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2007/05/17

【小さな旅】吉見百穴

GW後半、ちば戦の引き分け試合からの気分転換を図るべく、県内各所をブラブラしておりました。観戦記の更新をサボっていたのはこのためです。

さいたま市内から車でほぼ1時間、県立比企丘陵自然公園内にある『吉見百穴』を訪ねました。

【吉見百穴(よしみひゃくあな) 埼玉県比企郡吉見町:東武東上線 東松山駅より1.5㎞】<国指定史跡> 2007年5月5日 訪070505yoshimi1

今回訪れるまで、「ひゃっけつ」と読んでいました・・・(恥;
一見、古墳展示施設とは思えないような、立派な入場口が整備されています(写真奥)。県の埋蔵文化財センターも併設されています(写真手前)。

 

070505yoshimi3 入場口にある解説板に、この史跡の概要がわかりやすく説明されていました(※写真クリックで拡大します)。江戸時代の中期ごろから「百穴」と呼ばれていたようですが、明治20年に東京帝大大学院生であった坪井正五郎博士が大学の後援で発掘調査し、横穴を掘り出すことに成功。当時は、先住民族とされる土蜘蛛人(コロボックル人)の住居跡であったものをのちに墓穴に利用したものであるとか、近くの松山城の兵器庫であるとか、諸説展開されましたが、大正後期に、出土品や横穴の構造から、古墳時代後期(6世紀末~7世紀末)の代表的な群衆墳墓であることが確定し、国指定史跡となったそうです。070505yoshimi2

入場料は、大人300円、小人200円也。
併設の埋蔵文化財センターの入場料も含まれているので、お得感のある料金設定です。
入場口の向こうの緑に覆われた小山の山腹に、たくさんの横穴があるようです。

070505yoshimi4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさに“百穴”と表現したくなるほどの、蜂の巣のようなおびただしい数の穴が山腹に開けられています。意味は全然違うのですが、「土手っ腹に風穴」を直訳的に図化したような感じです(笑)。
実際には百穴以上あり、現在確認されているだけで、219個の横穴があるそうです。
岩質は凝灰岩だそうですが、これだけの数の空洞で山腹がよく持ち堪えているものだと感心します。

070505yoshimi5 入場して、最初に視界に飛び込んでくるのが、この縦坑。
何だナンダ?と思い近づくと、「この洞窟は地下軍需工場の跡地です」の案内板が。戦時中は、かの中島飛行機の部品製作のための地下工場だったとか。 戦況の悪化と空襲による生産低下を避けるため、昭和19年暮れ、当時さいたま市にあった工場を移転する目的で建設されたそうですが、大規模な突貫工事にも関わらず、本格的な生産活動が始まる前に終戦を迎えたそうです。

 

070505yoshimi6洞窟の中に、当時の痕跡をあまり見ることはないのですが、こんな薄暗く息も詰まりそうな場所をわざわざ作ったうえに、ここで本気で戦争の道具を作ろうとしていたのかと思うと、先の大戦の愚かしさと虚しさを感じます。古墳時代の遺跡と現代の負の遺跡が同居する、「時代の墓場」のような、何とも複雑な想いが交錯する空間です。

 

070505yoshimi7 さて、本来の“百穴”の話に戻りましょう。
横穴を図解した説明板(※右写真クリック拡大)によると、穴の中は玄室・羨道・前庭の3つの部分で構成されているとのこと。各所の詳細は説明をご参照ということで、遺体を安置したあとは、やはり穴は石などで封鎖し、追葬の際には再度封鎖石を除いて利用していたようです。 

070505yoshimi8ちょうど、この説明板の左下に、国指定天然記念物の『ヒカリゴケ』が自生する穴があります。
穴口は防護柵で塞がれていますが、中は覗くことができます。
ただし、小さな穴口なので、子供だったら一度に2人くらいしか覗けません。 大人だと光を遮ってしまうため、1人ずつ順番に覗いた方が良好に観察できるかと。。。 

070505yoshimi9 

 

 

 

 

 

 

 

 

フラッシュを使わず自然採光のみでしたが、蛍光色に光るコケの撮影に何とか成功。
『ヒカリゴケ』は、一般的に中部以北の山地に見られるため、関東平野に生育していることは、植物分布上極めて貴重であるとされています。

070505yoshimi10 百穴のある小山の頂上まで、遊歩道が整備されています。ちょっと登ってみることに。
「ちょっと」と言ったものの、ある程度の体力は必要とされます。数分間はトレッキング気分を楽しめます。思いのほか、樹木が鬱蒼と繁っていました。

 

070505yoshimi11 山頂は、展望台として整備されていましたが、あまりに緑陰が濃いために、眺望は開かず(笑)。
数百メートル先に松山城址のある丘が見えるということなのですが、松山城址やいずこ・・・(^^;
展望台と言うよりは、木陰や森林浴を楽しむ空間といったところで、それはそれでよろしいかと思います。

070505yoshimi12 下山して、園内に併設の埋蔵文化財センターへ。
様々な出土品をはじめ、『勾玉づくり』『埴輪づくり』『土器づくり』などを家族で楽しめる体験学習コーナーもあり、充実した立派な施設です。連休の最中とあり、多くの家族連れの利用で賑わっていました。

 

070505yoshimi13 園内の売店では、さすが県北文化圏、『五家寶』のバラ売りが(笑)。1本35円也。
何十年ぶりに食べました。“ラムネ星人”のダンナが入手したラムネと共に食べると、きな粉と餅が口の中に目一杯拡がって、酸素不足で遠い目になりながら、得も言われぬ味わいを楽しめました(笑)。

この日の朝、思いつきでドライブがてらやって来たのですが、訪れる前の私の想像を越えて、立派な史跡公園として整備されており、短時間ながら古代の習俗文化と近代歴史に触れつつ学習でき、望外に楽しむことができました。

 ※この他、詳細については吉見町役場ホームページをご参照ください。

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コメント

「吉見百穴」小学生の頃、遠足で行きましたよー
その時は「よしみひゃっけつ」って読んでいた記憶があります。
日記を読んで久しぶりに行きたくなりました。

投稿: ひで@上木崎 | 2007/05/17 19:44

がーーーーん、
タイトルの段階で、"よしみひゃっけつかぁ"看板は見たことあるなぁ、と思ってたワタシは超負け組・・・・?

埼玉県で小学生時代を過ごしていないので、
『わたしたちの埼玉』を勉強してないんだから仕方ないですよね。
(当時都民だったので、小学校4年で練馬区、5年で"わたしたちの東京"だったんですよね。。。転校しないでそのまま住んでたら、6年生は日本、だったんだろうか・・・・・?)

投稿: えりぴょん | 2007/05/17 20:46

同じく遠足組です。
「よしみひゃっけつ」でした。
・・・きっと最近呼び名がかわったんですよ。きっと。


投稿: sat | 2007/05/17 21:17

懐かしい~。母の実家に行く途中にあるので、子供のころ時々行きました。

「ひゃっけつ」と読んでいる人のほうが多いかも知れないですよね。偶然にも、最近どこかの新聞にこの読み方のことが書かれていました。

ヒカリゴケが光っているのを見たのは、ここが初めてです(笑)埋蔵文化財センターは最近できたものですね。小学生の姪っ子を連れて行ったら喜ぶかなー。

投稿: あん | 2007/05/17 23:03

ひゃくあなって重箱読み? たぶんどっちでもいいんじゃないでしょうか。

去年知り合いの鯱サポさんが遊びに来られたとき、地元屈指の観光地としてご案内しますた。すっげーレトロなお土産を買って喜ばれていました。たぶん百穴に行った数少ない鯱サポだとか言って。

なお、ウチからはクルマで農道を30分弱。

投稿: にゃんた2号 | 2007/05/17 23:41

最近、観戦記より紀行文のヒット数が多い、こちら「中年バンザイ!」です、みなさまごきげんよう(笑)
うわ!思いがけなくたくさんのコメントをありがとうございました。
皆様の興味は、その「読み方」ですね。そこで・・・私は決意しました。
明日、「当局」に直接聞いてみます(゜▽゜)。
ですから、明日も、「見 て ね ~ ♪」(サザエさん風)

@ひで@上木崎さま
こちらでははじめまして(^o^)/ ようこそいらっしゃいました!
私はこのたび初めてだったのですが、私が見てもここ近年でできたような近代的な施設(埋文センター&案内所)が整備されています。遠足以来でしたら、またぜひ。

@えりぴょんさま
いえいえ、これだけ議論「ひゃっけつ」の同志がズラリと(笑)。

>>小学校4年で練馬区、5年で"わたしたちの東京"だったんですよね。。。
>>転校しないでそのまま住んでたら、6年生は日本、だったんだろうか
この「三段論法」がナイスです(^^;

@satさま
さっきダンナ話したところ、「ずいぶん前の埼玉新聞で、この呼称について統一する、とかいう記事見たぞ」とのコメントがありました。
これを聞いて、明日「当局」への取材を決意した次第です。

@あんさま
上記のとおり、埼玉新聞か、主要紙の地方版に記載されていたのではないでしょうか?(^^;
体験教室があるようですから、姪っ子さんたちにも喜ばれるかと思いますよ。

@にゃんた2号さま
確かに「重箱読み」ですね(^^;

>>すっげーレトロなお土産を買って喜ばれていました。
確かに、土産店の店内は埴輪だの土偶だのありきたりな小間物だの、食べるものも漬物だとか、掘ってきたタケノコだとか並べられていました。「こどもの日」だというのに、そこの子供がお店の手伝いをしていたのが健気でした(つ;д`)

>>たぶん百穴に行った数少ない鯱サポだとか言って。
自慢してもらいましょう、中京地区で(笑)

投稿: nigoe | 2007/05/18 00:08

〝ひゃっけつ〟組に一票!! ちなみに私は宮城県の小学生でした(笑)。娘二人は浦和で小学生生活を送りましたので今度聞いてみます。

投稿: なごやのじーじ | 2007/05/18 08:04

「ひゃっけつ」です。これが古来からの呼称です。
「ひゃくあな」なんて、国語審議会か何かを気にしたつまらん学者か、子供達に「けつ」なんて言葉を教えてはいかんという勘違い教師の陰謀に違いありません。
絶対、「ひゃっけつ」です。日本は伝統を軽視しすぎです。ぷんぷん!

たぶん、当局に聞いても説明文に書いてある通りとか言うだけですよ。当地に詳しい歴史学者か考古学者に聞かないと真実はわからないと思われ。

投稿: no3 | 2007/05/18 10:26

@皆様へ
真相が判明しました。
上記記事内の解説板写真や文末リンクのルビのとおり、
「ひゃくあな」
が正式名称だそうです。
確かに“重箱読み”とも言われるそうですが、昔から当地ではそう呼ばれ、文献でも記録があるとのこと。(実際はそれ以上ですが)「百個の穴」という意味で、昔の人がそのまま呼び名にしたというのは自然なことですね。
ちなみに、TVや新聞等で紹介があるたびに、その呼び名で毎回議論が出て、問い合わせがあるそうです(笑)。

以上、吉見百穴管理事務所の職員の方へのインタビューでした。
お忙しいところ、ご協力ありがとうございました m(_ _)m

PS:最近は、小学生の遠足見学や、社会科授業での紹介が少なくなった、と仰ってました。埼玉の代表的な史跡なのに、ちょっと淋しいですね。

投稿: nigoe | 2007/05/18 10:31

@no3さま
あらら、コメントが行き違ったようですね。

>>子供達に「けつ」なんて言葉を教えてはいかんという
       ↑ウケました(笑)

お見込みのとおり、「当局」の見解は、上記コメントのとおりでした。
一般論でも、同じものや場所でも、読み方が変遷したり転訛してくるものってどこでもありますし、自然なことですよね。どちらの呼び方が後先かわかりませんけど。たぶん、いろいろ呼ばれているので「あな」で統一されたのではないでしょうか。いつの時点かわかりませんが(^^;

>>当地に詳しい歴史学者か考古学者に聞かないと
>>真実はわからないと思われ。

それが一番説得力がありますよね。

まあ、円周率を「3.14→3」に丸められる暴挙に比べれば、この件に関しては、それぞれが親しみのある呼び方でいいような気がしてきました(^^)。
いやぁ、ひょんなことで勉強になりました。皆様に感謝です!

投稿: nigoe | 2007/05/18 10:57

お久しぶりです。

・・・う〜ん、「ひゃくあな」なのか・・・先生も堂々と「ひゃっけつ」と言ってたけどな〜・・・。親も親戚も。いまさら「ひゃくあな」と言われても、絶対「ひゃっけつ」といいそうです。
なんか小学校の遠足を思い出しました、そういえば行ったなと。

投稿: ねこのかいぬし | 2007/05/20 04:20

この際『ももあな』で。

これで重箱読みも解消するしちょうどよいかと。

投稿: にゃんた2号 | 2007/05/21 23:06

@ねこのかいぬしさま

>>先生も堂々と「ひゃっけつ」と言ってたけどな〜・・・。親も親戚も。
ここにレスされた皆様のほとんどが「ひゃっけつ」派ですね。
呼び名を統一するのは、あくまで事務的な便宜上ではないかと思います(いろいろあると困るので)。
ニックネームと同じで、慣れ親しんだ呼び名がその人の「アイデンティティ」を表してくれるものですよね。野人しかり、nigoeしかり!?(笑)。

@にゃんた2号さま

>>この際『ももあな』で。
そこはかとなく、日活ロマン系の香りが・・・あらやだ奥さん、顔が赤くなってきましたわ(^^;。
この件に関しての「重箱読みも解消される一挙両得の学説」という、SSRS歴史学会のご見解ということで、勉強させていただきました(笑)。

投稿: nigoe | 2007/05/22 13:26

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