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2006/10/04

【AWAY紀行】京都東山散策(2)三年坂~霊山~知恩院

三年坂(産寧坂)を降りて、霊山へ墓参、高台寺境内と円山公園をスルー(笑)して、知恩院まで歩いてみました。061001sannen2

このころから、雨がポツリポツリと・・・。061001ninen
清水寺とセットで有名な三年坂(写真右)。清水寺の子安観音への参詣道であることから「産寧坂」の字も当てられます。
しばらく行くと、今度は「二年坂」(写真左)と交わります。この石段を下って高台寺方面へと向かいます。

二年坂を下りきったところに高台寺はあるのですが、061001ishinふと右手の坂に目を遣ると、私にとって何とも刺激的な石碑が。
『維新の道』・・・ここを無視して通り過ぎるわけにはいきません。
当初は行く予定はなかったのですが、行きがかり上、自然に体が向かっていきました(笑)。

坂の上には、『京都霊山(りょうぜん)護国神社』があります。明治元年、維新目前に志半ばにして倒れた志士たちを奉祀せよとの明治天皇の命があり、京の公家、山口、高知、福井、熊本、鳥取などの諸藩も賛同して創建された神社です。実は日本初の“招魂社”で靖国神社よりも歴史が古いとか。創建当初は『霊山官祭招魂社』という社号でしたが、支那事変の戦没者を合祀して今の護国神社になったそうです。
その境内の脇に霊山墓地への入口があります。知らんぷりも何ですので(笑)、護国神社に一礼して墓地方面へ。。。

【2006年10月1日(日) 10時ごろ 霊山(りょうぜん)墓地】

この日の登山@第2回目。墓参りで有料とは!墓参料@300円也。061001ryoma1
急な階段を登り、洛中を見渡せる視界が開けたところに、坂本龍馬と中岡慎太郎の墓がありました。鳥居で祀られた墓所には2人の墓碑と、向かって左側には、同時に受難した下僕・藤吉の墓もひっそりとあります。
私は普段、熱烈な坂本龍馬のファンではありません。彼はドラマで描かれるような誇張された豪傑ではなかった・・・などなど諸説あるようですが、近代日本のあるべき姿を提唱した功績には最061001ryoma2大限の敬意を持っています。おそらく彼無くして維新は成し得なかったでしょう。また、彼と友好関係にあった薩摩の出身者としても、私は親しみを感じています。
今の日本の姿を見て、彼らはどのように思っているのでしょう・・・と思いを馳せながら、合掌。

この2人の墓のすぐ右隣に、池田屋事件の遭難者の墓がずらりとありました。彼らが死に至った経緯を考えると、さすがに写真撮影は気が引けて。。。
m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m  
いちおう手を合わせては来ましたが。
この他、禁門(蛤御門)の変の戦死者、木戸孝允と幾松、などの墓所もありましたが、薩摩者の私は、自然と遠慮してしまいました・・・わかる方はご理解いただけると思いますが(^^;

【ひとりごと】
西南の役後の政局が、薩摩を遠ざけ長州を中心とした勢力・人脈地図に塗り替えられましたが、その影響がこの墓所にも反映されているような・・・と、ちょっとだけ穿った考え方もできてしまったりしました。ごにょごにょ。。。

061001ryozen今回の旅のテーマが、うちには「誠」選手も在籍することだし(笑)、『新撰組』になりそうだな・・・などと思いながら墓所を後にして護国神社の境内を出ると、目の前に『霊山歴史館』が。ここは日本唯一の幕末・明治維新の専門歴史博物館として有名なところです。大河ドラマ『新撰組!』放送中は多くの来館者があったようです。
おあつらえ向きのタイミングに激しく興味をそそられましたが、「昼時で混み出す前に、南禅寺の湯豆腐屋に行きたい」とのダンナの希望もあり、今回はあきらめました。次回のお楽しみといたしましょう。

 湯豆腐に 敗れし さらば 新撰組(笑)

霊山を後にして、次は知恩院へ向かいます。時間にあまり余裕が無かったので、高台寺は“近道”として境内を通らせていただいて、終わり。
高台寺は、北の政所が落髪後に「高台院」として秀吉の菩提を弔った寺としてあまりにも有名です。現在、大河ドラマ『功名が辻』放送中ということもあり、観光客がバス連隊で数多く訪れていました。061001goryo

知恩院に向かう途中の道すがら、思いがけなく『御陵衛士』の屯所跡に遭遇し、びっくり。(゜∀゜)
10分前に湯豆腐に負けた新撰組(分派ですが)が、「逃がさんぞ!」と追いかけてきたようで、ちょっと苦笑い。。。

【同日 10時半ごろ 華頂山知恩院】

061001chionin1 知恩院に到着。まず山門(三門)の巨きさに圧倒されます。
浄土宗の宗祖・法然上人がこの地に庵を結んだのが寺の始まりとか。この三門は徳川秀忠が寄進した、日本最大の門だそうです。
どおりでデカいはず (゜▽゜)


061001chionin2その次に驚かされるのは、境内の広さです。
この境内図を見ただけで、気が遠くなって、疲労感が倍増してしまいました。
境内は「元祖法然上人800年大遠忌事業」の一環で一部修理工事中でした。
登山@第3回目ということで、三門をくぐって男坂(これがキツイ)を登り、拝観に向かいます。

061001chionin4 大殿(御影堂)に参拝ののち、境内をさらに奥へ進みます。
ここは『勢至堂(せいしどう)』といい、法然上人が終焉を迎えた堂です。念仏の教えを自ら広めた、知恩院発祥の地とされています。
「南無阿弥陀仏」を唱和し、手を合わせてきました。上の高台にある御廟(御遺骨が安置されている)にもお参りしてきました。
ありがたや、ありがたや・・・

女人坂を下って境内を出る頃は、かなり雨足も強くなってきました。
11時近くなり、そろそろ良い時間になってきたところで、知恩院を後に。
おっと、湯豆腐の前に・・・蹴上駅方向へ向かいます。
今回、特に行きたかった『琵琶湖疎水』を十数年ぶりに訪ねます。
その後、南禅寺~八坂神社~祇園へと散策は続きます。

(つづく)

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