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2006/09/07

【AWAY紀行@番外編①】宮崎~飫肥・油津の旅

大分AWAY紀行の延長戦として、南九州まで遠征に行ってまいりました。
試合の夜はとっとと寝て、翌朝は早起きして朝食を摂り、つらい思い出の残る大分を、さっさと発ちましたとさ。
この日の目的は、“九州の小京都”と呼ばれる宮崎南部の城下町・飫肥と古港・油津の堀川運河の探訪。
飫肥探訪は、今回のダンナたっての希望でした。私も未訪問でしたので、お互いの利害が一致(笑)。
直前まで、都井岬まで足を伸ばそうかと悩みましたが、私の距離勘で「絶対に無理」と判断し、この日は飫肥でゆっくりすることにしました。。。しかし、実態は飫肥だけでも全然時間が足りませんでした(^^;

以下、旅日記です。

【2006年8月31日 8時過ぎ 大分駅】 060831ohitasta

8時過ぎの宮崎行き『にちりん3号』を待っていたときの一枚。
向かいの福岡行きホームに、“長崎くんち”ラッピング仕様の『かもめ』型車両が停車していました。なかなか楽しげでかわいいデザインです。

大分から宮崎までは、なんと3時間半近く(!)かかります。060831rinia
移動中、頻繁に「(行き合い列車の)通過待ち合わせ」があるからです。今どきの特急列車で「待ち合わせ」とは・・・単線区間の多さが実感できます。高速道路といい新幹線といい、日本のインフラ政策は東九州に冷たいなあ、と改めて感じさせられまました。
その感覚とは逆に、延岡以南の日豊線に並行して“リニアモーターカー実験線”が走っています(写真)。最先端技術の鉄道の実験軌道と単線区間だらけの営業軌道のギャップは、少々滑稽でもあります。
 #ところで、これって今使われているんでしょうか・・・?(^^;ゞ

予定より遅れて正午近くに宮崎着。 060831r220
レンタカーを借りて、国道220号を南進し一路日南市方面へ。あいにくの雨の中ダンナにハンドルを任せ車窓を眺めると、ワシントンヤシの並木道・・・学生時代、幾度も訪れた南国の懐かしい風景。すると聴いていた地元AMラジオが「山下達郎特集」をはじめだし、

ド、ド、ド、ドン、、、

 ♪じょぉ~でぃ~ きみとならぁ~

の曲が流れてきて・・・いきなり20年前にタイムスリップ。
目頭が12:50分くらいにじ~んと熱くなりました、カムバック青春(笑)。

【同日 14時頃 飫肥着】

1時間ほどで、日南市飫肥に到着。060831obiten
まずは名物『おび天』を食べようと、飫肥城近くの店へ。
写真は“うどん定食”に付いていた『おび天』盛り合わせ。ダンナは一緒に名物『厚焼き卵』も注文。
『おび天』は、いわゆる「とうふの薩摩揚げ」で、豆腐と魚のすり身を合わせたものを揚げています。『厚焼き卵』は信じられないほどの“しっとり感”(プリンの食感に似ています)で焼き上げられています。
さて、お味は・・・すんません、私には甘過ぎでした (´д`)060831obijo1

腹ごしらえが済んだところで、いよいよ飫肥城へ。
伊東氏が薩摩・島津氏との覇権争いを繰り広げた城として知られています。一度島津に破れ豊後に落ち延びたものの、豊臣秀吉の九州進攻の際の功績により、5万石を安堵され、以降280年間伊東氏の居城となりました。

こじんまりとした大手門から中に一歩入って驚かされました。 060831obijo2
5万石にしてはかなり立派な城構えです。小規模の大手門に比べて、予想外に縄張り規模も大きく、驚かされました。これも、数多くの戦いの歴史と、特産品振興(飫肥杉、カツオなど)や海運業による豊かな財政を物語るものなのでしょう。

 

060831obijo3

旧本丸址。
NHKの朝ドラ『わかば』の主人公・わかばが落ち込んだときに訪れる空間、という設定だったそうです。いわゆる「わかば、落ち込みの地」(笑)。
ここは“旧”の本丸跡地で、のちにこの下の小学校の敷地に“本丸”は移されたそうです。

060831obijo4 城下の街並みは「九州の小京都」と呼ばれるほど景観がすばらしく、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
私の故郷・鹿児島では、城下の周辺に『麓(ふもと)』と呼ばれる武家集落を形成し、城内を守っていました。実家の近所にもその面影が残る家並みがありました。飫肥の武家屋敷群を見たとき、低い石垣と生垣を組み合わせた通りの風景が、私が幼い頃に親しんだ風景とよく似ており、非常に懐かしさを覚えました。060831obijo6

写真右のような家構えもまた、南九州の特徴的な武家屋敷の風情です。(敵の侵入を妨げるため、玄関と門口を同一直線上に配置しません。家によってはこの間の空間に“壁”を置きます)
やはり隣りの藩、文化は似てくるものですね。

 

060831obijo5_1城下の水路には、鯉が放流されていました。
飫肥は水が豊かな土地だそうで、実際、おび天を食べた店で水を飲んだときも、その美味しさに最初に気づかされたものです。

 

 

060831santoka城下を少し下ると、国道222号線に出て、商家の街並みが保存・整備されています。
とある店先で、種田山頭火の句碑に出会いました。
在りし日の山頭火は、乞食(こつじき)をしながら九州の木賃宿を巡る放浪をしました。その様子は「分け入つても 分け入つても 青い山」の句で知られる『行乞記』に遺されており、油津~飫肥に滞在したことも記されています。

飫肥と言えば、かのポーツマス条約締結に尽力した小村寿太郎を輩出し、ゆかりの場所や記念館があったのですが、残念ながら時間が無くなってしまいました。次回への宿題として、港へと向かいます。

【同日 16時過ぎ 油津・堀川運河着】

060831horikawa1道案内に乏しく、ナビも頼りにならずでしたが、なんとか堀川運河に到着。
油津の“津”の名が示すように、古くからの港町で、この港がもたらす富を巡って島津氏と伊東氏が長年争ってきたのでした。その“富”を生み出した代表的なものに『飫肥杉』があります。切り出された飫肥杉は、いかだを組まれてこの運河を通して港に運ばれました。
写真は、堀川運河のシンボル・堀川橋で、当地の名石工・石井文吉によって明治36年に築造されたものです。

060831horikawa2また、この堀川橋と油津は、映画『男はつらいよ 第45作 寅次郎の青春』のロケ地として、一躍全国に知られました(詳しくは、こちら)。
残念ながら、運河の周辺は工事中で、ゆっくりと過ごす雰囲気がありませんでした。
また、時間も遅くなってきたこともあり、周辺をおおかた見納めて、投宿予定の青島(宮崎市内)へ戻ることにしました。

もう少しゆっくりと散策しながら過ごしたかった、飫肥~油津の旅でした。
またいづれ、機会をもうけましょう。

(次回は、9/1 鵜戸神宮~霧島編です)

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コメント

むむ、幅広い知見をもとにしたすばらしい旅行記になってますねー。
行ってみたいと思っちゃいます。
利害の一致する人と・・・。

投稿: 豆腐小僧 | 2006/09/08 10:05

@小僧さま

駄文ブログ、お褒めの言葉をいただき恐縮でござりまする。。。m(_ _)m
日々精進し励みたいと存じます。
実家からは、そう遠くはないところです。
是非、お足運びくだされ、、、「利害の一致する人と」(゜∀゜)

PS:レスが遅くなりまして失礼いたしました。

投稿: nigoe | 2006/09/11 23:35

ブログを拝見して、長崎くんちなんかを思い出しました!個人的には長年行こうと思いつつ、早何年だろうか・・・
少し前に大阪の税理士事務所さんのサイトで全国のメジャーな祭りのブログパーツを発見!ちょっと重なって興奮したのでコメントしてみました!
ネットって結構面白いですね!
http://www.cg1.org/parts5/

投稿: 神戸の税理士 | 2009/05/26 10:22

@神戸の税理士さま
はじめまして。コメントありがとうございました。
「長崎くんち」の話って何だっけ?・・・と思い読み返したら、わかりました。特急かもめのラッピングボディでしたね。3年前のこととなると、すでに記憶が薄れてしまって、困ったものです(笑)

リンクのブログパーツ、種類が豊富ですね。これ税理士さんが作っているんですか。すごいですね。

投稿: nigoe | 2009/05/26 20:43

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