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2006/11/29

【AWAY紀行】岐阜城

【岐阜城(ぎふじょう) 岐阜県岐阜市:岐阜駅よりバスで20分】 2006年11月19日 訪 

「天下布武」
信長の野望。

最終決戦直前のタイミングでこのエントリをアップすることになったのは、何かの巡り合わせでしょうか・・・ただ単に、「月が変わらないうちに」という単純な理由だけかも知れませんが(笑)。

061119kisoriver名古屋戦の翌日、名古屋市内の四間道を訪ねたあと、「よっしゃ」と一念発起してJRに乗り東海道線を西へ。
レッズの「天下布武」を祈念するため、岐阜城に向かいました。
今回のアウェイ旅で、名古屋観光はしても、木曽川を越えた“ういあー”さんは、そういらっしゃらなかったと思います(岐阜市内では、見かけませんでした)。
実は、余り知られていませんが、名古屋~岐阜は快速で15分程度で行けるのです。バキューンと木曽川越えを敢行し、岐阜市内へ。

061119kisostJR岐阜駅より、バスにて金華山の麓にある岐阜公園へ向かいます。市内バス路線は豊富にあり、浦和駅ほどではないものの、バスの本数は困らないくらいにあります。バスに乗り、市内中心部・柳ヶ瀬を通ると、やはりお約束『柳ヶ瀬ブルース』を口ずさんでしまう私は華麗です(爆)。 ついでに言うと、美川憲一の顔も脳裏をよぎりましたです、ハイ。 

 

061119gifu2バス停から金華山にそびえる岐阜城。ここは昔、『稲葉山城』と呼ばれていましたが、織田信長が斎藤龍興を破ったのち、『井ノ口』を『岐阜』に、『稲葉山』を『金華山』に、『稲葉山城』を『岐阜城』に改称しました。
 何の因果か知りませんが、私の父の名は『龍興』・・・(^^;

 

061119gifu1

交差点を渡り、岐阜公園着。
雨が降らぬうちに、ロープウェイにて金華山を一気に登ります。 

 

 

061119gifu3実は~~~高所恐怖症
  (@∀@;)/~
  ((((;゜Д゜)))
  ヽ(`Д´)ノウワァァァァァァン
(写真は、復路で撮影しました)

 

061119gifu4 山頂駅着。
ここからさらに階段を登ります。
ロープウェイの先を登るという険しさは、戦国の世に難攻不落と名を轟かせた城だけのことはあります。

  

061119gifu5歴代城主を説明する案内板(※クリックで拡大します)。
稲葉山城=岐阜城と聞けば、やはり司馬遼太郎の『国盗り物語』が思い出されます。
子供の頃、NHK大河ドラマ『国盗り物語』をリアルタイムで視て、子供心に戦国時代の歴史に初めて触れた感動を今でも覚えています。確か、斎藤道三を平幹二郎、織田信長を高橋英樹(「桃から生まれた・・・」よりずっと前。この信長役で高橋英樹は大ブレイクした)、濃姫を松坂慶子、藤吉郎を火野正平が演じていたのは、記憶に鮮明に残っています。

061119gifu6 斎藤道三は、油売りから僧となり、姓を得て武士になると、次々と仕官先を乗っ取り、ついに稲葉山城主となりました。その知略謀略から『美濃のまむし』と言われた、戦国下克上を体現したことで有名な人物です。しかし、最近では、その前半生は父・長井新左衛門尉のもので、親子2代を合わせた人物ではないかとの説が有力となっています。ちなみに、隠居後の『道三』の名は、「商人」「僧侶」「武士」の3つの人生を歩んだことにちなんでいるとのこと。
また、信長の才を見込んで、娘・帰蝶(濃姫)を嫁がせた事でも知られています。

今は、同じく司馬作品の『功名が辻』の舞台として、多くの観光客が訪れているようです。大河ドラマの最初の数回で舞台になった城として、記憶に新しいところです。

061119gifu7 道三は隠居し、家督を子の義龍(実の子ではない説あり)に譲ったものの不和となり、ついにその義龍に討たれてしまいます。その戦いに婿の信長は援軍を送りましたが間に合わず。。。後年、義龍の子・龍興を信長が追放し、稲葉山城改め岐阜城となりました。
写真は岐阜城の歴史の解説板(※クリックで拡大します)。

いよいよ、岐阜城の天守閣に登ります。

061119gifu

 

 

 

 

 

 

 

 

 

百聞は一見に如かず。
この眺めで、いかにこの城が美濃を制するための重要な拠点であったかがよく理解できました。眼下に長良川が流れ、濃尾平野を一望できる大パノラマは圧巻。しばし息を呑んでしまいました。岐阜の名は「阜(おか)が岐(わか)れる」ところ、まさにそのままです。
『国盗り物語』の名に相応しい舞台と言えましょう。
雨も降り出し、お天気に恵まれなかったのが非常に残念でした。

061119nagarast

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『長良川競技場』、征服 ヽ(`へ´)ノ 
こっちは征服したんですが。。。_| ̄|○ orz

061119lunch 

 

 

 

 

金華山を下山し、遅い昼食をとることに。
美濃・尾張といえば、問答無用で“八丁味噌”(゜▽゜)
公園内の茶屋で、まずは『みそおでん』と熱燗でちびりちびり。。。
食事ですが、ダンナは『いも田楽と菜めしセット』、私は『豆腐田楽と菜めしセット』を注文。
『みそおでん』の具のちくわが、魚っぽくて美味。豆腐、いももそれなりに美味しかったのですが・・・最初の頃は割とイケてたのに、いかんせん、八丁味噌味ばかりでしたので、味がくどくなってしまったうえに、だんだん胃もたれが・・・定食のおかずの量も多かったので、『おでん』は要らなかったのかも知れません。
まあ、これも旅のご愛敬ということで。。。(^^;

061119nobunaga0 腹ごしらえを済ませ、公園をぶらぶら。園内では秋の風物詩、菊作品展が開催されていました。
そういうときのお約束が、これ。信長と濃姫だそうで。
ちょっと、、、夢に出てきそう。。。 ((((;゜Д゜)))

  

最後に、信長の居館跡を訪ねました。061119yakata

 

 

 

 

入口の門のところに、またこんなもの↑が。。。(´д`)061119nobunaga3

居館跡の発掘調査から、いくつかの整地した土層と焼土面が確認されていることから、斎藤氏が当主だったころを含め、複数の城主による造成が行われていたことが推察されるそうです。
写真は居館跡の解説板(※クリックで拡大します)。

 

061119nobunaga2 通路は鍵型にに曲がっており、容易な敵の侵入を防ぐ構造となっています。信長はこの城を拠点に天下統一を目指し、『天下布武』の朱印を使用するようになったそうです。一説によれば、信長は清洲よりここ岐阜の地を好んだとも言われています。

 

『天下布武』を、この地から目指した信長。
壮大な野望の足掛かりとなった地を訪ね、あらためて自分の中の、「頂点へ」の思いが強まりました。
敗戦は、「死」を意味します、、、「終わり名古屋」といきましょう。

共に闘い、共に頂点へ。All_come
浦和レッズの「天下布武」を成し遂げましょう!

がんばりましょう、最後まで。

 

061119itagaki おまけ:
岐阜公園は、かの自由民権運動の旗手・板垣退助が、遊説中に暴漢に襲われ負傷したことでも知られ、顕彰の意を込めた銅像が建立されています。
パロディで、こういうネタがありますね。

問:「板垣退助が刺されたとき、何と言ったでしょうか?」

 

答:「う゛ぎゃあ゛~!」 ((((;゜Д゜)))

補足:「板垣死ストモ・・・」と、実際には言ってないそうですよ(笑)

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