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2007/02/21

【小さな旅】高麗の里

ちょっと遅くなりましたが、オフ企画「関東甲信越小さな旅」第1弾です(^^;

立春とは思えぬ寒風吹きすさぶこの日でしたが、天気は申し分なし。家にいては勿体ないと昼前から外出。
「どこか行くぞ!」
のダンナの号令のみでとりあえず駅に行き(^^;、最初にやって来た電車に乗り込みました。埼京線下り線。方面は川越方面に決まったものの、降車場所は未定(笑)。
当てもなく、走る電車に身を任せて川越で降り、さらに乗り継ぎ、降りたところは・・・
ここ↓

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南古谷あたりで、ダンナは密かに意を決した模様(゜▽゜)。
乗り継ぎが良ければ、なんと与野本町駅から50分程度で、奥武蔵の自然豊かな丘陵地帯に行けるのですから、埼玉は首都圏の偉大な“地方”です。

“高麗”の文字には、私も親しみがあります。故郷の鹿児島の中心市街地には『高麗町』の名の地域があります。鹿児島のほうはそのまま「こうらい」と読みますが、埼玉のこの地は「こま」と読みます。読みは違えど、その名の由来は、朝鮮半島の高句麗から渡来した先人との縁(ゆかり)を意味することは、想像に難くありません。ただ、その渡来した時代と事情は、彼の地と此の地では異なります。それについて書き出すと収拾がつかなくなりますので、「違うようだ」ということだけご認識いただければ幸甚です。

070204yakitori_1まずは、駅前のスーパー駐車場にあったこちらで「腹ごしらえ」。
“東松山名物”の看板に誘われました(笑)。
やはりみそだれは外せない、ということで、味の比較も兼ねて、モモ串(みそだれ)とやきとん(塩)を1本ずつ購入。鶏インフルで騒がれ大変な業界事情かと思いますが、私はカイワレやカキ騒動の時同様、「騒動の時期こそ安全で食べどき!」という志向ですので、全然抵抗ありません。おいしゅうございました。

070204koma2_1歩を進めていくと、このあたりは、狭山丘陵ということもあり、地場産業の茶畑を多く見かけます。この風景も鹿児島と似通っており、妙に親近感がわきます。
ほぼ地元ィロード的な道を歩きながら、目的地(になったところ)に到着。

 

【高麗神社(こまじんじゃ) 埼玉県日高市:JR高麗川駅より徒歩15分】 2007年2月4日 訪 

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境内でまず目を引くのは、“天下大将軍”“地下女将軍”の像(写真左)。このようなものは初めて見ました。将軍標(しょうぐんひょう:チャンスン)というもので、朝鮮半島古来の“魔除け”で、村の入口に建てる風習があるとのこと。

祀られているのは、高麗王若光です。
高句麗が668年に唐と新羅によって滅ぼされ、その難を逃れて多くの高句麗の人々が渡来しました。関東周辺各地分散していた高麗人を集め、716年に武蔵国内に“高麗郡”を新設。その際首長に任命されたのが若光。かの『日本書紀』において、666年高句麗から派遣された使節の中に「二位玄武若光」の名があったことから、“玄武若光”と“(高麗王)若光”は同一人物とされています。高麗王若光は、奥武蔵野の開拓に尽力し(巾着田は有名)、故国の土を再び踏むことなくこの地で没しました。郡民は、その遺徳をしのび高麗明神として祀りました。以来1200年余、高麗王若光の直系子孫が宮司を務めています。大変由緒のある神社です。(高麗神社の由縁や歴史について、詳しくはこちら。)

また、高麗神社は「出世明神070204koma6 」としても大変有名な社です。
ざっと私が見ただけでも、参道内にあった奉納札には、政界、財界、法曹界、芸能人、アナウンサーなど著名人が列記されていました。当然、前埼玉県知事の名もありました(^^;
私が何気に撮ったアングルにも、現在TVで大活躍するあの人の名が・・・。
今年はじめての、さいたま市外の神社仏閣への参詣となった高麗神社。さまざまな思いを念入りに『願掛け』させていただきました。

070204ume 身を切る寒風でありながら、日だまりには梅の花。
春の足音を感じさせてくれます。

次に、高麗神社の隣にある、高麗王若光の菩提寺・聖天院に足をのばしてみました。

 

【聖天院(しょうてんいん) 埼玉県日高市:高麗神社となり】 同日 訪 

070204syotenin1 天平の頃の751年創建という、こちらも大変由緒のある寺院です。当初から600年間は法相宗の道場だったものを、14世紀の半ばに真言宗に改宗し現在に至っています。 
境内は有料なのですが、折角ですので参詣することに。
山門まで、階段を登ります。

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無人の山門には、可愛らしい半鐘が。「拝観の方へ この鐘を打って下さい」の案内が、長閑なこの地域の風情そのまま。
試しに鐘を鳴らしてみると・・・
軽く叩いたつもりが、
「くわあぁぁぁぁぁ~ん」(゜▽゜;)
予想を遙かに超える大音響!
寺の方(女性)がすっ飛んで来られました(笑)。

入山して本堂に参詣。ふと、園内の奥まったところが視界に入り、気を引かれて行ってみたところ・・・意外な光景が(※クリックで拡大します)。

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異国の風景が、目に飛び込んでみました。
ここは、先の大戦の不幸な歴史の中で亡くなられた、朝鮮半島出身の無縁者の霊を慰めるために、在日朝鮮人の篤志家たちにより建立された墓園だそうです。供養塔の下には納骨堂、その他園内には祖国の偉人を顕彰した石像群、ソウル・パゴタ公園内の八角亭を縮小建築したという色鮮やかな建物がありました。
ここは『在日白衣民族の聖地』とされています(『白衣民族』について、詳しくはこちら)。かの若光王が風水学により、当地が日本国土の中心地で、「最高の地」として定めたそうです。その考えに基づきこの地を開墾し、巾着田をはじめ武蔵野一帯に稲作を普及したのでした。
狭山地域が、今もなお豊饒の地であることからも、先人たちの先見の明に敬服するばかりです。

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墓園をあとに、聖天院本堂に戻り、ふと前庭を見遣ると1本の桜の幼木が(写真左)。
立て札を見ると「三春滝桜」とありました。不思議に思い、帰り際にさきほどすっ飛んできた女性(^^;に話を伺ったところ、最近の改修時の大工さんが福島出身の方で、苗木を持ってこられたとのこと。山門の外にも数本植樹されていました。
070204syotenin5下山し、若光王の霊廟(写真右)に一礼。前述の14世紀の改宗により、ここに移設されたようです。
ダンナと話して気付いたのですが、寒風厳しい日和ながら、境内を含めこの場は穏やかで無風でした。風水で選ばれた地であることと何か関係があるのでしょうか。陽射しを浴びて、ロウバイがほのかな香りを漂わせて咲いていました。

070204road デジカメで撮った、駅前のデフォルメ市内地図だけを頼りに(無計画性が露呈)、巾着田に行ってみることにしました。距離感も方向性もあったものではありません(笑)。数度道を迷いながら小一時間ほど歩きました。一部、日高市のハイキングコースに指定されている道(奥武蔵自然遊歩道、ふるさと歩道)で、そのうえ丘陵地帯のため、足腰に適度に難儀な道でした(泣;  


【巾着田(きんちゃくだ) 埼玉県日高市:西武池袋線高麗駅より徒歩10分】 同日 訪 
 

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巾着田到着。 _| ̄|○ ハアハア...
蛇行する高麗川の河道線形(巾着型)を巧みに利用して、川の水をせき止めることで、田に引水する技法によりこの地を開墾。
やはり先人の知恵は偉大です。残念なことに、現在はほとんどが休耕田とか。時代の流れには逆らえません。

 

070204kintyakuda2秋の埼玉県最大の観光地、巾着田・曼珠沙華(彼岸花)の群生地。秋のシーズンには、毎日のようにラジオでこの一帯の渋滞情報が流れます(^^;
現在は、当然のことながら冬枯れた風景が展開していますが、そろそろ春の菜の花&桜の共演が楽しみな時期が到来します。もうすぐ多くの人々がこの地を訪れることでしょう。

070204koma8 陽も傾き、寒さも身に滲みてきました。
西武線・高麗駅。ここでも『将軍標』が出迎えてくれていました。
途中、多くのハイカーさんたちに出会いました。おそらく日和田山ハイクを楽しんで来られたのでしょう。そのまま同じ電車に乗車し、共に家路に向かったのでした。

初めて訪ねた土地でしたが、鄙びた中にも歴史と気品のある、そんな高麗の里でした。
万葉の頃の埼玉の歴史の一端にふれることができ、思わぬ得をした気分の小さな旅となりました。

 

おまけ:
070204higasihannou 八高線を利用しようと東飯能駅で一旦下車。時間が余ったので、西口の地図を見て、東口の『丸広百貨店』に行ってみたのですが・・・
その『丸広』、看板がはがされて、「ない!」 ((((;゜Д゜)))
調べたところ(Wikipediaで検索ヒット)、昨年4月に閉店したそうで。。。わずか6年間の営業だったとは。立派な巨大商業ビルが廃墟と化して、なんとも淋しい限りでした (つ;д`)

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コメント

おお、そんなところに来たのなら、何ゆえ、我が家をお尋ねくださらなかったかあ・・・。ちょっとだけ足を伸ばせば、我が家だったのに・・・(^^;

投稿: no3 | 2007/02/21 16:18

@no3さま
事前の通達もなく、領内に入りましたこと、何卒お許し下さいm(_ _)m
赤いパスポートで通関できました(ウソ)。
なにせ、
 ・突然の思いつき、無計画
 ・行き当たりバッタリ、その時の気分
 ・地図なし
でしたので、全く展開が読めず・・・最後に辿り着いたのが西武高麗駅だったというわけでして。東飯能駅ではすでに17時過ぎており、トランジット中は、寒さと飢えしのぎに肉まんを立ち食いしてました(笑)。
初めて訪れましたが、いいところですね。聖天院から見た狭山丘陵の眺望は、ところどころ開発された風景の中にも、奥武蔵野の面影を感じました。
PS:ホントに気持ちだけですが、高麗神社と聖天院でお姉様の「祈願」をさせていただきました。どうか叶いますように。

投稿: nigoe | 2007/02/21 21:16

埼玉にない田舎の要素は海だけですね。
電車でちょっと行ったとこに、いい場所があるんですね。
いいなぁ。
自分も埼玉の山奥のダムでいまだに仕事してます。
発着駅となる池袋とのギャップが大きすぎです。
遠いよ〜(涙)

投稿: 豆腐小僧 | 2007/02/21 21:52

御遠慮なさらずに電話をくだされば駅で寒い思いをなさらずに済んだものを・・・。
姉のことまで気遣っていただいて、ありがとうございます。なんとお礼を申したらよいやら。
次回は、ぜひ。高麗川駅でも高麗駅でも東飯能駅でも、15分以内に駆けつけますです。

投稿: no3 | 2007/02/21 21:57

>巨大商業ビルが廃墟と化して
 そこから5分のところに通っています。こんどはぜひご連絡を。

投稿: odakyureds | 2007/02/21 22:04

@小僧さま

>埼玉にない田舎の要素は海だけですね。
まったくそのとおりですね。海みたいな『彩湖』はありますが(笑)。
埼玉の山奥ダムで悪化した風邪は治りましたか?(^^;
確かに、池袋とのギャップはデカ過ぎです。まるでタイムマシン(@◇@;)

@no3さま
いえいえそんな・・・ありがとうございます。
どうぞどうぞ、こんなフーテン寅さん夫婦にお気遣い無く(^^;
しっかし、途中で心が決まっていても、私をハメることを楽しみにしている亭主を持つと苦労します(実は、この一週間後も同じ目に遭ってます、もっと遠いところですが)。

@odakyuredsさま
お!飯能近辺に知り合いが2名様いるとは!(゜▽゜)。
あのあたりに「お勤め」なのでしょうか?
あなた様のお住まいを詳しくは存じ上げませんが、そうであれば、新宿から先は、“埼玉都民”からすれば「逆通勤」となりますね。やはり電車の混み具合は違うんでしょうね(^^;

投稿: nigoe | 2007/02/22 00:48

何ともエキゾチックな所が埼玉にもあるんですね。わたくし、埼玉在住暦3*年になりますが、高麗川には行ったことがありません。東西の移動が不便なせいもありますかね。スゴクおいしい韓国料理屋さんでもあったら明日にでも行くかもしれません(^^♪

投稿: | 2007/02/22 14:02

@匿名?さま

「はじめまして」でしょうか? ようこそいらっしゃいました(^o^)/

>スゴクおいしい韓国料理屋さんでもあったら明日にでも行くかもしれません(^^♪
私も当地は初めての訪問でしたので、不案内なのですが・・・(^^;
上野や大久保のコリアンタウンのような、いわゆる「日本人相手」の店は見かけませんでした(短時間の滞在なので不明です)。千年以上の歴史がある地域なので、宗教的な要素以外は、ほぼ「普通の日本の風景」でした。ただ、千年もの間、高麗の人々への畏敬の念を連綿と保ち続けている地元の方々の心には、敬服いたしました。仏教が伝来した各地(奈良、九州など)と同じように。奥ゆかしさを感じます。

投稿: nigoe | 2007/02/23 00:34

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