原鎌足の病平癒を願った夫人(鏡大王)が、山背(山城)国に建立した『山階寺』が起源とされています(669年)。その後、壬申の乱(672年)を経て都が飛鳥(藤原京)に再遷都の折、山階寺も移建され、その地名から『厩坂寺』と改名。そして平城遷都(710年)の際、鎌足の子息・藤原不比等により移建され、現在の『興福寺』となったそうです。この経緯からわかるように、元来藤原氏の個人的な氏寺なのですが、この後は国家による造営が進められたそうです。
詳しくは、興福寺HPならびにWikipedia(『興福寺』の項)をご参照ください。

写真は、興福寺五重塔。天気が良すぎたのと、被写体が大きすぎて近景が難しく、安物デジカメのレンズとホワイトバランス機能ではうまく写せませんでした。肝心のカメラマンの腕は、「オート任せ」ですので突っ込み厳禁ヨロシクです(笑)

070816koufukuji3 平成22年(2010年)の創建1300年記念に向け、現在興福寺では中金堂院や伽藍を中心とした興福寺境内の再建整備を進めており、そのための発掘調査が行われています。
壮大な再建計画のゴールは、よくよく考えてみると近い将来なので、再び訪れる時の楽しみができました。
 ※クリックで拡大します

境内には、奈良公園お約束の“鹿”。
 ※お断り:ここの“鹿”には罪はござい070816koufukuji2ません(^^;

 ♪奈良の春日野 青芝に
   腰を下ろせば 鹿の・・・

やめておきましょう(笑)。
『オレたちひょうきん族』世代・・・
 #吉永小百合さん、ゴメンナサイ m(_ _)m

確かに、ここの鹿には罪はないのですが、この鹿の存在が、この日の気候と相まって、のちのち重くのしかかってきます(そのお話は、次回にでも)。

070816koufukuji4 もっとゆっくり参詣したかったのですが、3時間の持ち時間のうち、すでに1時間近くを費やしてしまったため、先を急ぐことに。興福寺の代名詞とも言える阿修羅像拝観はあきらめました。ここで拝んで済ませました、どうぞお許しを・・・次回は必ずお目もじを

興福寺境内を出て、もと来た道に戻り、春日大社参道へと歩を進めます。

070816narapark2一ノ鳥居をくぐると、荘重な雰囲気の参道がまっすぐに伸びています。

 ♪春日山から飛火野辺り
  ゆらゆらと影ばかり 泥(なず)む夕暮れ
  馬酔木(あせび)の森の 馬酔木(まよいぎ)に
  たずねたずねた 帰り道

うぃあーソングライター”さだまさし大先生の名曲『まほろば』の、歌詞で表現されている道を逆方向に、すなわち春日山方面に近づいて歩いています。
時間が許しても許さなくても、この先にある飛火野から馬酔木の森に歩を進めたかったのが本音でしたが・・・飛火野の入口を断腸の思いで左折して、東大寺方面に泣く泣く向かったのでした (つ;д`) エーン・・・

070816narapark3と、その前に、、、(飛火野入口の)表参道の手前にあった古い洋館に目を惹かれました。美しい外観のこの建物は、『旧奈良県物産陳列所』として明治35年(1902年)に建設されたとのこと。案内板の看板のとおり、洋風の建物に瓦葺きの屋根、玄関前には唐破風の車寄せ屋根が施されています。名勝・奈良公園の景観に配慮し、平等院鳳凰堂をモチーフに設計されたそうです。現在、奈良国立博物館附属の『仏教美術資料研究センター』として活用されていますが、国の重要文化財にも指定されています。
激動する文明の変化の中にあっても従前の環境に配慮した明治人の気品を、現代人は見習わなくてはならない、、、その好例と言えそうです。

ちょっと気を惹かれて立ち止まっていると、時間はどんどん過ぎていきます。
飛火野沿いの道を北上し、東大寺南大門方面に、急ぎ歩を進めます。

(次回へつづく)

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2007/09/03

07【HOME】第24節@大宮戦

闘うべき時、闘うべき場所で闘わない人・・・のことを、考えてみる。
なにも、ピッチの上の選手だけに限ったことではない。
スタジアム全体が醸し出した、油断めいた雰囲気が招いた、

『不覚。』

070901ohmiya6 子どもの世界と同じで、相手を馬鹿にしたり見下す者は、その相手に足下をすくわれると、自分に対する腹立たしさのあまり、当たり散らすように荒れるもの。
慢心して失敗したうえに心を荒らすのは見苦しい限り。
一丸となって向かってきた相手の気迫が明らかに勝った“完敗”・・・素直に認めたいと思う。

ピッチ上の『油断』。
070901ohmiya1確かに、好調の平川に代えて相馬をスタメン起用した意図は理解しづらかった。しかしその不明点を割り引いても、完全に出足に遅れを取り、ミスを連発し、狙われるパスコースやマークを外す動きが不足し、ベタ引きの相手に対する冷静さとアイデアを欠いた戦法では、いくら個の力量で打開しようとしても限界が見えてくる。
「絶対に勝ちたい」という心意気を糧に、基本的な動作を惜しみなく、丁寧にこなした大宮の組織力と精神力が、徐々にピッチ070901ohmiya2 を凌駕していく実感が、時間の経過とともに増幅していくのがよくわかった。浦和サイドは屈辱的な時間を過ごすしかなかった。

どこか疲れて気持ちが切れているように見えるレッズの選手たち。
あんなにハイボールに競り負けたうえに、フィードミスを連発する闘莉王を初めて見た。
ボールに食らいつきながらも疲労の色が濃く苛立つロビー、停止070901ohmiya3明けの啓太と阿部がいるはずなのに、プレスに行かずスカスカに空く中盤~ 最終ライン前、ゴールマウスに嫌われるシュートの数々。。。

「夢中で蹴ったら入った。泣きそうでした」(埼玉新聞)

と語った大宮・森田の、この試合に臨んだ気概の違いをまざまざと見せつけられた思いがした。佐久間監督に、サテライトでの惨070901ohmiya4敗(0-6)以後、「しっかりできなかったら、僕が大宮で監督をやっている限り使えない」と宣告されていたという。悲壮感さえ漂う決意を胸に闘った者へ、その覚悟と努力相応の見返りとして、サッカーの神様はご褒美を与えられたのだろう。
そんな決意と気迫のない者には、幸運を授けてくださるわけがない。

しかし。
だからといって選手だけを責めるつもりはない。

070901ohmiya5 サポーターの『油断』。
北ゴール裏にも、「闘志の温度差」は間違いなく、あった。
絶対に取りこぼしたくない、大事な試合の最中に談笑している者、菓子を食べながら見ている者、試合の前後ならまだしも試合中に写真撮影する者、1点リードされて苦況に立たされている状況で、手拍子をする動作で隣人とじゃれ合う者、ただ腕組みして傍観する者、「何やってんだよ!」と罵声だけ得意げに叫ぶ者・・・
試合に負けたことより、この状況を目の当たりにしたことのほうが、私は口惜しかった。

 

070901ohmiya7

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処ニ求ムハ闘士ノミ」

最後の10分間、声を出さぬ人々、手拍子を叩かない人々、選手を励まさない人々の分まで自分がやってやろうと、いつもよりさらに声を出し、手を突き上げ叩き、跳ね続けた。
最後のホイッスルが鳴った直後・・・私はその場にへたり込んでしまった。自分なりに闘って、力を出し切ってしまった。
選手が挨拶に来たとき、中年の身には、体力的にも精神的にも立ち上がって黙って迎えるのが精一杯。ブーイングをする余力すら残っていなかった私は、北の住人として相応しくないのだろうか。。。

「武士道は死狂ひ也・・・・本気(正気)にては大業はならず。気違に成て死狂ひする迄也。・・・・忠も孝もはいらず、士道においては死狂ひ也。此内に忠孝は自こもるべし」【『葉隠※』より】

負けた相手が相手だっただけに、悔しさは正直あった。レッズの選手の動きも最悪ではあったけれど、“完敗”だったのは確か。潔くシャッポを脱ぐしかない。
しかし、選手をブーイングするほど全力で闘ったという自負が、北ゴール裏のサポーター全員にあったと言い切れるのかどうか。。。

 

また、久々にこの言葉が思い浮かんだ。
今年は選手自身だけでなく、サポーター自身にも言えそうな気がした。

「浦和の敵は、浦和。」

幸いにも中断期間がある。
じっくりと、悔しさを2週間噛みしめながら、自分自身を見つめ直したいと思う。

※補足:
『葉隠』は、戦前ことさらに「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」が強調され、「武士道精神=死を美化」と曲解されていましたが、大意を平たく言えば、「人はいつ事故や病気で死ぬかも分からないものだから、日常の中に死の意識を取り入れて、一日一日を懸命にそして大切に生きなさい」が主旨のようです。同書は、太平の世に生きた「武士の(生活全般の)たしなみ」を記した書として、現代社会で再評価されている動きもあります。
簡単な補足まで。

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